第4話
「スタートまで5、4、3」
「こんにちは、本日は鹿苑寺病院を慰問させて頂くことになりました。人気の現役高校生モデルが慰問と言うのは異例ですが、優愛さんは慰問など、過去になされた事はありますか?」
ゲストとして呼ばれた僕に対して、スタジオに居るキャスターの女性が僕に話題を振り、台本通りに受け答えをこなしていく。
「いえ、私も初めてなので務まるかは分かりませんが、皆さんに元気が届けられたら嬉しいです」
今日2度目の病院に入ると、そこには先程待たせていたファンが大勢居て、急遽取り付けた撮影に、スタッフの注意が行き届いておらず、瞬く間に囲まれてしまう。
「さっき言ってたサイン下さい」
「写真良いですか?」
サインを書いたり握手をしたりする映像を暫く撮ってから、スタジオに返しているあいだにファンサービスを終わらせ、個室の患者の元に行く。
「あの、今回の患者さんは僕が行きたい所で良いですか?」
「あー、そうだね。こっちも急遽だから、そっちのが助かるかな。でも許可出してくれる所ある?」
「聞いてきます、少しだけ待ってて下さい」
廊下を早歩きで、再び愛音の病室に顔を出すと、少しびっくりした顔をして、可愛い笑顔を向けながら手を振る。
それに対して小さく手を振って近付くと、嬉しそうに手を掴んでくる。
「どうしたの? もう会いに来た?」
「あのさ、これからテレビが入ってくるんだけどさ。君の……」
「きみきみって、私は愛音って名前なんでしょ。そう呼んで」
「……愛音さん、の。病室にカメラが入るけど、良いかな」
「あ、おっけー。ちょっと髪とか整えないと、ちょっと汗かいたから匂い大丈夫かな」
「大丈夫、僕がやってやるから。ほらちゃんと座って、さっきまで寝てたな、よだれの跡がある。それもさっさと拭け」
少し濡らしたタオルを手渡して顔を拭かせ、愛音の魅力が1番引き立つ髪型を考える。
その間に
右側の髪を紐で結んで尻尾髪の様にして、もう1本を頭の頂点から少し前にして、結び目が頂点に来る様に結ぶ。
黒髪によく合うそれはそれ以上手を加える必要も無く、実力も無いのに完璧な出来と錯覚させる程に洗練されている。
記憶が無い君は何故だか少しだけ幼く見える為、こう言った可愛い方の姿もよく似合っている。
君と反対の方を尻尾髪にして黒の紐で結び、番組のプロデューサーに報告に戻る。
「準備も許可も完璧です、私も準備は整っています」
「丁度良かった、そろそろニュースも終わるから戻って来る頃だったから。君と仕事してると、本当にスムーズだから助かるよ」
「いえ、プロデューサーの手腕です。出演する側として、凄く助かっています」
「そうかな? 美人に言われたら悪い気はしないけど、男ってのが本当に惜しいねー」
明らかに悪寒の走る様な笑顔を浮かべて、僕の体を足から上に移していくその目は、
これ以上気分が悪くなる前に踵を返して、愛音の病室の前でスタンバイする。
「中継繋ぎまーす、3、2」
「本日は私のファンだと言う侑乃さんに、お話を伺いたいと思います」
手の甲を自分の方に向けて中指と薬指の第2関節で3回ノックして、ゆっくりと病室のドアを開ける。
「本当に来てくれたんだ」
「はい、時間の都合上侑乃さんだけですが、最大限に元気が届けられたら良いと思ってます」
少しだけ照れ臭さが出てしまう所為で、どうしても会話を繋げられない。
「侑乃さんは、足に血が溜まって動かなくなる病だとお聞きしましたが、これがまた有効な薬が見つかっていないとの事ですが。珍しいものなのでしょうか?」
「そうですね、私の病気は両足の太ももに血が溜まってしまい、
「真逆自分が珍しい病気に掛かるだなんて、考えたくもなかったですよね。そう告げられた時、どう思いましたか?」
「それが覚えていないんです、入院してる理由は学校の階段から突き落とされたらしいので。記憶があまり無いんですよ」
何でこんな所でド天然をかましてくるのか、返答に困った僕を見て、君は咄嗟に話題を逸らす。
「それよりこの髪型どうですか? 私の友人がさっきやってくれたんです」
「とても似合ってますよ。仲が良い友人なんですね、その方とはどの様な関係なんでしょうか」
「困った人ですよ、私が好きだって事に気付いていないらしく、いつも学校では1人で居るので私が無理矢理連れていくのです。関係はまだ幼馴染ですけど、私は納得してません」
「あははっ、気付いてあげて下さいね幼馴染の方。こんなに可愛い方を待たせると、他の人に取られちゃうよ」
「本当にそうだよ」
「では優愛さん、最後に私からの贈り物です」
番組が用意した花束を持って君の前に立つと、両手を伸ばした君は、渡そうとした僕の両腕を掴んで引き寄せる。
前傾姿勢だった体は抗えずに君に飛び込み、思い切り抱きしめられる。
「プレゼントはみーちゃんかー」
「スタジオに返して! これが写せるか、ちょっと君、何して……」
「気付いてたのか、何もかも」
「ごめんね、なんだか分からないけど、記憶を無くす前の私は貴方を凄く愛おしく思ってた気がするの。そしたらみーちゃんって、凄い笑顔で呼ぶ私の姿が映ってて……こうせずには居られなくって」
「なんて事をしてくれたんだ、君は……」
「怒らないであげて下さい、彼女は記憶が無いのですが、私が幼馴染に似ていたから会いに来たと勘違いしたようで」
君に詰め寄ろうとしていたプロデューサーから隠す様に前に立ち、何とか宥めようと文を頭の中で考える。
「そんな事したら、今まで雲の上の存在を貫き通してた優愛が、そう見られる事になるよ」
「はい、すみません。ファンの方から親しみを持って頂ければ良いかと、プロデューサーのお言葉は大変勉強になります」
「まぁ、君がそれで良いなら良いけど。俺の仕事には影響しないし」
「はい、本当にすみませんでした」
「はいはい、お疲れ様」
撤収していくスタッフを最後まで見送って椅子に座り込むと、マネージャーが病室に入って来る。
「愛音さんって言いましたっけ、困りましたね。貴女があんな事を……」
「分かってるんです、その点については私が……」
「分かってますよそれは、ネットでは色々批判が上がっています。私が困っているのは、愛音さんに何か危害が及ばないかの心配です。明日には退院出来ると聞いていましたが、それを今日に回して貰いました」
「家は恐らく特定されてそうだから、どこかホテルに。どこか片っ端から……」
「完全会員制で秘境のホテル、既に取ってあります。鈍感な幼馴染さんは、こういう時に何をするか分かりませんから。迎えも既に用意させてありますし、今からでも行けます」
20代前半にしてこのハイスペックな性能を誇るマネージャーには、いつも助けてもらうばかりで頭が上がらない。
元は某大企業の社長秘書を務めていたらしいが、それが何故ここに来て、僕のマネージャーなんかやらされているのか。
中学2年生から活動を初めて4年が経過したが、皮肉は言うけれど、文句や不満を漏らされた事がない。それどころか、いつも最後には手を回してくれていたり、表面には出さない事が多い。
今回だってそうだ。困るとは口に出しても、そんな素振りを見せずにスマートに解決して、更には愛音に対する気遣いも出来る。
「あの、いつもありがとうございます。本当に助かります」
「いえ、ファンとして、マネージャーとして出来る事はします。優愛さんのコンディションに支障が出てはいけませんから」
そう言って病室から荷物をひとつ持って出ていったマネージャーに続き、残りの荷物を全て持って、愛音と一緒に病室から出る。車椅子を手で手繰ってエレベータに先に乗り、両手の塞がった僕が乗るのを、開ボタンを押して待っている。
「ありがと、出入口前やと」
「ごめんね、あんな事になって」
「らしくない、らしくないから返事しない。君が元気じゃないと元気出ないから、嫌だな」
「だよね、ごめんねらしくない事だったかな。記憶が無いって、こんなにも怖いものなんだね」
1階に止まったエレベータから出て隣の愛音と同時に外に出ると、さっきまでの雨が嘘のように、空は遥か先まで晴れ渡っていた。
「変に気を使うな、君のやりたいようにやれば良い。気を使わせるなんて周りにさせとけよ、人なんて自由なやつが得をするんだ。真面目なやつ程損をする、なら自由に生きてやろう」
「真面目な人は確かに損は多いけど、後々それなりに充実して、後悔は少ないんじゃないかな。でも真面目過ぎるのも良くなくて」
「つまり?」
「程々が1番って言いたかったの、自分がこんなに頭が悪いとは思わなかったから。混乱してる所為かな」
前に止まった車の助手席の窓が開き、マネージャーが顔を出して手招きをする。
後部座席に君を乗せて車椅子をトランクに仕舞い、反対側の座席に座って一息つく。
車が出て暫くその辺を走って、後ろに付いている不審車両が居ないか、時々確認しながら、少しずつホテルに近づいて行く。
「黒い乗用車が追い抜いても必ず見えますね、さっき信号を曲がってましたが、先回りしてこっちの後ろに付けました」
「やはり撒くのは至難の業ですね。こう言った場合、メディアはロクな報道をしませんから。お願いします」
どこかに連絡を取ったマネージャーの合図で急遽車線を変更し、裏路地をいくつも抜けて、大通りに出る。
その先に広がっていた光景は、同じ車が何十台も並んでいて、一斉にスタートを切る。
「何ですかこれ、何の映画」
「デコイたちです、判断しなければ動けなくなるので、効果的かと思いまして」
「目立つねこれ」
「それは言うな愛音」
「おぉ、愛音って突然呼ばれると何か変な感じ。君よりはマシだけど」
「僕は次の仕事があるので、愛音を送り届けたら東京に向かいます。最寄りの駅で下ろして下さい」
侑乃ちゃんは死にたがり 聖 聖冬 @hijirimisato
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