第2話

「春!」


「みーちゃん、どこに行ってたんだよ」


「愛音は?」


「病院に運ばれ……」


「分かった」


「待って待って、生徒会長が居なくなったのに、副会長がどこかに行ったら……行っちゃった」


痛みの消えた足を前に出し続けていると、廊下の影から現れた、体付きの良い生徒に捕まる。


「こーら、副会長が廊下走っててどうすんだ」


「秋月邪魔、お前に構ってる暇はない」


「会長が居なくなった今、生徒会が大きな力を持つこの学校で、2番目はお前だろ。侑乃いくのさんが不在なのに、お前まで居なくなってどうする」


「そんなの知らない、愛音が……」


「今貴方が行っても、どうにもならないって分からないんですか。正直憐憫を禁じ得ません」


「柊お前が首を突っ込む事じゃないだろ」


「いいえ降魔くん、私は生徒会書記だから、大いに関係があるわ」


騒ぎが大きくなり過ぎて人が集まって来たのを見てか、秋月が手を叩いてから僕を持ち上げ、生徒会室に全員を収容する。


「まぁ、掛けなさい。調査の結果を見たくないの?」


既に生徒会室の椅子に腰掛けていた報道部の部長は、封筒を机の上に置いて中身を取り出し、複数の写真と名簿を並べる。

全員がそれに目を通してみると、秋月はあんなに制していたにも関わらず、真っ先に教室から飛び出していった。でもそれも頷けるし、自分も出来るならそうしたかったが、もっと情報を聞く必要がある。


「続けるわ。この学園には報道部が仕込んである監視カメラがあって、それは生徒の安全を守る為に風紀委員も承認してる。生徒会長にも知らされてないこのトップシークレットが、彼女の犯行を押さえてた。侑乃いくの 愛音あいねに生徒会長の座を奪われたグループのリーダー的存在の、3学年Aクラス。宮下みやした未来みらい


「そうか、ありがとう多摩如たまも。3学年Aクラスだな、もう授業が始まるか」


休み時間終了のチャイム2分前で解散して、全員が出たのを確認して、生徒会室の鍵を施錠する。

全員が一旦各々の教室に戻ろうと話にまとまり、カードキーを財布の中に仕舞って教室に向かう。


「待って降魔君。どこにいくの」


「教室」


「そっちは4棟だけど、3学年専用の」


「そうだっけ、なら合ってるわ」


「行かせると思ってる?」


「連れて来るんだよ、尋問だ。本人の口から吐かせる」


退けようと多摩如の肩に手を置くと、素早く腕を掴まれた瞬間に宙を舞い、腰を支えられて軽く地面に叩き付けられる。

力で押し返そうと腕に力を入れるが、軽く捻られて伸び切った肘の所為で、腕を折らなければ、脱出出来ない体勢に持ち込まれる。


「落ち着いた?」


「あぁ、落ち着いた」


「そう、嘘は上手いけど私には通用しない」


「何なんだよ、お前には関係無いだろ。第三者だからお前に調査をさせた、後は僕の勝手だ」


「証拠はあるんだから、生徒会が暴力沙汰なんて秋月君にも迷惑。良くても懲罰房ちょうばつぼうに1ヶ月、最悪退学処分だよ」


「なぁ、パンツ見えてるぞ」


「えっ、嘘。その顔の向きなら絶対見えないし、タイツ履いてるから」


「嘘だからな、安心しろ。見えてないから、僕は教室に戻る。お前もそうしろ」


ようやく冷めた熱が再び上がらないように、小さなかえるの人形の頭を撫で、ドアの前で息を整える。

鍵のかかっていないドアを押し開けると、快晴な青空と目が合い、逆光でよく見えない人影に向かって歩く。

柵に寄り掛かっている教師の隣に立つと、煙草の煙が風で流されて体に入る。


「またアークロイヤルですか、体に悪いですよ煙草は」


「お前たちに対するストレスが煙になるんだ、お前たちの体に刻まれるよりマシだろ」


顔をこっちに向けて吐かれた煙は、全て僕の顔に命中して、むせるのを見て、はははっ、と少し笑う。

生徒に悪影響しか与えないクソ教師に頼らざるを得ないのは胸クソ悪いが、愛音の姉だから文句も言えない。それに性格に問題はあるが、全てにおいて優秀なのは姉妹揃って同じだ。


皇立おうりつ鹿苑寺ろくおんじ学園の教師になるには、国家公務員の試験をパスした上で、名門中の名門であるル・ローザ学院で1年間研修しなければ、スタート地点にすら立てない。

それを過去最高得点の満点で飛び越え、世界中のプロポーズを断って、また日本に帰って来た、国の英雄的存在になった。


「英雄さんもストレスは溜まるんですね」


「私は馬鹿だからな、妹の足ひとつ動かしてやる事の出来ない。お前も自分の為に生きろよ、あの馬鹿親は未だに海外飛び回ってやがる。愛音があんな事になったなんて知らずに」


「それは後に、本題に入ります。3学年の宮下 未来、御存知ですね」


「あーやだやだ、殺しはやらないよ。てかやりたくない、いつからみーちゃんはそんなに……」


「真面目に、な。僕は……」


「宮下か……あぁ、あの半年生徒会長。極道の娘か、退学処分なら黙ってなさそうだな。可愛い可愛い一人娘だろう、これはティンクじゃないとな」


煙草をまた咥えた友梨愛ゆりあは難しい顔になり、ポケットからスマホを取り出して、誰かに電話を掛ける。

「頼むぅー出てくれぇー」と念を送りながら煙草を燃やし、突然ぱっと顔が明るくなる。


「ティンク出てくれた、愛して……」


「こっちは今何時だと思ってるの、そっちはどうせ10時頃でしょ、こっちは3時なの分かる? 時差って習ったでしょ時差」


「あぁー、あの時差ね。はいはいはい、それでさ。ちょっとお願いが……」


「そうそうそうその時差、勉強になったわね。おやすみ」


「待って下さいティンク、今回は僕からのお願いです」


「えっ……待って海桜が居るの? それなら早く、もう今の会話はいつもの挨拶だから気にしないで」


スピーカーに切り替えられたデバイスからはドタバタと音が聞こえ、不機嫌そうな声から一転して、いつもの綺麗な声に戻る。


「あの、かなり厄介ですが良いですか」


「うん、日本沈めるまでなら何でも出来るから。それでドイツに来て一緒に暮らしてってのも……依頼は日本を沈めるで良かったっけ?」


「えっ、いやそこまで言わないけど。あれ、日本沈めるで良かったっけ友梨愛」


「いや良くない、日本無くなったら愛音が初めて地面を歩いた時の足跡が消えるだろ! 未だに超小型シェルターで庭に保護してあるんだ、それを消したらお前を消す」


「はい煩い。じゃなくて、もしもの時守ってほしい」


「うんそれなら毎日うちのが監視してるから安心して、海桜限定だけど。今は学園の屋上から見える高層マンションの一室から、狙撃手が3人見張ってるわ」


一部の生徒が使用している高層マンションの指定された部屋を見ると、確かにカーテンの間から、銃口と反射するスコープが見える。

双眼鏡を友梨愛に返してデバイスに意識を戻すと、いつの間にか通話が切られていた。


「さて、お前授業サボって呼び出すとは良い度胸してるな。ここからは生徒と教師の時間だ、お前は罰として放課後私の所に来い」

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