Spacecraft cemetery 宇宙機の墓場
――そして、その時は訪れた。
墓場軌道。役目を終えた人工衛星が眠る軌道。そこにたどり着いたのだ。原子力衛星、共和国が作った悪夢。その一つが、今、終焉を迎えようとしていた。
昴は周りを見渡す。役目を終えた宇宙にあるはずのない金属の塊が、地球の周りを恨めしそうに回っている。
「しかし、なかなかのもんね、ここ」
「役目を終えて地球に帰ることが出来なかった、不憫な人工物の集まりですよ」
「かなりの高軌道だし、初めて来たわ」
「とりあえず、この地上に帰らせるわけにはいかないモノを処理しましょう」
火辰は忌々しそうに、任務を促す。なぜなら、これの類似物が一つの国を滅ぼした。それは純然たる事実だった。
「これさえなければとっくに機能試験を終えて、休暇でしたよ」
「一応、世界の危機って奴だったのよね」
昴はしがみついている衛星を見上げる。円筒形のフォルムが遥か遠い太陽の光を反射して、キラキラと輝いている。この衛星もテロという使い方をされる為に開発されたわけではない。宇宙への憧れと探究心を持って開発されたはずだ。
「先人の好奇心が蛇を生んだってところかな」
「まったくもって迷惑な話ですよ。とはいえ、共和国にとっては勢力争いで先手を取りたい一心だったのでしょうが」
昴は両手のユニットを駆使して、パラボラが付いた情報ユニットの配線を斬る。
ユニットに点っていた通電ランプの緑色の光がゆっくりと消える。
「戦闘用とはいえ夢を持ったエンジニアが作ったんでしょうね」
「自国を守ること、権益を守ること、自分たちの宇宙への欲望を満たすこと。まぁ、そんな所でしょう。後々、一国を滅ぼすなんて考えてないはずですよ」
もう役目を終えたはずの夢の鉄塊は心無い人間に呼び起こされて、悪魔の手先として再びの生を得たわけだ。一歩間違えば、人類を地球というゆりかごに閉じ込めるという悪夢を。
「私は手足を失って、結果的に夢を叶えて、自由も手に入れた。限定的なものだけど、今は楽しい」
「そうですか。それは良かった。先ほども言いましたが、マスターサーバーが君を評価したという事実がある以上、我々はあなたを信頼しています。個人的にもあなたの人格を気に入っていますよ」
火辰の飾り気の無いほめ言葉に、少し感動を覚える。
相棒の興奮したからこそこぼれた本音に、答えた。
「ありがとう。宇宙に連れて来てくれて」
ニヤニヤとした笑顔で言う。言葉全体を捉えると、なんとなく腑には落ちないが言っておくべきだと思ったのだ。国のシステムがそうさせたとはいえ、彼がここまで引っ張ってくれたのは確かなのだ。
「お礼を言われるまでもありませんよ。まだまだ、任務は始まったばかりですしね」
「これからもよろしく」
「ええ、こちらこそ。ミスは無いようにお願いしますね」
火辰の言葉に軽く頷いた。そして宇宙を見上げる。地球からでは見ることの出来ない、極彩色の星雲が宝石のように輝きを競い合っている。
この職場は懐が深い。だが非常に残酷でもある。空気の無い真空の世界。
一瞬のミスや見込み違いが死に繋がる。
そして、昴は叫んだ。
「これからもよろしく、宇宙!」
ヘルメットの中でこだまする声。あえて無線は入れたままで。
「いきなりうるさいですよ!」
火辰の苦々しい声が無線から漏れる。それは、そのうちに笑い声に変わった。
昴もつられて笑い始める。
「昴、時間です。帰投してください。パンケーキ用意しておきます」
「え、今から?冷めたのはごめんなんだけど」
「温めれば大丈夫でしょう!私は食べませんし!」
「新手の嫌がらせね……」
「とにかく帰ってきてください。ここがあなたの居場所なんですから」
「了解!」
昴は目の前の地球に向かって体を滑らす。
無重力の海に漂う青い星。人類のゆりかごはいつものように浮かんでいた。
メテオールシュピーゲル 赤星 在音 @sein
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