Mission:Metior  流星作戦

 数分後、昴の体――というよりはカーボンに包まれた人型は地球を半周する為、超音速の飛行を続けていた。加速に継ぐ加速。通常の人体なら一瞬でフリーズドライされる環境で彼女は平然と自身を星の海へと滑らせていく。

 現在、航行している低軌道から、件の衛星が存在する静止軌道域まで到達する為の加速、地球の公転速度を上乗せする為のスウィング・バイに入る。彼女の体を保護する鉄甲が、ぎしりと接続部から音を出した。


「これ、強度は大丈夫なんでしょうね?」

「理論値では問題ありません。性能評価実験も出来てお得ですよ?」


 昴は火辰のおどけたような返しに軽く舌打ちした。生命保護装置が防御用の液体金属に電気を流し硬化させる。超音速の世界。吹き飛んでいく星空。意識を保つ為に、モニタ上のレーダーに視界を切り替えた。


「接敵まで、あと十分といったところでしょうか。昴、気を抜かずに続けてください」

「勿論、やってるわよ。思った以上の過重で鉄甲が悲鳴を上げてる以外はね」

「モニター上ではまだ、致命的なダメージはありません。すぐに交換できるのが売りなのでそちらの指示が無くても、致命傷であれば交換するので安心してください」


 無線交信が途切れると共に、凄まじい加速が彼女を襲った。軌道を千メートル上げる、それに伴う加速度。通常であればそうそう耐えられるものではない。最新の技術による硬化処理で彼女は意識を保っていられるのだ。

 数十分にも感じる十分間。昴は視覚モニターに軍事衛星を捉えた。付近に漂う微細なデブリに恐怖感を覚える。


「目標を発見。これよりランデブーに入る」

「了解しました。直接、ハッキングをかけてブースターを動かしましょう。ハッキング用の両手ユニットを転送します」

「減速開始するわよ。逆噴射!」


 両手足のブースターが噴煙を盛大に出した。目標へと迫る。


「念のため、衝撃に備えてください。鉄甲の強度からすれば問題ない……はずです」

「途中の沈黙、何!」


 返事を待つ前に、両手のユニットが人間の手足方のユニットに変わった。ハッキング用のユニットが獲物を狙う蛇のように射出される。

 減速に継ぐ減速。

 胴体部分の液体金属のクッションがしなり、昴の肉体が軽く弓なりになる。

 衛星下部に足を着く。その部分の装甲がつぶれ、足型にひしゃげた。

 不意に無線から拍手が聞こえてくる。


「おめでとうございます。ここまでの軟着陸は予想していませんでした」

「あんたね、どうなると思ってたのよ?」

「勿論、派手に突っ込んで極細デブリが大量発生というのを想定していました」


 思い切り怒鳴りつけたい衝動を抑えながら、昴はハッキング作業に入る。基本的にはオートで”淼”ピョウが行ってくれる為、彼女は身を守ることが最優先事項だ。


「どうやら順調なようですね。”淼”ピョウの予測では二回に一回は派手にデブリを散乱させるはずだったので、そうなるかと思っていたのですが……意外でした」


 昴は、火辰の言い草に収まりかけた怒りが蘇って来た。彼女は出来るだけ落ち着いた声を意識して無線に語りかける。


「あんた、そのうち私に殺されるわよ……」

「なるほど、脅迫ですか。いい度胸ですね」

「まぁ、今回は報酬に生クリームを追加で手を打ってあげるわ」

「それで命が助かるなら安いものですね」


 モニターに緑色の表示がでる。ハッキング終了。どうやら、特に障害らしい障害は無かったようだ。


「よろしい。昴、では手筈通りにお願いします」

「では、メインエンジンを動かすわね」


 刹那、モニターが注意コーション表示で埋め尽くされる。


「やっぱり地上から干渉来たわね」

「まぁ、そう来るでしょう。右手ユニットのコントロールをこちらに回してください」


 火辰はこの手のスペシャリストで”淼”ピョウのサポートもある。是非も無かった。右手のコントロールをサーバーに委任する。

 凄まじい速度でモニターを操作する音が響き渡った。

 完成された人工知能と天才的なオペレーターが、宇宙の海を閉ざそうとするテロリストとの争いを行っている。昴は無線と恐ろしい勢いで目の前に展開されているモニター上のスクロールをただ眺めるしかなかった。


「マスターサーバーと衛星の防衛システムをつなぎました。テロリストのサーバパワーがこちらのもの以上で無い限り、こちらの勝利は絶対です」

「あー、はいはい。その分野で私は勝てませんから、おまかせします」


 再びモニターがグリーン表示になった。どうやら終わったようだ。昴は慎重に自身の端末で干渉が無いか再確認し始める。


”淼”ピョウがそんなミスをするわけが無いでしょう、まったく」


 再び真っ赤な頭を振っているオペレーターが、怒声混じりに通信してきた。

昴はやれやれと一つため息をつく。


「では、移動を開始します。イグニッション!」

「システムオールグリーンですね。モニター異常なし」


 円筒形の衛星の下部ブースターから、青い火柱が上がった。衛星は徐々に高度を上げていく。


「とりあえず、第一段階は終了ですね。お疲れ様、昴」

「ここからが通常業務でしょ?火辰」

「そうですね、この特大のデブリを墓場軌道に持っていって処理しなければ」


 円筒形のロケットのような衛星が徐々に高度を上げていく――昴はターゲット、受信アンテナに貼りつき、そのときを待った。

 刹那、火辰からの通信が響き渡る。


「昴、未確認の飛行物体がそちらに近づいています。どうやらお出ましのようです。戦闘用の鉄甲を送ります。何とか阻止してください」

「え、どのくらいのサイズなの。とにかく情報を!」


 昴は焦りを覚えた。右手の鉄甲がレーザーサーベルを備えた戦闘用に入れ替わる。

 ここでは全てのものが音速で動き回る。質量次第では大惨事が起きてしまう。


「どうやら、小型の観測衛星のようですね。敵もやるもんです」

「で、作戦はどうするの?」

「進路をずらします。昴、レーザーサーベルを腕ごと射出して衛星のバランスを崩してください。それで進路が変わるはずです。バランスさえ崩れれば再突撃は不能になります」

「了解、やってみる」


 昴は鉄甲のモニタリングに従って、照準を定めていく。微細デブリや太陽風といった宇宙の天候がその行く手を邪魔する。マスターサーバーからのナビゲーションに従って微調整を行う。心音が上がり、昴は頬が紅潮するのを感じた。


「きっちり狙ってくださいね。外したり、当たりすぎても大事ですからね」

「わかってるわよ……」


 宇宙空間で爆散でもしようものなら、超高速の散弾となってこちらに向かってくる恐れがある。それだけはなんとしても避けなくてはいけない。

 ランデブーまで時間が無い。

 昴は慎重に狙いを定めると右腕を射出した。

 公転速で加速しながら、右腕は衛星と交差する軌跡をたどる。

 レーザーサーベルが衛星の羽の片方を破る。すると鉄甲は消えた。

 衛星はバランスを崩し軌道を変えたのだった。


「うまくいきましたね。よくやってくれました」

「あなたの立てるミッションはいつも冷や汗よ」


 昴は新たな右腕を動かし、汗をぬぐうような仕草をみせる。


「信頼の証として受け取ってください。ほら、もうすぐ着きますよ」


 軍事衛星は順調に高度を上げていった。



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