Disposal orbit 墓場軌道

 火辰がマスターサーバーから受け取った情報が昴のモニターに映し出される。重々しい雰囲気を醸し出すオペレーターが状況を説明しはじめた。

「件の軍事衛星は旧共和国が極秘に運用していたもので、現在の政府に情報が引き継がれています。表向きは気象衛星として処理されています」

 昴はまた厄介な案件だなと一人ごちながら、モニターに映し出された衛星をまじまじと見る。あるはずのソーラーパネルつまり太陽電池の羽が無い。


「これ……、まさか……」

「そのまさかです。どうやら原子炉式のようです」


 彼は深刻さをはらんだ低目の声を震わせながら告げた。昴は軽い戦慄を覚える。火辰が皮肉を交えずに何かを言うことは滅多にないことだからだ。


「犯行声明からすると、地球へ落とすつもりは無いようです。現在の社会状態での人類の宇宙進出を良く思わない層の犯行と思われます。ですが、低軌道空域が核汚染に加えてケスラーシンドロームとなると、今後の宇宙開発に多大な影響があることは確実です」


 モニター上にシミュレーションが映し出される。大質量の衛星が破壊されることで、デブリと核が拡散される。それが音速で飛ぶ散弾となって災厄を振りまくのだ。


「どうやら敵は旧共和国の関係者の線が強いでしょうか。ま、そこは地上の仲間に任せるとして……。目の前の衛星を止める必要があります。それも極力、デブリを発生させずに、です」


 彼らリンドブルム小隊だけが、宇宙で戦える戦力なのは間違いない。しかも、唯一の鉄甲児童である昴が、航宙装備で現場に出ているのは行幸と言えた。昴は緊張感からカラカラになった喉に鉄甲の機能で水分を流し込む。そして彼に答えた。


「責任重大ね。それじゃ私はどうしたらいいのかしら」


 間髪おかず、低い声のまま彼は言った。


「それでは、ブリーフィングを超特急で行いましょう」

 

 凄まじい速度で現在の状況とかぶさる形の戦況予測が、モニターに映し出される。それは人工衛星を墓場軌道――役目を終えた人工衛星を集めた高軌道――に移動し、任務失敗時の被害を最小限に抑えると共に、昴が衛星の通信アンテナを破壊するというシンプルな物だった。


「これ、失敗したときのリスクは……」

「昴、高確率であなたは死んでしまうでしょう。最新鋭の宇宙用鉄甲ですが、核シェルターの機能までは搭載していません。衛星に自爆機能はついていない様なので、あちらの出方次第な部分が大きいですが」


 火辰は資料を眺めながら、冷静に述べた。昴は想像していた通りの彼の答えに、軽くうなずいた。そして、努めて明るく答える。


「ずいぶん簡単に言ってくれるわね」

「事実は事実として伝えるのが、オペレーターの義務ですから。ただし、あなたの能力を加味して考えれば、成功率はフィフティフィフティといったところでしょうか」

 

 火辰は表情を変えず、冷静に分析しながら発言している。昴は成功確率の思わぬ数字に若干の安堵を覚えた。


「あら、思ったより確率高いのね。意外だわ」

「私はあなたを買っていますよ。そうでなければマスターサーバーがあなたを選ぶわけは無いですし。宇宙空間での判断力の高さは驚嘆に値します」

「緊急時だからって持ち上げすぎじゃない?」

「いえ、分析から得られている事実に過ぎません。もっとも信じるかどうかは任せます」


 彼はテンションを維持したまま、ブリーフィングを続ける。昴はここからは黙って聞くことにして軽く頷いた。一瞬の沈黙が緊張感を高めていく。


「今回のミッションのキモは、デブリの発生を最小限に抑えることです。現在の巡航装備でギリギリまで衛星を曳航して、そちらのサインで戦闘用装備に切り替え、アンテナをへし折る。あちらの狙いがケスラーシンドロームな以上、あれを破壊してしまっては思う壺ですからね」


 昴はモニター上のアンテナの位置を確認しながら、再び頷く。


「でも、このユニットに曳航できるだけのパワーがあるのかしら。所詮は人間サイズよ?」

「直接ハッキングで飛行ユニットだけ動かしてもらいます」

「追いつくのにはどうするの?正直、このユニットの出力では軌道移動も厳しいわよ」

「そこは、スウィングバイで最高速を突破してください」


 地球の公転速度を利用して加速する、スウィングバイ。低出力でも大きな加速を得ることが出来る。その分、コントロールは難しい。火辰はモニターに予定進路を表示する。


「現在が中央アジア上空ですから、公転に合わせた順路となります。あなたの空間把握能力から計算するとランデブー自体はさほど難しいことではないと思います。幸い、質量からしてあちらにはデブリにしか認識されていないと推察されます。安心してミッションに向かってください」


 火辰は髪の毛を弄りながら、口元だけ歪ませた笑いをこちらに向ける。目の引きつった感じが緊張を伝えていた。昴自身はある程度、開き直っている。なにせ、失敗したときは自分が死ぬときである。後は野となれ山となれだ。


「大体、理解したわ。責任重大ね。火辰、終わったら何が奢ってよ?」

「勿論ですよ。好きなものを何でもご馳走します。リクエストがあれば伺いますが?」

「じゃあ、パンケーキ。メイプルシロップかけ放題で!」

「了解しました。ステーションに戻り次第でいいですか?」

「そうね、無重力じゃメイプルシロップが飛び散っちゃうものね」


 無邪気な会話。

 最後かもしれないプレッシャーを少しでも軽くしたい、お互いの気持ちが出ているようだった。


「では、作戦名をつけましょうか」

「リンドブルム小隊の初めての重要ミッションだからね。かっこいいのをお願い」


 火辰は軽く頭を右に傾けた。しばらく考えて口を開く。


「火竜が空を舞うわけですからね。流星作戦……メテオミッションといった所でしょうか」

「メテオか。燃え尽きないようにしなくちゃね」

「頑張ってください。こちらも最大限サポートはさせていただきます」

「よろしくね」


 昴はこれから向かう宙域へと目線をやる。そこにはキラキラと極彩色の星が輝いていた。そして、一つ息を吐くと火辰に告げた。


「メテオミッション、始めます!」




 

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