Outside of the atmosphere 大気の外で
いくつの星を数えただろうか。巡航任務中――もっとも異常などは滅多に無い。治安の乱れた本国、ミネオポリスと違ってここは平穏そのものだ。なぜならここは真空で生命の生存を許さない宇宙空間なのだから。
地上では見られない小さな星々まで見ることが出来る。機械化児童、そして鉄甲。下半身を失う事故を潜り抜け、人間兵器と呼ばれる存在になった。だが、彼女、昴・レオナ・ベルメールの夢はある意味叶ったのだった。宇宙を自在に飛び回り、星空を好きなだけ楽しむ。それこそが彼女のたった一つの望みだったのだ。星の光と同じ金色の瞳に漆黒の空を映し、心を躍らせていた。
「昴、飛び回るのはいいですが、これも性能実験なのですから真面目にお願いしますよ」
宇宙の漆黒の闇と静寂を切り裂くノイズとも取れる通信。オペレーターであり上役でもある彼、火辰・フランツ・エデラーの無粋な横槍だった。
「わかってる。これからブースターの加速実験だったわよね?」
通信の小さな画面の中でやれやれと火辰は頭を打つ。短めに刈りそろえられた、真っ赤な髪の毛が燃え上がった炎のように揺れる。昴は慣れっこになった、その真面目な上司のジェスチャーを苦笑いで受け止めた。
「ブースターの稼働時間と出力を限界まで引き出してもらいます。限界に達したら報告してください。新しい特甲を転送します」
画面の中とはいえ、目を合わさず手元の資料を見ながら行う火辰にちょっとばかりの憎たらしさを感じる。とはいえ彼は任務を遂行しているのみ。昴は全てを飲み込みながら、了承代わりに両足のブースターを盛大に吹かした。データは火辰の端末を通してマスターサーバー
「目的地点はどこになるのかしら?」
「一応、かつての日本の上空を予定しています。今回の計画のきっかけですしね。勿論、一般市民に目撃されるリスクスケープも兼ねての事ですが」
今は核汚染によって住むことが出来なくなった、文化保護の対象。そんな知識が脳内をよぎる。もっとも軍属になるときに付けられた日本語名は、かなりしっくりきていた。昴。星の生まれる場所。自分が行きたかった、欲して憧れてきた宇宙の誕生のメカニズムを証明する一助になったプレアデス星団の名前をもらえたことはうれしいものだった。
「障害物はどうします?私、デブリを増やすのはあんまり感心できないけれど」
「もちろん、可能な限りかわす、よける、燃やしきるでお願いしますね。デブリを増やしてしまう=通常業務が増えるということですから」
彼らリンドブルム小隊の通常業務は、宇宙のゴミ、デブリを回収、処理することにより来るべき宇宙開発に向けての土壌を保ち続けることだった。もちろん、地球上ではテロやそれを支援する国家、企業がこぞって障害になっている。まだまだ先の話だが全時代の遺物が多量に残され、且つ宇宙原子炉が落ちることで前段の日本が崩壊した事実が、彼らの任務を必須の物としたのだった。
昴は鉄甲――もはや両手両足の代わりについている無骨なブースターだが――の出力を上げる。微細なデブリが反応を起こしキラキラと燃え尽きていく。それらも含み彼女が通った航跡がさながら虹のように光線を描いて消えていった。
「いいですよ。良いデータが取れています。もう少し巡航速度を調整していただけますか。現時点では燃料の効率のデータが不足しています」
「燃料っていわれても、私のモニターにはそこまでの情報が来てないんですけど」
昴のモニターには速度、自身の状態を示すインジケーターしか示されていなかった。彼女は不機嫌そうに火辰に疑問をストレートにぶつける。
「具体的な指示をくれない?インジケータ経由でも直接でもどっちでもいいから」
「そうですね。鉄甲にデータを送ります。飛行プログラムも同梱しておきます。ルートもある程度は自由で結構ですが、基本的には送信データに従ってください」
モニター上の火辰はドイツ人らしい整った白い顔の口を歪ませ、にやりと笑っていた。昴が任務に関心を示すことは少ない。火辰としては昴の意外な積極性に歓心しているのだろう。彼女は心の中でしまったと思いながら、この後の仕事への影響を憂慮した。もっともそんな憂慮は一瞬で心の中へしまいこみ、網膜モニター上のルートと必要データの一覧を確認する。宇宙を飛び回りたい、それを実現できる今のミッションは彼女にとって楽しいものだったからだ。
「了解。ではデータ通りに飛行し、旧日本上空へと向かいます」
「よろしくお願いします。繰り返しますが、モニターだけでは鉄甲の状態を完全に把握できているわけではありません。違和感などあれば早めに通信をお願いします」
「今のところおかしな感覚は無いわ。出てきたらすぐに伝えるわね」
モニター上の現在地は中央アジア上空、軌道は低軌道。勿論、超音速、かつ真空の世界で鉄甲の保護無しではあっという間にミイラになってしまう。自身に自由を与えた世界で最高の甲冑に感謝しつつ、昴は宇宙遊泳を楽しみながら進めていく。
その時、けたたましいサイレンの音がマスターサーバー経由で鳴り響いた。
「火辰、何のアラーム?私、何かミスしたかしら?」
「いえ……どうやら実験とは関係なさそうです」
彼は情報を精査しているようで、画面の操作音が通信に混ざって聞こえてくる。すさまじい速度、事態の重大さを物語っているようだった。
「昴、どうやら厄介そうな案件です。我々に対処せよとの本国からの指令です」
「珍しいわね。宇宙でそんなことが起こるなんて」
「正直、未来に向けてはかなり深刻な危機です。テロリストもとんでもないことを……」
先ほどまでと違い、火辰は真剣に重い口調でこちらに伝えてくる。昴は事の重大さを理解し、若干の焦りを覚えた。
「いったい何が起こっているの。理解できるように説明してもらっていいかしら?」
「軍事衛星がクラッキングされました。
ケスラーシンドローム、音速のデブリと宇宙空間の人工物や浮遊物が衝突を繰り返すことで加速度的にデブリを生み出し、地球と宇宙を断絶してしまう現象。それは彼ら小隊が結成され、運用される上で最も防がねばならない事態だった。
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