第3話 電話ボックスと地獄の一丁目は似ている

俺はスポーツ新聞を手に取り、件の求人に赤マルをつけた。


そこが1番条件が良いとかではなくて


似たような求人がたくさんあったからだ。


新宿、池袋、渋谷。都内の主要都市に似たような喫茶店の広告があった。


そしてそこを選んだ理由は単純明快だ。


当時住んでいた横浜から渋谷までは電車で1本だった。


新聞片手に、電話ボックスに入る。


ここが人生の分岐点になろうとは、まだ若い自分には知る由もなかった。


今はインターネットで少し検索すれば、その喫茶店がどんな業種かわかっただろう。


若さとは無知と似ている。


そしていつの時代も知らないということは、罪だということ。知っていれば回避できる危機や困難を察知できるからだ。


十円玉を入れ電話をかける。


電話のコール音が受話器越しに耳に届く。


そして、ワンコールで相手は出た


「はい・・・」とただ一言だけだった


喫茶店といえば接客業だろ?なんで何もなのらないんだ。なんで一言「はい」だけなんだ。


そして、その一言の声のトーンは明らかにおかしかった。


接客業なんだから、もっと明るい対応しろよ


とか、そんなことすら思わない。


切羽詰まるというのは、冷静な判断を鈍らせる。いや、鈍るとかじゃなく出来なかった


「岡田と申します。XXスポーツの求人誌を拝見して電話しています。まだ求人は受け付けていますか?」


俺は実は求人活動というのは殆どしたことがなかった。親の紹介で高校生の頃にバイトをし、そのまま就職していたから、こういった電話でのビジネストークなんて知らなかった。


「はい。まだしてるよ。今から渋谷に来れる?」


【 え?今からか・・・まぁ、いけないこともないけど・・・金あったかな】そう思いポケットを漁ればギリギリ電車往復の金くらいはあった。


「はい。今から伺えます」ビーッと、残り時間三分を告げる音が鳴り、十円玉を追加した。


「じゃあ、3時に渋谷ハチ公口に来い。交番の前に電話ボックスならんでるから、そこについたらこの番号に電話して」電話の向こうの声は所謂【 ドスの効いた声】だった


このまま行かないという選択もあったが、12000円という魔力に完全に支配されていた。


そのまま東横線にのり、渋谷につく。


約束の時間は3時だったが、到着したのは2時半だった。少し早かったが、電話をかけると、またワンコールきっかりで相手は電話に出る


「3時って言っただろ?かけ直してこい」それだけ言うと一方的に切られてしまった。


俺、何か悪いことしたかな。そんな風に思いながらハチ公の前で時間を潰した。


中学生の頃、東京になんとなく憧れていた。

暗い毎日を送っていた中学生時代。


東京で遊んでるって言えば、少しは変われたかな。

東京で遊んでるって言えば、一目置かれたかな。


そんな思いで渋谷に何回か遊びに来たことがあった。


だけど結果は何も変わらなかった。


俺の姿なんて皆に見えてないんだなって。


渋谷には苦い思い出しかない。


そして、今もそんな思いに押しつぶされそうだった。


気がつけば3時を少し回ってしまった。

慌てて電話ボックスに走り、受話器をあげて電話をした


お決まりのワンコール。

「バカ野郎!3時に電話しろっつっただろうが?」まさかの叱責だった。三分くらいしか過ぎてないのにこの言われ様にいらっともした。


「迎え行かすから、今の服装言えよ」

黄色のパーカーにジーンズ、黒のスニーカーと、正直に告げ電話を切ると5分くらいで迎えが来た。


走ってきたのか、息切れが激しかった。

「キミが岡田くんかな。お待たせしました。じゃあ行きましょうか?」電話対応した人に比べると、物腰は柔らかそうな人だった。


ワイシャツに蝶ネクタイ。黒のスラックスと姿を見ればパリッとしてる。ちゃんとした喫茶店なのかなと思ったが、足元を見るとサンダルという、どこかおかしいスタイル。


「岡田くんは、ウチがどんな店か知ってて電話してきたの?」こちらを見る男の顔はどこか浮かない表情のようにも見えた


「はい、喫茶店ということは求人でみたのですが。やはり給与面が良いなと思いまして・・・」


「ふーん。そうなんだ」そんな生返事をしたかと思うと、男は小さな声で「ご愁傷さま」と呟いたような気がした。


道玄坂を上り、百軒店のアーチをくぐる。

右手には道玄坂劇場というストリップ劇場があった。


影山莉菜という踊り子さんが好きです写真集も持っていた。機会があれば、見に来たいなと思いつつ男はマンションの前につく。1階はテナントというか、事務所のような作りで、そこのドアを開ける。


「オス!面接の方をおつれしました!」男は直立不動になると、さっきまでの声とトーンがまるっきり変わっていた。


室内は薄暗い。まだ昼間だと言うのに薄暗い。

照明が暗いのか、日当たりが悪いのか。


そして、奥の応接ソファには2人の人物が座っていた。


1人は細身の男。180センチくらいはあるだろうか。パンチパーマに口髭、顎髭。ダブルのスーツ。見た目はどう見てもあれだ。


やべえとこに来ちゃったな・・・


「キミが岡田くんか。いらっしゃい。歓迎するよ」この男が電話の向こうの声の主だとわかった。しかし笑顔で優しそうだった。


そんな挨拶があると同時に、その方向からダスターが飛んできて案内をした男の顔面に直撃した。

男は顔を背けるだけで、直立不動はキープしたままだ。ちらっと顔を見れば唇を噛み締め、ただただ我慢をしているようだった。


「オス!すみません。それでは業務に戻ります!失礼します!」そう言うと、その場から立ち去った


「岡田くんか。変なところ見せたね。それじゃ面接しようか。とりあえずそこに座って? 」


正面のソファを指さされた。


地獄の扉が開いたなどと、おもいもよらなかった。俺は緊張したままそこに座る。


そして、履歴書をテーブルの上におずおずと置いた。


まるで閻魔に尋問される罪人のような

そんな気がした。


続く

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