33 世界の優先順位② ~共に歩むべき者
焦土化したオフィス街の一帯を朝日が眩しく照らす。
このあたりにいたであろう兵士も今はその姿を消し、静寂があたりを包んでいる。
横日にも関わらず虚層塔は相変わらず一切の光も反射せずに漆黒のままだ。
俺はこの異世界の構造物に対して、まるで祈るように膝をついた姿勢で、額を付けた状態で意識を戻した。
心が整理されていく事を感じながらこれからの事を考える。
まだやり直せる、まだ救う事が出来る。
後悔は今することではない。
やるべき事は今ハッキリした。
俺は立ち上がり、皆のいる場所に戻る。
そこへ優奈さんが古雅崎に支えられこちらに歩いてくるのが見えた。
皆で気体化して浮遊していった花梨ちゃんの行く先を追ってきたのだろう。
飛び出してから戻ってきた俺を見つけ、向こうもその場で足を止めた。
俺は皆のもとへ辿りつき、一番に結奈さんへ伝える。
必ず訪れさせる結末を。
「結奈さん、俺はまだあきらめません。必ず、花凛ちゃんを救います」
「遥架君・・・・」
涙で目を腫らしてうつむいていた優奈さんはその顔をゆっくりと上げた。
俺の言葉はとても抽象的で確信させるには至らないものだった。
それでも何かを感じ取ってくれたようでほんの少しだけ希望を表情に浮かべ、そしてまた悲しみの顔に戻った。
・・・・今はこれでいい。最後にはこの人の笑顔も必ず取り戻す!
「エヴァ」
「どうしたの?」
勘のきくエヴァは俺の変化をなんとなく察知しているようだ。
俺は事の
だから決断した事だけを口にする。
「俺はこのままエレメンタルアーツを得るための動きに移る。だがこの行動はお前たちの目的とは相容れない。トーラスとの関係をここで破棄する」
この言葉に反応したのはローズ博士だった。
「何を言っている!エレメンタルアーツの奪還はトーラスにとって重要な目標なんだぞ。目的は一緒じゃないのか?」
「俺の目的は最初から変わっていません。彼女達を守ることです。そして彼女達が生きやすい世界にする事。取得したアーツはその目的のために俺の所有物にします」
「君は何か僕たちの知らない事を知ったようだね。この短い間に何があったの?」
「・・・・。お前達が何を知っているのか、そして何を隠しているか俺は把握していない」
「ふ~ん」
ホークス・シノミヤの真意、
それは途方もない絵空ごとであり俺には到底同意できるものではなかった。
それに全ては明かしていないだろう。
ヤツが描く壮大なストーリーに俺が関わる事など、ほんの一部でしかない。
その舞台に上がるつもりもないが、俺の望みが叶う道が示されている。
この行動で不利益を被る組織は多い。
トーラスもそのひとつ。
俺と敵対関係に発展する可能性もあること、関係を破棄する一番の理由がこれだ。
俺は詳細を省いたまま、古雅崎の方を向いた。
ホークスが俺を利用し、俺は大切なものを取り戻す。
そのための被害範囲は絞る。
「古雅崎、ここからは俺一人でいく」
「私にまでそんなことを言うの?」
「命の保障が出来ないんだ」
「駄目よ、今のあなたはブレーキが効いていないように見えるわ。そんな状態で一人で行動するなんて見過ごせない!」
「俺はこれまで一人で生きてきた。またそれに戻るだけだ」
「それは平和だった時の話でしょう?」
平和だった時、俺は他人に興味を持つことはなかった。
そしてこの異界化した世界でここにいる仲間と、そして暖かい家を得る事が出来た・・・・だがそれは今日、悲しみに変わった。
もう一度取り戻すため、最速の行動を取るための決断、被害を抑えるための手段・・・・単独での突破だ。
「俺は大丈夫だ」
「あなたは私達が守ると決めている。一人では行かせないわ」
意見が衝突し続けた事から古雅崎に連動して、敷雅が俺を囲もうとした。
「・・・・雅の存続にオマエは関係しているんだ。止めさせてもらうぞ」
「・・・・。」
説得の手段を考え、俺はおもむろにリガントレススーツを脱ぎ捨てた。
そして生身の状態のままで腕を広げる。
「・・・・なんのつもり?」
「・・・・。」
「お嬢様、いいですね。悠希遥架に撃ち込みます」
装備のない俺に対して敷雅は無遠慮に技を繰り出した。
恐らく俺に纏う絶対的な何かを感じ取ったのだろう。
『雅流変性
以前リガントレスを封じ込む時に使った技だ。
大気制御による風の牢獄、目には見えず狙った対象に展開し、強力な捕縛術によって制圧する変性術。
あの時は異生物の凶大さによって破られたが、今では異粒子適合した霊樹武器により威力の底上げがされていた。
だがこれを俺はそよ風に吹かれだけの様に迎え、そして弾いた。
「な・・・・!」
俺に雅の変性術は効かない、それを示した。
「あの時に戦ったリガントレスはまだ成人していない個体だった。成熟したならば、『衝撃無効』をその細胞に宿す性質変化が起きる」
ホークスによって刷り込まれた知識だ。
俺はリガントレススーツでしか展開できなかったその特性を、異能として生身で発動しその真実を見せた。
「なぜその異能をお前が使える?そんな個体を吸収したという確認はとれていないぞ」
「事実はどうでもいい。目的は消え去った彼女を救うことだ。そのための力として俺は行使する事ができる」
俺はさらにもうひとつ別の異能を発動した。
DIACの適合者、女テレキネイサーの使っていた異能『引力制御』だ。
二人が持つ霊樹武器をその手から強引に奪い取る。
「なっ!」
二人は素手になった状態で俺に向かって呆然とした。
「これは、あの彼女の能力まで?」
『衝撃無効』と同様に、未来において彼女自身か、もしくは他の異生物から得る事になっている能力を呼び寄せたのだ。
未取得の異能の連発でさすがに細胞が疲弊しているのがわかる。
だが彼女達に実感してもらわなければならなかった。
雅一族の力の根元はこの武器にある。
このように奪い取れる能力を敵側に配備されてしまったらたちまちに攻略されてしまうのだ。
「どうして!そこまで私達との決別を決め込むの?」
「俺のやることにお前たちでは力不足だからだ」
俺にとって古雅崎達の優先順位が高い。
守りたい対象のひとつだ。
死なせるワケにはいかない。
欲張りかもしれないが、俺は自分の感情のままに生きる事ができる力を得た。
だから最も被害の少ない手段で達成してみせる。
俺ひとりが死んでも・・・・花梨ちゃんは救う・・・・!
古雅崎は涙を流していた。
決して泣くようなキャラじゃなかったから・・・・驚いた。
「古雅崎・・・」
俺は彼女に近づこうとした。
「やめて!」
だが俺を制止させて、必死に目を隠そうとする。
「なぜ・・・・なぜ涙が出るのか、私にもわからない」
「古雅崎・・・・ごめん」
おれはなぜか謝りたかった。この感情に俺も言葉で言い表す事が出来ない。
罪悪感なのか、寂しさなのか。
ただその頬に触れ、涙を拭ってやりたかった。
「どうして、私じゃあ・・・・」
古雅崎も感情の抑制が出来ず混乱しているようだった。
「・・・・敷雅・・・・あとは頼む」
おれは身を返してその場を離れようとした。
そこへエヴァが改めて口を入れてきた。
「ウフフ、エレメンタルアーツの移送先が判明したよ。僕達は君に関係なく動くことになっちゃうなあ」
「・・・アーツは他にもまだいくつかある筈だ。他はくれてやる。だがひとつ目のエレメンタルアーツに限っては俺が独占する」
「二つ目以降をもし君が協力してくれるという条件をのんでくれるなら・・・・ひとつ目についてはこちらも全面協力するよ?」
「・・・・。」
俺は少し悩んだ。
目的が達成されたあとは俺の処遇などどうでも良い。
たとえこいつらと本気で敵対する事になったとしても。
邪魔をされるくらいなら、現時点では共同していた方がいいだろう。
「わかった。それでいい」
斉藤譲治がこの言葉にほっとしていた。
「ふう、目的は一緒になったか。俺の知る限りお前は最も強力で、多くの異能と異粒子量を内包した適合者だ。敵に回さなくて済んで安心したよ」
下手に敵対者を増やす必要はない。
単独での突破よりは陽動を増やす事で得策となる。
ローズ博士は複雑な顔をしていた。
この人との議論は楽しかったがそれももうなくなるだろう。
そう考えていると突如そこへ・・・・古雅崎の攻撃が入ってきた。
クナイが投げ込まれた。
俺は上半身をひねってかわす。
さらに古雅崎は懐まで詰め寄り体術で俺を圧倒していく。
「く・・・・っ!」
合気道のような足運びと掴み技。
体の関節的な理学技術は俺にはなく、この手の対処に叶うすべはまるでなかった。
隙をつかれた形で、薙刀を奪い返された。
古雅崎は俺に向き直り、平常時の顔立ちで霊樹薙刀を構える。
「・・・・女としての引き際は認める。けれど一族の誇りにかけて、あなたに劣ったと見なされたままにはさせないわ」
何かが吹っ切れたようだ。
その表情に戸惑いや悲しみはなくなっていた。
だがその決断は俺の望む方向ではない。
その意思は折らせてもらう。
俺は再び異能『引力制御』を行い薙刀を奪う事にする。
地球の物理法則を凌駕する異世界の強力な力に抵抗するすべはない。
・・・・と踏んでいた。
だが二の舞となる筈の古雅崎はまだ意を決した顔のままだった。
異粒子適合霊樹武器を共鳴させ、この異能を今度は古雅崎が打ち消してきたのだ。
「今のは・・・・『衝撃無効』の効果か?」
霊樹を異粒子適合させるために使用したのは、他でもないリガントレスの血液だ。
その細胞に潜む衝撃無効因子を、変性術によって引き起こしたのかもしれない。
事象の本質を抽出する霊樹武器・・・・それを雅の変性術によってリガントレスの能力を抽出したのだ。
古雅崎はまたしても新たな技を手中にした。
信じられない程の天才だ。
ならば斥力で・・・・ いや、古雅崎はキクチカズマの
「・・・・。」
エヴァ達、トーラスとの共闘は一斉襲撃においてメリットがある。
軍に近いトーラスの戦力は
だが・・・・DIAC側に適合者がいた場合、その対処は軍では足りない。
集団戦術を取る場合に適合者への対処手段が必要になる。
「・・・・おまえはいつからこんなことまで出来るようになった?」
「習得したとは言えない、ない途上の技よ」
模索中でこのレベルに到達しているのか。
「ねえ、あなたは勘違いをしているわ」
「何をだ?」
「私と悠希君、どちらが強いか・・・・ではないのよ」
古雅崎は構えを解いてこちらに歩み寄ってきた。
「自分以上の強敵に対して、私と悠希君はこれまでいつも横に並び、立ち向かい、そして乗り越えてきたの」
「・・・・。」
古雅崎の言うとおり、
「私はあなたと共にあり、あなたは私達と共にある」
俺が今生きているのも、雅一族が存続していくのも・・・・分かつ事が出来ない事実・・・・か。
俺も構えを解き、古雅崎に近づく。
歩みながら自分の指を噛み、血を出した。
そして古雅崎の持つ霊樹武器を握り、その血を滴らせた。
さらにもう片方の手の指も噛んで両手から出る血と共に両手で武器を握り締める。
「わかった、俺の力は雅と共に繋ぐ。古雅崎・・・・また力を貸してくれ」
古雅崎は驚いた表情から安心した顔に変わり、そして笑ってくれた。
「あなたを生かして、この異化世界で雅も生きるわ」
「悠希、我々警視庁もおまえを証人として招き入れたいと言っている。これに協力するならば、おまえの目的をバックアップする交渉も出きるだろう」
俺にはいつのまにかこんな仲間が出来ていたのか。
如月を筆頭に異世界対策部隊もこれに賛同してくる。
おれのある報告を本部と通信した結果なのだろう。
「ネオズ教団が未成年に対して命に関わる強制適合をさせた件、事実を調査する。これ以上の被害がある様なら介入する!」
こうなったら最も成功率の高い手段になるよう思考を切り替えて布陣を敷くことにしよう。
「こうなったら総力戦だ」
生き残って・・・・そして許されるなら、また皆で食卓を共にしよう。
「決行は有明虚層塔。次の終末大転移。」
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