34 世界の優先順位③ 部隊間交戦

 終末大転移から数日。

 新宿はすでにインフラの復興工事が進められ、廃墟化したビルは残るものの人の行き来は少しだけ戻っていた。


 あふれ出た異生物はあの日からその姿を消している。

 おそらく別の虚層塔へすでに転移したのだろう。

 各地の事例を考慮すると、虚層塔1km圏内の異性物が転移対象となるようだ。

 そもそもギアーズがエレメンタルアーツを使って虚層塔の活動を止めた事により新宿への転移量が少なかった事も要因だ。


 だがそれは次の虚層塔へのしわ寄せとなり、より大量の異生物を次の移転先へ集結させることとなるだろう。

 既にギアーズも次の大転移先を予測していた。


 有明虚層塔。

 日本における第二の転移先がここだ。

 おそらくネオズ教団の予見者が持つ未来視の力だろう。

 ギアーズはそこに陣を構えており、俺の予測式をもココを指し示している。



 ギアーズ重工とDIAC傭兵団、そしてネオズ教団。

 トーラス理研と警視庁部隊、そして雅一族という対立の図式だ。


 新宿大転移から一週間後の今日、計測器に囲まれた有明虚層塔のギアーズ陣地へエレメンタルアーツが運び込まれた。


 東京の江東区に位置し、埋め立て地として作られたこの都市は敷地が広いため、人口が減ってもゴーストタウンの雰囲気は出にくい。

 だが静寂の街とはならず、そこに物々しい軍器が運び込まれていく。


 その周辺を企業傭兵団、DIACの250人が護衛にあたっている。


 この期間にトーラス理研が間に合わせた160人私兵団がこれに対処する予定だ。


 当然向こうもこちらの動きに気付いている。

 そんな事お構いなしに実験準備は進行。

 そしてその中心地にネオズ教団がの一団が兵士に護衛されながら入っていったという報告が入る。


「悠希、偵察部隊からの報告だ。ネオズ教団の幹部が揃っている」

 隊長へと昇進した如月から、警察部隊の情報を写真付で見せてもらう。


 超望遠カメラで写されたその一味には、新宿虚層塔で見かけた白スーツの男が映っていた。

 子供達に天然適合をさせていた異能持ちの適合者だ。


 もう一枚、数人の男に囲まれて集団の中心に位置している女性がいた。


「おそらくこの少女がメシュア教主だろう。警視庁の情報と照合しなかったのだが、この一年で交代したと予測している」


 写真はボケていたが、おそらく成人していない幼い年頃のように見える。

 コイツが未来視を持つ人間、そしてエレメンタルアーツを制御する者なのだろう。



「コイツらの到着地点にエレメンタルアーツはあるはずだ。このタイミングで突入を開始しよう」

 俺たちは無線で情報を受けながら作戦開始時期を探っていた。


 すでにこちらの布陣は敷いており、いくつかの条件パターンを想定して待機させていた。

 アーツとメシュア教主が一同に揃うパターンはその中でも悪手。

 このふたつを合流させてしまえば不測の想定が増えてしまう。


 こちらからのプレッシャーによって、ヤツらがとれる手段を絞り込みそこを攻める形をとることにする。


 その間に終末大転移が始まればこちらの向かい風となる。

 遊撃的に行動する俺たちに対し実験施設を設置する守りのギアーズは、トーラス理研と大転移異性物達に翻弄される形となるだろう。

 三つ巴戦の混乱に乗じた泥沼化も想定して、今このタイミングで取るのべきは主導権を譲らないための早期突撃。


『トーラス第一・第三部隊、AブロックとCブロックへアタック開始する』


 トーラス理工研の私兵部隊が突入を始めた。

 虚層塔を時計回りに8ブロックに区分けして、正面第三ブロックを避けてその隣の両端から攻める陣形。

 総勢160人のうち140名をここで投入した。

 数で負けるこちらは、長期戦と予想されたとしても序盤の攻撃だけは負けるワケにはいかない。


 数の期待できる警視庁は軍と協力しているものの、この突撃には直接参加しない。

 あくまで大転移の避難対策、及びネオズ教団に連れられている未成年の観察、保護のための動きだ。


 とはいえ国内で起こすこの紛争に警察部隊が協力するために外交の力も利用してもらった。

 それは大転移で壊滅したモスクワによって、ロシアが過激行動を隣国に及ぼしていたからだ。

 国際連合に戻った中国は、このロシアからの侵攻を警戒し、ロシア企業であるギアーズの壊滅に向けて、国内で行動をしている日本に圧力をかけた事にもある。


 エヴァの所属するトーラス理工研T-SERAは中国にも支社を持っており、政府を通じて警察と軍にこの襲撃を黙認、協力してもらう形になるように操作をした。


―悠希君のプランはついに国を利用するまでに至ったワケだね―


 警視庁の染井警視は気疲れした口調で電話越しに俺へ語った。

 次元断層が出来てから、各国はその国力を弱めてしまっている。

 そこを狙う軍事国家は多く、特に政府直下の外国企業はその命題をもとに奔走を始めている。

 後手に回るのであれば対策に乗り出せているのでまだ良い。

 手を出さずに指をくわえて、されるがまま侵略される国の状況もあり得たのだ。


―君は誰よりもこの異界化した世界に順応しているんだね。細胞だけでなくその思考においても―


 その言葉を俺に放ち、染井警視は外交のために各地を飛び回り交渉に動いた。

 新宿への弾道ミサイル制止の時といい、彼の行動は多くの命を救っている。


 俺が救いたい命とそれらを繋げてこの作戦行動は成り立っている。


『こちらトーラス部隊、A・Cブロックの襲撃に成功。これより後退しつつ敵部隊を引き寄せる』


 銃声が入り乱れる中、どうやら初手は成功したようだ。

 正面を残して両脇のA・Cブロックを弱らせたのちに、正面のBブロックを挟みうちにする・・・・・

 と見せかける作戦だ。

 正面まで壊滅させるわけにはいかない敵陣としては両翼のDブロックとHブロックを動かしてトーラス兵を挟み撃ちしてくるだろう。

 自陣はそこから後退する事で、グルっと一周するDIAC傭兵団の円陣の両翼の壁を薄めるという作戦だ。


 俺達人間は世界に迫っている危機に対して対策するよりも、人間同士での争いに力を注いでしまっている。

 この愚かな行動であるという気持ちを自分の心の奥深くに抑え込んで、改めて作戦活動に臨む決心をつけた。


「よし如月、俺たちも行動開始だ」

 高台で待機していた俺たちは、左側面からの担当として動く。

 特別異世界災害対策部隊の特殊工作員である如月は隊長として10人の隊員を率いており、部隊に号令をかける。


「わかっていると思うが、我々の目的は未成年の救助にある。交戦はやむなし、だが壊滅の必要あればそれを実行する」

「「「了解」」」


 警察部隊のうちこの特殊部隊だけは特殊規則により戦線へと投入する事が許された数少ない国家部隊だ。

 数は計20人。トーラス部隊と足しても相手の1勢力に満たない。

 その半数を引き連れて、ここからはスピード勝負だ。


 薄まった敵の円形布陣の横穴を突き破る。


「身体強化・・・・展開!」


 俺は敵陣が見えてきたタイミングで自部隊から先行して突入する。


 自動車に近い高速移動で迫る先に・・・・見えた。数は8人。


 この外周陣を超えられる事で作戦行動は有利になる、節約はなしだ!


 相手の懐近くまで踏み込んだ所で異能を発動する。



斥力・球形衝撃波!!スフィリカル・ソニック・ウェイブ


 DIAC適合兵、テレキネイサーの放った最大火力の異能だ。

 その威力は敵陣に配置していた軍器や防壁を根こそぎ押しのける程のもの。

 当然そこにいた敵兵は吹き飛び気を失っていた。


 俺は進路の先にある雑居としたエリアを確保し、安全を確認したと手で合図して後続する特殊部隊を誘導した。


「悠希・・・・おまえホントにとんでもないヤツだな」

 合流した如月が到着して開口一番に俺に放った言葉だ。


「そうか?・・・・いやさすがに全力出したからいま息切れしてフラついてるよ」


「今のアタックを息切れ程度で済ませてるのがとんでもないんだよ!」


 まわりの隊員もうなずいている。

 適合者の力に驚愕しているようだ。

 確かに一般兵相手なら遅れを取る事はなく、それがこの作戦行動の根幹を支えている。


 俺たちと逆から攻める右手陣営にはトーラスの斎藤譲治と他2名の適合者が迫っている。

 うまくいけば両翼から虚層塔へと迫り、そのどちらかのエリアでエレメンタルアーツを確保できれば良い。


 ここからは二名一組づつに分かれて、前後を警戒しながら横に広がりつつ中心地へと走り迫る。


『こちら第二部隊、後退する第一、第三部隊と合流した。このまま敵陣と交戦し膠着状態を維持する』


 先行突入した自部隊が予定の配置についたようだ。

 銃撃音は続いているが、これでギアーズ重工のDIAC傭兵部隊を引きはがせた形で、本部へと潜入出来る。


 俺は目標ポイントから空へ伸びている虚層塔を見上げる。

 有明の虚層塔は、新宿塔に比べてサイズが数段小さい。

 だがそのサイズに対しての異質な圧倒感にはなんら変わりがない。

 むしろ細長い小ささの中に濃縮された凶悪さすら感じる。


 徐々に近づくほどその存在感は増し、周囲への警戒感をすべて虚層塔に向けてしまうくらいに違和感を覚えていた。

 まるで今にも溢れ出てしまうようなエネルギーの内包を肌で感じているのだろうか。

 終末大転移の始まりが近い・・・・作戦行動に向けて臨むべき展開だったが、俺は何か恐怖感を感じとっていた。



「これはこれはおそろいで」


 ハっとし、すぐに物影へ身をかくした。そして声のした方向を向く。

 数十メートル先の軍器の物影からスーツ姿に身を固めた男が身を横に出していた。


「はじめまして、ギアーズの日本支部長の永井です」


 30代後半のビジネスマンの雰囲気の男だ。

 だがその見た目に反して、その挙動にはオフィスワーカーにはない、戦闘経験を感じる仕草が隠れていた。




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