第6幕 世界の優先順位

32 世界の優先順位① ~真相と思想

 目の前には夢で見たことのある景色が窓越しに拡がっていた。


 蒼い空に紅い雲。

 どこまでも続く草原の大地に見たこともない多種多様の生物が生きづいている。


 自分たちの世界とはまったく別の世界で在る事を感じ取れた。


 その景色をずっと見ていたかった。

 だがそれは叶わず窓から引き離される。



 俺はいつのまにか暗い空間の中で漂っている事に気づいた。

 夢の中にいるような浮遊感で意識がハッキリとしない。


「なんで俺はこんな所に?・・・そうだ、花凛ちゃんを」


 失ってしまった大切な子を追いかけて虚層塔の前まで向かっていた。

 途中から意識がなくなったのだろうか。


 いま、目の前にはひとりの男が立っている。

 いや、浮いている?

 そいつは、俺に声をかけてきた。


「よくここまできてくれたね」


 どうやって俺はここにきたのかわからない。

 けどこいつに呼び掛けられた事をなんとなく覚えている気がする。


 どこかで見たような顔・・・・

 科学誌に載っていたか・・・・そうだ、この男は!


「私はホークスシノミヤ、地球の異界化の元凶と言われている者だ」


 ブラッドマンデーを引き起こした張本人、ハドロン衝突実験で次元断層を作り虚層塔と異生物、そして異粒子を含む大気を転移させた科学者だ。

 その後行方不明とされていたがこんな所に。


 コイツが・・・花梨ちゃんを・・・・!!


「なぜだ!おまえはなぜこんな惨いことをしたんだ!」


 世界中が悲しみに暮れている。

 あらゆる人間を不幸にしてまで何をしようと?

 聞かなきゃいけない事が山のようにあったはずだが、この朦朧もうろうとした浮遊感のせいで頭が整理出来ない。

 くそ!意識を保たないと。


「おまえは一体何が目的なんだ!」


「この世界を改変する事が、この時代の人間には受け入れられない事は承知している。キクチカズマのような異粒子適合者を除いてはな」


「人間が皆あんなだと思うなよ!大切な人を失った者がどれくらいいると思っているんだ!」


 この状況を望む者など極めて少数の筈だ。


 だがちがう、俺は一般論を吐きたいのではない。

 俺は、もっと個人的な・・・・自分の願いは・・・・!!


「花梨ちゃんを・・・返せ・・・」


 俺はまた涙を目に溜めながら非現実的で利己的な感情を口にしていた。

 叶わない願いと知りながら、それはこの空間に現実感がないためにきっと理性が働かないせいだ。


 けれど、俺が求める事はただそれだけでしかないんだ。


 次の瞬間、俺の頭の中に大量の景色が流れ込んできた。

 膨大な映像のフラッシュバックだ。


 それは地球の大地の景色、

 都市の景色、

 人が文明的に暮らし、その時代は続いてどこまでも発展していく異界化しない地球の未来の歴史だ。


 そして、さらに先、熱帯期や氷河期、宇宙からの重質量衝突物など、果てしない未来に必ず起きてしまうと言われる地球の自然終焉の結末。



 世界の黄昏だ。



「これは未来視。古来より地球に存在している異能のひとつが見せる地球の未来の姿だ。そして過去、どの時代にも限られた人間、権力者はこの結末を認知していた」


 母なる地球は永遠には続かない。

 必ずいつかその終焉の時を迎える。

 だがそれは遠く遥か先のおとぎ話である。


「私の目的は、異世界のある異能を手にする事だ。それは私の思想を叶える事に繋がる」


「未来の地球を救いたいのか?今の世界の人々の事などおかまいなしで」


「数千年後までその能力が人間の手に受け継がれ、残っていればよい。【全ての人類】の定義は私にとって過去も未来も含めたものなのだ。だがまさか高質細胞適合者がこの1世代目に現れるとは私にとって嬉しい誤算であった」


 ホークスは空間を舞っているマドプラズムを手に引き寄せた。


「まさか・・・それは・・・」


「君の願いはわかっている」


 一体なにを・・・・


「ここまでほぼ私の想定通りの展開だったが、嬉しくない誤算もある。エレメンタルアーツがこのままではひとつの企業に独占されてしまうのだ」


 企業?ギアーズ重工の事か?



「新世界の社会システムに向けて異粒子結晶の健全で公正な競争状態を維持する必要がある。そのためにこの、世界改変初期においてのみ私は介入する事を決めた」


 今度はホークス自身のビジョンが頭の中に入り込んでくる。


 これは、記憶共有の異能か?

 ・・・・エヴァの持つ異能だ。


 そのビジョンには世界地図、そして各所に散らばる光のポイントを指し示していた。


「エレメンタルアーツを手にし、このマドプラズムに与えるがよい」


「・・・・それで、俺の願いが叶うという事か?」


「彼女をここに留めた事で、ここに保持したマドプラズムは再び観咲花凛としての姿と魂を再構築できる」


 ・・・・!!


 気体化した花凛ちゃんの粒子は霧散することなく虚層塔に吸い込まれていった。

 やはりそれは花凛ちゃんを構成したものであったのか。


「ここは、虚層塔の中なんだな?」


「虚層塔が転移システムを持つことはわかっているだろう。ここは異世界との中継地点、境空間だ。エレメンタルアーツによって自由に入れる。アーツは異世界の事象をいくつか引き起こす事が出来るものだ」


「マドプラズム化した人間の再構築も?」

「そうだ」


「・・・・分かった。なんでもやってやるよ。企業だろうが軍隊が相手だろうが、俺の目的を・・・世界の優先事項にしてやる!!」


「君ならそれが可能だ」

「根拠はなんだ?」


「過去に君はあの窓越しに見える景色の向こう側にたどり着いた事がある。覚えているかい?」


 窓越しに見えたあの世界は幼少の頃に見た覚えのある景色だった。

 俺にとってはとても懐かしい世界。


「異世界から迷いこんだ君は、その時に適合因子を体内に宿した。通常の人間よりも順応率を高める程度のものだが、それはこの黎明期において大きなアドバンテージとなる筈だ」


 すると最後に俺に向けて再びいくつかの意識を共有してきた。


「未来の君は時を超える異生物を倒し、その異能を手にする事になる。その異能細胞は過去の君にも影響を与えるものだった。異能因子を持ったマギオソーム細胞の一部が時空を超えて君のマギオソーム細胞へ先行して異能を渡すことがある」


 ホークスはそして、その姿を遠ざけた。

 いや、遠のいているのは俺の方だ。


 俺の手の中に何かが握られていた。


「全ての異能を発揮しなさい」

 

 暗闇の世界から一転して、視界はホワイトアウトする。


 眩しくて目が開けられない。

 まぶた越しに感じていた光が収まり、そっと目を開ける。


 そこはもといた場所。

 俺は虚層塔の壁の前で膝をついていたままだった。


 俺の手には一握りの破片が持たされていた。

 戦いの中でキクチカズマが放ったものと同質の物質だった。



 エレメンタルアーツの破片だ。


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