26 都心戦線⑧ この世界の価値は
「エヴァ!」
俺はどこに向けたわけでもない、大きな声で伝導者の名前を叫んだ。
「いるよ」
居間の縁側から先にある庭から中背のエヴァがスっと現れて出てきた。
背も髪も少し伸びている。
おそらく個体的には初対面のクローンだ。
「状況はずっと見てたよな」
「うん、君のところには思いもよらない情報が色々と集まるからね。常時監視の対象だよ」
「じゃあ経緯は省いて質問するぞ。この症状はなんだ?なぜ花凛ちゃんから異粒子適合者の現象が起きている?」
「これは希少だけど前例がある症状・・・でももうすぐローズ博士がここに到着するから詳細は彼女に説明してもらおう」
「博士が・・・ここに?」
俺のマギオソーム適合薬の開発にも従事し、T-SERAで最も異世界現象に詳しい人間だ。
気難しい女性だがなぜか俺とは話が合うという事で研究を共にしていた。
「終末大転移の調査と届け物で来てるんだ。僕のクローンが一緒に車に乗ってるから症状を伝えてある。彼女は天然適合者だという事でまず間違いないみたいだよ」
「天然適合者?」
エヴァは居間へ上がり、
そして彼女を抱きかかえている
「確認するよ観咲結奈、博士からの質問だ。この子は配給されていた国の異粒子抗体薬を常用していないね?」
「・・・ええ。配給されたばかりの頃は飲んでいたのだけど、私の症状が悪化した時に自分の分も私に飲ませてくれたの。その時に体調変化がなかった事で花梨はその後薬をむやみに飲まなくなったわ」
「もともと適合候補者だったわけだね。そして・・・」
家の前に車が到着した音が聞こえた。
それに合わせたのかエヴァは庭へ出て行き姿を消した。
そして玄関から入ってきた別のエヴァが続けて言葉を繋げた。
「・・・彼女は高質細胞保有者でもあったんだ」
どうやら人の前でクローン二人が並ぶつもりはないらしい。
エヴァの後ろにローズ博士が立っている。
常に白衣を着て、長い髪はとかす事をせずにボサボサのままだ。
長身のその女性は周りの人間に挨拶する事もなく花梨の近くにしゃがみ触診で顔を触り目蓋を開けて眼球を調べだした。
「やはり高質度のマギオソーム細胞が増殖している。しかもかなりのスピードと量」
「あの、ついさっき・・・突然倒れたんです」
「なあローズ博士、細胞が発症して適合してるのならなんでこんなに彼女は苦しそうになるんだ?」
「おそらくだが、この大転移による高濃度異粒子がきっかけで天然の突然適合を発症したのだろう。苦しんでいるのは高質だから、ということだろうな」
「その高質細胞と普通の適合者とでどんな違いが?」
「異粒子の消費がとても大きい。
高出力ではあるが燃料を膨大に消費し続けてしまう。そして虚層塔が動きを止めたことで異粒子不足に陥ったんだろう」
「・・・症状は落ち着くんでしょうか」
「適合率の進行次第だ。だが既にもとの細胞に悪影響を与えている程に進行している。この速さも特徴的だ。この家に異生物が襲ってきたのもこの高質細胞に惹かれたためだろう」
「私達は、どうすればいいんですか?」
「今はまだ虚層塔からの濃度が残留しているから軽症。だが時間が経つほど、そしてここから離れるほど異粒子は薄まり、さらに欠乏状態になるだろう」
「ちょっとまて、じゃあ避難するほど彼女は・・・?」
「細胞の欠乏症は進行する。
人間でいう酸欠状態、あるいは最悪窒息するだろう」
郊外ほど薄くなる・・・ここから移動できない。
「ミサイルがこの街に撃たれるかもしれないんだ」
「適合細胞を取り除く事はできない」
ダメだ。手段が思い浮かばない。
「・・・専門家としての見解を聞かせてくれ」
「この子を少しでも長生きさせたいのならこの場を動かない事だ。いや、ここの異粒子濃度も薄まるならむしろ虚層塔へ近づくほど欠乏症は解消させられる。無論、ミサイルの被弾率は上がるだろうがな」
「そうじゃない、それは解決にはなってないんだ。俺が聞きたいのは時間稼ぎの方法じゃない」
どんな手を使ってでも、何に変えてもこの子を助け出す手段だ。
「この姉妹が、これからも生き続けていられる事・・・それが俺にっとってこの世界の価値なんだよ」
「・・・数週間前ならそれも可能だった。
「教えてくれ」
いや、・・・見当がついた。
そうか、異粒子の個体結晶・・・
「エレメンタルアーツがあれば欠乏を起こすことがなくなる。あれは超高濃度個体・・・実体を持つ異粒子そのものだからな」
「ギアーズ重工・・・ロシアか?」
エヴァが情報を加えてくる。
「彼らは今この新宿で目撃できているよ。エレメンタルアーツの実験を終末大転移のもとで行っている」
「不幸中の幸いだな」
同じ街にいるのならば手の届く範囲にあるということだ。
「もちろん私兵軍の|D・I・A・C≪ディアック≫も同行している」
手段のためならテロを起こす強行組織、それはT-SERA社の襲撃で殺されかけた相手・・・
結奈さんは俺を見ていた。
目に涙をためて、そして溢れ、流している。
今の言葉のほとんどを理解はしていないだろう・・・だがいま俺が自分の命を引き換えにしようとしている事を感じているようだ。
腕の中で目を閉じている花凛ちゃんと・・・こんな俺の事を、同等に大切にしてくれている気持ちが伝わってきた。
俺の中に不思議と確信めいた感情が、使命感と共に沸き出た。
この花凛ちゃんを救うために、俺は彼女と出会ったのだと。
「ギアーズから結晶を奪い返す」
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