25 都心戦線⑦ 外的危機
虚層塔の光はさらに強まっていた。
熱も発するレベルに達し、すでに直視する事も近づく事ももう出来ない。
これだけのエネルギーをこんなに長時間発せられるなんてとてつもない構造だ。
一体どれだけの時間、この状態が続くのだろうか。
観咲家に近づくと一人の女性が玄関の前に立っている。
警視庁で新たに結成された特別異世界災害対策部隊の特殊工作員。
リンガントレス戦で婦警に扮し俺と古雅崎達を助けてくれたこの人は
警視庁と俺のパイプ役として派遣されていた。
「悠希!どうした大丈夫か? ケガしてるじゃないか」
「俺の事はいい。この家の人は? 二人は無事か?」
俺は足を止める事なく玄関の引き戸を開け、電気のついていない家へと入っていく。
出て行く時は電気が点いていたのだが、今となっては近辺含めてどこも明かりがついていない。
廊下の暗闇が俺を不安にさせる。
居間に入ってみると・・・居た。
「悠希君! よかった、戻ってきたんだね?」
「これは・・・大丈夫ですか?」
花凜は気丈な様子で俺の話に答える。
「大丈夫だよ、結城君。ちょっと転んでケガをしただけ」
大したケガではないようだがそれでも肌に傷がついたのだ。
年頃の女の子なら傷に対してショックを受けるものだが全く気にかけない様子でいる。
だが姉の結奈は心配そうな顔だ。
「異性物が私の所に向かってきて、それで花凜が私のことを庇ってくれたの」
さらに俺の後ろから如月京子が説明をしてきた。
「電波が通じなくなりお前へ直接伝達に来ていた私が偶然に居合わせた形だ。
異性物がこのあたりに大量に現れてな。
避難していた彼女達をギリギリの所で助けれたんだ」
如月が討伐したらしい。
現在の地球は大気成分だか宇宙原理だかが改変されているらしく、火薬の威力が下がっている。
だが彼女の持つ対異生物弾丸はその環境にあわせて作られた専用銃器である。
「如月さんが居てくれて良かったです、ありがとうございます」
「なんだ、やけにしおらしいな。おまえのそんな態度は調子が狂ってしまうぞ」
警視監からの辞令で派遣されたこの人は、その能力の割りに少し抜けている所があり
年上の女性であったが少し雑に扱ってしまう所があったのだ。
呼び捨てにしているくらいに。
だがこの事態においては、その武器と射撃能力の高さは頼りになる。
俺は見てきた事を伝える。
「状況は悪い。予測不能な事態が起きる事は予想していたが、思ったよりも対処の手段が限られている」
「ああ、警察も軍も都心に入るほど電子機器が利用出来なくなっていた。電磁パルスと似たものが虚層塔から発せられているらしい」
核爆発が起きた時などにガンマ線が空気分子と衝突することで発生する電磁波だ。
一定の高度であれば地磁気に引き寄せられて地上に向かい、電子機器を使えなくさせる。
車はエンジン起動に電気を使うからそれが原因で動かなかったのだろう。
いや、だがもうひとつ異変があった。
「銃が・・・火薬がまったく点火しなかった」
「・・・やはりそっちでもか。府中基地ではわずかに反応があったが、これも都心ほど顕著になるようだな。これについては専門家の間で原因の見当がついていない 」
過去の事例が全く当てはまらない別宇宙の法則ともなれば仮説すら立てられない。
ひとつあるとすればこれも異粒子特性による所だろうか。
「皆体調の方はどんな感じだ?」
「体調?うん、ちょっとクラクラして気持ち悪いかな」
「乗り物酔いしている感じがするわ」
「私もだ。抗体薬を飲んだら落ち着いたがな。皆も飲んでおくといい」
異粒子が濃い影響だろう。
俺の傷の治りが早い、既に黒豹の打撲痛は収まっているくらいに。
だが普通の人間には毒なのだ。
「事態がさらに悪化するかもしれない、早くここから離れよう」
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結奈さん達は再び荷物を準備した。
俺は玄関の外で如月と話をする。
どうやら軍が郊外で軍備を整えていて
そこまで少しでも民間人を助け誘導してほしいというのが警視庁から俺個人へ宛てた依頼らしい。
銃器が使えない以上、軍はただの歩兵隊でしかない。
だがどこかのタイミングでそれは解き放たれる筈だ。
モスクワが現在この化学変異環境を起こしていない事が根拠。
それが数時間後なのか数日後かはわからないが。
そもそも現代の新型兵器のほとんどは対空ミサイルや弾道ミサイルといった、施設や軍隊に対する手段に向けて発達したものだ。
個別行動を取る異生物に対しては分布が広く、ひとつひとつの範囲が小さいため向かない。
歩兵隊こそが肝なのだ。
「ここだけの話だが、軍備が整ったとしても果たして都民の残っているかもしれない都市へ総理が進撃を容認するかはわからない」
「相変わらず能天気だな。その躊躇がこの先何千人、何万人もの人間を襲う異性物を野放しにするかもしれないのに」
「許可をもらえていない以上、組織は命令がない限り動く事はできない。だからこそ我々のような別動隊が・・・え!?」
話の途中で虚層塔の光が消えた
唐突に・・・・
雲間に少しだけ光りが残った以外は全てが闇に包まれた。
家々のいくつかで明かりが灯ったのが見えてくる。
「電気が使えている、 如月、状況確認だ」
俺は警察無線の電源を入れ、通信が復活している事を確認した。
混線しながらも各署が状況を報告し合っている。
状況としてはどうやら、山手線内全域で化学変異が起きていた事とすでに異生物転移が50箇所以上で発生していた事がわかった。
都民の犠牲者は数百に及んでいるそうだ。
如月の方は、特殊部隊の極秘回線を開き上層部との通信をしている。
何かに驚いていたようで、顔が青くなっている。
・・・そしてその通信機を俺にも向けてきた。
「とても悪い状況になった・・・聞いてくれ」
『ザザ・・・染井だ。悠希君、聞こえるかい?』
染井警視だ。
2日前にこの家で俺に協力を願ってきた重役、その細身だった人。
『事態が急変した。急いで新宿から逃げるんだ』
「もとからそのつもりです・・・一体どうしたんですか?」
『新宿に向けて広範囲を対象とした弾道ミサイルの発射が決定された』
「は!? オイ・・・冗談ですよね。
なんだその段階踏み越えた決断。国がそんな許可をいきなりするのかよ?」
取り乱してしまう。
その展開は俺たちの生存率を著しく下げてしまうものだからだ。
『日本ではなく大陸側だ。中韓合同の連盟が組まれた』
「ふざけるな!政府は何しているんだよ、国際連合だって黙ってないはずだろ」
『新しい仮説が立証されたんだ。この大転移で討伐出来なかった異性物は次回別の大転移先で引き継がれていく、と』
「なんだそれ。倒さなきゃ積もっていくって事か? 自分達の街に来る前に数を減らしたいって魂胆かよ!」
『おそらく1時間以内に発射される。軍は対空兵器を整えているがどうなるかわからない。弾道ミサイルの迎撃は・・・他国への危険を容認した事になるからな・・・!』
なんて事だよ。その仮説が正しければ国際紛争が激化するぞ。
クッ・・・大局を考えればどちらにも正義がある判断、というのが難しい所か。
だが足掻く事は出来る筈・・・
「俺の解析結果を連盟側に渡せ、新宿日を当てた大転移予測式だ。
その国の順番が回る日よりも前に他の街で前もって殲滅計画が立てられる事を材料に延期交渉をするんだ」
『そうか、使えるな。急いで外務省に伝える』
「あんたら次第だ、頼むぞ」
『わかってる。悠希君、やはり君は有用だ。何があっても死ぬなよ』
「ああ、こっちも非難する」
通信を切った。如月は不安そうな顔で問いかけてくる。
「どうすればいいんだ?」
「逃げるしかないだろ。中からは異性物の大群、空からはミサイルだ。ここに居るメリットなんてない」
「そ・・・そうだな、わかった。近くの派出所にパトカーが残っているかもしれない。見てくる」
「ああ、急ごう、俺は中の二人にも伝えてくる――― 」
すると家の中から俺たちを呼ぶ叫びが聞こえた。
「悠希くん!如月さん!!」
結奈さんが呼んでいた。
何か起きたのか?
急いで家の中に入る。
そこには座り込む結奈さんと
「急に、か・・・花凜が・・・」
さっきまで元気だった花凜が気を失い倒れていた。
その様子はただの失神ではなかった。
とても苦しそうな声を発し・・・
異粒子エネルギー結合時に発生する光子が、花凜の体から舞っていた。
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