24 都心戦線⑥ 新世児の集い

 道を戻っていくと、多くの人々が道路に出て外を歩いていた。

 異生物の姿が現れ出し、この街に留まる事が危険だという判断から少しずつが避難を始まっていくと、それが集団心理として多くの人に伝搬していった。


 朝日はまだ昇らない時間にもかかわらず虚層塔はその光によって人々に強い影を足元へ落とす。


 その放射状に広がる自分の影を下を向いて見つめながら避難する人たちはそれぞれの歩みを進めた。



 足早に歩く一般人に紛れて俺は胸を押さえながら息を切らせて、人々に追い抜かされていく。


 その様子を見て、たまに声をかけてきてくれる人もいた。

「ねえアナタ具合悪いの?大丈夫?」


 こんな何が起きているのかよくわからない状況でも人の事を気遣えるなんて凄い事だ。

 特に中年以降の女性に多かった。母親世代なのだろうか。


 俺は母親を早くに亡くしているからこういう時の返答に少し悩んでしまい無機質に答えてしまう。


「大丈夫です、どうか気にせずに早くこの場から避難してください」


 いつこの場所に異生物が転移してくるかわからない。

 みんな早く新宿から離れた方が良い。


 大転移の影響がどれほど広範囲なのかはわからない。

 モスクワの事例を考えると、とても徒歩で間に合うとは思えない。

 だが中心地ほど異粒子が濃かった事から、離れるほど安全になる事は確実だと思う。

 俺のことよりも自分の子供や家族を優先してほしい・・・・



「ぎゃあああああああ!」


 しかしこの場はまだ中心地。

 そこらじゅうで人の叫び声が聞こえる。

 今もまたすぐ近辺で男性の断末魔が聞こえた。


 俺はケガを負いながらも声のあった方角へと向かう。

 今の俺でも3級程度ならなんとか葬れる。

 2級以上であれば・・・さあ、どうなるかな。


 俺は呼吸を出来るだけ整えて、右手にリュックから取り出したベアリングボールを、左手にサバイバルナイフを持った。


 ビルの脇道を通った先の広場、そこに先ほどの叫びを上げたであろう男性の遺体が横たわっていた。

 さらにその先、・・・異生物がいた。


 だが、なぜか男性と同じように、異生物も横たわっている。


 そして・・・倒れている3体がそろって、その体からマドプラズムを発していた。



 異生物の前に立っていたのは・・・小さな子供だった。

「・・・だれ?」


 俺はその声に驚く。


 10歳程度の幼い少年だ。

 そして横たわっている異性物を驚いているような様子が全くなかったのだ。


 それどころか異生物に手をかざし、マドプラズムを取り込んでいる。


 その姿は異粒子の光子と、虚層塔の光に照らされ、

 まるで宗教絵画の一枚を眺めているような美しさの情景に見えた。


 そして・・・まさかと思い、俺は声をかけた。


「ひとりか? 大人の人と一緒じゃないのか?」


「・・・・。」


 何も答えない。


 さらに建物の脇から少年と少女が次々と歩いてきた。

 逃げ遅れた子供たちなのだろうか。


 合計4人が異性物の前まで近づいて止まる。


 そしてその子たちも気体化した異性物のプライズに恐る恐る手をかざした。


「おい!」

 叫んでも子供はその場を離れようとしなかった。

 手をかざし続けている。


 俺は子供達に近づこうとした。


「邪魔・・・こっちこないで」


 ・・・なんだコイツら。

 プラズムをどうにかするつもりか?



 すると俺の後ろに一人の大人が現れた。


「あの子達は儀式の最中だ。用件があれば私が聞こうか」


 バっと俺はその場から距離をとる。


 そこには白いスーツを来た20代の男が立っていた。


 その物腰はあきらかに、一般人ではない。

 この大転移の状況にまったく混乱している様子がない。


「おまえら何者だ?

 この辺り一帯は異常事態が起きているから一般人は非難した方がいいぞ」


 俺はわざとらしく、何も知らないであろう前提で話しかけてみた。


「それには及ばない。

 私たちはこの異常事態に用があるのでね」


 その男は虚層塔が輝き、夜空を明るく照らすこの状況を受け入れている様子、

 この状況を把握している人間か?


「おまえがあの異生物を倒したのか?」

「私でもあの子たちであっても、それは小さな違いですらない」


「あの子たちが?・・・・まさか異粒子適合者マギストか?」

「そんな所だ」


 驚いた。

 未だに適合者マギストに俺は数人しか会った事がないのに、子供までその状態になるとは。


 だが、この男は何か含みを持った言い草だった。

 俺は警戒を緩めない事にして質問を続けた。


「すごいな、一瞬で3体も葬るなんて。

一体どれくらい討伐してそうなれたんだ?」


「謙遜しなくて良いよ、キミ程ではない、悠希遥架君」

「!! なぜ俺の事を?」


「キミは我々の間でもちょっとした有名人なんだ。

 複数の異能を持ち合わせる特殊適合者マギストとしてね」


「異能も知っているとは詳しいな。質問を変えるよ、あんたら何者なんだ?」


「すでに世界の変革に適応しようとする者は多い。

 だが私達はこのラグナレクをすでに予言していた。

 我々は選ばれし人間なのだ」


 すると子供達が歩いてきた。

「幹部様・・・ぼ・・・ぼく選ばれました」

「わたしも・・・・です」


「そうか、おめでとう」


「自分は・・・ダメでした」


 子供達の体に異粒子が薄っすらと舞っている事が確認出来た。

 だが変化のない者もいる。


 俺はこいつらに嫌な予感がした。


「おい、その子たちを適合させた薬剤はなにを使った?トーラス理研か、それともギアーズ重工のか?」


 その男は子供達の肩に手を置きながら俺の言葉に答えた。


「薬剤など使わんよ。

 この二人はたった今、新世界で生きていく人類として選ばれた。祝福するべき事」


 二人の適合者と一人の無反応者。


 そして異生物の傍にいた最後のひとりの子供は・・・・


「ハ・・ハクガさまあぁぁ・・・」


 膝をつき顔や体を溶かしていた。

 不適合者のメルトダウンだ。

 俺は咄嗟に声をかける。


「おい!その異性物から離れるんだ!」


「その子は新世界に拒否をされた人間だよ、見捨てなさい」


 体が急激に溶けだし、大気へと気化していく。

 麒麟戦の時に絶命した有田と同じ症状だ。



 マギオソーム細胞を半端に適合してしまった事で、

 通常の生身部分が異粒子エネルギー結合に耐えられずに溶け出してしまうのだ。


 マギオソーム細胞の不適合反応。


「おまえ! 投薬検査なしに異生物から直接マギオソーム細胞を取り込ませているのか!」


 男はおれの質問には答えず、4人のうち全く反応の起きなかった子供に言葉をかけた。


「3体の異性物のうち、あの不適合者の子が最後の一体を取り込んだんだ。

 キミはまだ選別を受けていない、次の場所へ行き改めて新世界で生きる資格を賜ってきなさい」


「わ・・・わかりました。メシュア様の託宣が描くままに・・・」


 その子供は両手の指先をこめかみに当てた後、胸で手を交差する仕草をとり、そして走り去っていった。


「新興宗教の類か?あの子たちの親はどうした、子供たちの命を犠牲にして何を企んでいる!」


 被災時や今のような混乱時に生まれる不幸に、宗教は人の心を支える教典となる事は理解できる。

 だが新興宗教の中には犠牲を伴う儀式を行うものもあり、こういう被災時に躍進してしまう事もあるだろう。


「抗体薬で延命している人間たちと同じ尺度で我々を語るとは、ムシズが走る。

 翔也、今日得た力を使ってみなさい」


「はい」

 適合したと思われる少年が男の前に出てきた。


 おもむろに右腕を頭の後ろに持っていき、そして振り下ろす。


「ぐあっ!?」


 突然、なんの前触れもなく胸部から腹部にかけて縦に体が切り刻まれた。

 身体強化で浅い傷で済んだが、この長い距離の間合いで一体何が起きた?


 俺は胸の傷を観察する。

 4本の線傷・・・・これは、爪痕?


「素晴らしい、翔也は異能持ちに巡り合っていたようだね」

「はい、これでメシュア様の描く世界で生きていけます」


 勝手に盛り上がりやがって。

 やられっぱなしで済ませられるか。


「ブースト・・・展開!」


 俺は右手に持っていたベアリングボールを白スーツ男の肩口へ向けて投球した。


 人間相手に手加減をしているが、この速さは避けられるものではない。

 ケガはするだろうが適合者という事であれば死ぬことはないだろう。お返しだ。


 だが結果として投げたボールはその男に当たる事はなかった。


 いや、正確には当たっていた。

 コントロールも狂わず、スピードも常人が反応出来るものではない速度で迫ったボールだったが・・・、

 その男の肩口を何の抵抗もなく通り過ぎたのだ。


 まるで、ゴーストのように。


「くっ! おまえも、異能持ちか!」

「おや?いま何かしたのかね?」


 してやられた。

 コイツは俺の事を知っていた。当然能力の事もだろう。

 あの余裕、俺の事などいつでも簡単に御せるって顔をしてやがる。


「お遊びはここまでとしよう。

 我々はこの事象において多くの使命を持っている。

 君のように野次馬で来ているのとは違ってね」


「勝手に決めつけるな。俺は大切な人を守るためにここにいるんだ」


「そうそう。

 その君の大切な姫君、早く別れの言葉を告げてあげる事をお勧めするよ。後悔のないように・・・・ね」


「!!

 テメエ!!花凛ちゃんに何かしやがったか!!」


 男はそのセリフを放ったのち、おぼろげな姿になり

 その存在を子供ごとこの場から消していった。


 俺は必死であたりを見回す。


 「くそ、いない!どこへ行った」

 


 あいつ今何を言っていた・・・

 別れの言葉? いや、きっと意味はない。


 だが無視は出来ない。直接確認しに戻らなければ・・・・!



 俺は胸部に重なった打撲痛と、爪痕残る切り傷、ふたつの痛みを忘れて全力で観咲家へと走り出した。






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