16 求める者たち⑥ 使命と誇り~強さはその信念から


古雅崎こがさきの・・・関係者だって?」

「はい、そう言ってましたよ」


 男性巡査は慌ててこっちに駆け寄ってきた。

 そして敬礼をしてくる。


「あ・・・あの!し・・・失礼しました!お務めご苦労様ですっ!」


「ちょっと浜田部長?どうしたんですか?」


「バカ、みやびさんトコの話を聞いてないのか。

 我々が多摩でお世話になってる組合さんなんだよ。

 古雅崎さんはさらにこのあたりの地主!」


「なにそれ、そんなローカルルール知りませんよ」


 古雅崎の家って警察に名前が通ってるんだな。これは助かるかも。

 男性の巡査部長がへりくだって質問してきた。

「あの~ちなみにどちらの家の方でしょうか」


「家?俺は・・・悠希遥架って者ですけど」

「悠希・・・・聞いたことがない」


 う・・・なんか解決の流れに少し向かっていきそうなのを期待してたがまた雲行きが怪しくなった。


 そこへ婦警が割って入ってきた。

「部長!あたしは本部から緊急援護要員として配属されたんです。地元の事情に気を遣うつもりはありませんよ!」


「いや、そんなこと言わないでさあー」

「とにかく、山田さん夫婦とこの子を早く車で避難所の府中小学校に連れていってください!」


 うわ、このままでは真逆の方向に乗せられてしまう。


「いや、俺は大丈夫なので皆さんだけでどうぞ・・・」

「ダメよ!この付近にはまだヤツがいて危険なんだから!」


 そいつの討伐が俺の目的なんだけどどうやって信じてもらえば良いのだろう。


「如月巡査、キミはどうするんだい?」

「あたしは対象を追います。だからこの子達をお願いします。」


 あー、もういい加減めんどくさくなってきた。


 考えてみれば別に職質に付き合う必要ないじゃん。

 異生物退治にハッキリとした規制も管轄もないんだから。

 身体強化使ってもうここから逃げだそう。


 そう考えていた所で後ろから声がかかってきた。


「悠希君!」


 合流するはずだった古雅崎だ。

 肩で息をしながら向かってきている。

 どうやら走り回っていたようだ。


 知っている顔を見たせいかなんだかホッとして、そしたら今度は無性にイライラしてきた。


「おそい!おまえはどこにいたんだ! 異生物を逃しただろう。ひとりで鉢合わせたぞ。

 それと俺の身元を警察にフォローしてくれっ! たのむ!」


「え?あれ、浜田巡査?」

「古雅崎さん!」


「なに?悠希君何かしたの?っていうかそれウチの箒よね。」


「いや、話が絡まってるだけだ。

 ひとまずおまえ達の一派だって事なら話が収まりそうだからうまくまとめてくれ風紀委員長。」


 それからは古雅崎の説明もあり巡査部長は納得してくれた。

 だが婦警の如月巡査の方はまだジト目で俺たちを腕を組んで睨んでいる。

 するとスタスタとこちらに近づいて話しかけてきた。


「あたしはあなた達の事を詳しく知らないんだけど、立場上は区民を全員保護しなければいけないの。

 だから車に乗って移動してもらうわよ?」


浜田巡査はうろたえながら如月婦警を説得する。

「あのね如月巡査、この人たちは特別なんだって・・・」


「地主だか良家だか知りませんがこの子達は未成年です。

 ちゃんと保護をするのが私たちの義務ですよね!」



「いや・・・それはそうなんだけど・・・」


 職務に厚い人だ。

 こういう人が世の中の治安をまだ支えてくれるんだろうけどな。


「如月巡査。はじめまして。

 私、古雅崎名鶴と申します。

 私達はこの町の、いわば自警団みたいなこともやっています。

 だから私たちの事は心配しないでください。

 もちろん警察の邪魔はしませんし協力も、情報提供もします。

 ただ・・・」


「ただ・・・なに?」


 古雅崎の雰囲気がスッと変わった。

 冷たい目つきだ。


「さきほどの異生物との接触で私たち雅の血族に死傷者が出ました。

 今も数人が応急処置中です。」


 え・・・そんなに負傷者が出ているのか。


「ですが私たちはそれでもヤツを仕留める事を、仇を取る事を決めました。

 ケガをしていた者は今も走り出しています。

 邪魔をするのであればそれが国家権力であろうと排除します」


 うわ、でかく出たな。

 浜田巡査部長もあわあわしているよ。


「どうやらこのあたりを縄張りに仕切っている組織だったようね。

 ・・・いいわ、ひとまずあたしは関与しないでおくわ。

 浜田巡査部長!」

「な・・・なに?」


「あたしはこれより特殊任務に移行します。

 巡査辞令の解除をお願いできますか。」

「え?あ、はい・・・あ、どうぞ」


 すると婦警さんはおもむろにタイトスカートの手をかけ、そして裾を縦にビリビリと裂きだした。


 襟のボタンも外しキッチリしていたスタイルから、胸の谷間が見える位にラフな姿に変わる。


「これより警視庁特殊部隊として帰任、現場の裁量にて異生物調査の任務に付きます!」


 そしてビシっと敬礼したあと車のトランクから何かを取り出し林の方へ向かっていった。


 巡査部長も敬礼をしたあとパトカーに戻る。

「私は山田夫妻を避難させてきます。

 古雅崎さんもどうかお気をつけて」


 そう言って俺の事を気にする事なく去っていった。


 すげーな雅の権力は。


 ・・・。


「異生物がここを通ったのね?」

 古雅崎が状況把握に入る。


「ああ、エヴァが言っていた大猩々リガンドレス だったと思う。

 全身黒くてとてもでかいヤツだ。」



「ええ、そいつよ。こちらで追い詰めたのだけど逃してしまったわ。」


「おまえと敷雅もいたんだろう?それで死傷者が出るって何が起きたんだ?」


 試合をしてみてわかったが敷雅は俺よりずっと力と経験を持つ者だったのだ。


 さらに仲間もいたのなら相当な戦力だ。

 俺がひとりで渡り合った異生物なら、敷雅と古雅崎達だけでも仕留めきれる気がするが・・・

 これは、異能持ちでマギオソーム細胞適合者の差か?


「他にも実力者がいたわ。10人で囲ったけど・・・そのうち4人が息を引き取った。」


 そんなに・・・多いな。


 だが古雅崎の顔に悲しい表情はなかった。

 同じ道場の仲間だっただろうが、死を語るときも変わらず凛としていた。


 使命だから・・・か?


 もし俺が始めから合流していれば違ったんだろうか。

 だが詳しく聞くとそんなレベルではなかったようだ。


大猩々リガンドレス の厚い毛は攻撃を無効化する特性があって、私たちはあらゆる技を重ねてその耐久度を落とし、削りとっていったの。

 物理攻撃も変性術も幽士啓廻も効かず、ずっと劣勢を強いられた」


「俺のときとは状況がだいぶ違うな」


「はじめは全身が白毛で覆われていたわ。

 それを半分以上剥がせたところですでに三人がやられたの」


 俺の見た姿は腕の一部に白毛が残っていて、あとは黒く焦げ染まっていた。

 俺のところに逃げ出した時点では装甲を外されていた状態だったのか


「それだけじゃない、大猩々リガンドレス には形態変化がある。

 姿を変える度に様子が変わってパワーを増していったわ。

 あれは、あなたの身体強化以上の力の上昇率だと思う。

 そしてそれによってもう一人やられたの。」


 聞くほどに強敵さが伺える。

 俺が立ち向かえたのは弱体化していたからだったのか。


「あの婦警は銃弾でヤツを仕留めかけていた。やっぱり銃器は有効な手段のようだぞ」



「あれは特別な弾丸だよ」

「!!。エヴァ・・・!」

 またしてもスっと現れた。少しさっきと雰囲気が違う。


「エヴァ、それはどういう事だ?」

「彼女は如月京子。

 警視庁で新たに結成された特別異世界災害対策部隊の特殊工作員だ。その武器も対異生物向けに開発された弾丸で、まだ一般には出回っていない」


「それだったら異生物の体毛装甲を突き破れれるのか?」


「条件次第。あくまで異生物の生身部分に対して効果がある位。

 そして今回の個体はこれまで確認したどれよりも体毛装甲が硬い。

 あればもう異能といっていいレベルだった。

 それに大猩々リガンドレス はまだ弱りきってるわけじゃないんだ。」


「もう装甲が外せているのに?」


「大獣級とカテゴライズしている異生物は回復速度が異常に高い。

 それこそ数時間すると全身の体毛が生え戻るくらいだ。

 そうしたら対異生物弾の有効性は大きく下がるし、そしたら一人で向かった彼女は間違いなく餌食にされる」


 どうやら弾丸の効果を見誤っていたようだ。

 あの婦警さんも危険なのだな。


 古ヶ崎は再び決意を固めた。

「ヤツに回復されるわけにはいかない。

 仲間達が与えた傷を残したままあの異生物は討伐をするわ」


 回復されたらまた装甲削りの消耗戦になる。

 そんなやり直しはしんどいだろう。

 だがそれ以上に古雅崎は死傷者の誇り、弔いのために今の機会で片付けたいようだ。


大猩々リガンドレス は現在、南西の平和の森公園にいる。

 うちのトーラス理工学研所T - SERAが私有部隊の編成準備が整ったからもう待っていれば大丈夫だよ」


「先ほどの情報があれば私たちで十分よ。敷雅!」

「承知しました」

 いつのまにか道路脇の木の後ろにいたようだ。

 見ると古雅崎以上にボロボロになっていた。

 持っていた薙木刀を古雅崎に手渡す。


「悠希君、これは私たち雅血族の使命であって、そして今日私怨にもなったわ。」

「ああ」


「だから私達は行く。使命と仲間の誇りのために。あなたはどうする?」

「行くよ。そう選択したからな」


「ありがとう。雅の血族はあなたに敬意を表するわ」


 そう言って古雅崎たちは先行していった。

 その顔には憎しみでも悔しさもなかった。


 ただ前へひたすら進もうという表情だ。

 彼女のあの強さはその信念から来ていたんだな。


 あと霊樹武器を持つと心持ちが変わってくる気がする。

 もしかしたらこの霊樹は人の意思を鼓舞する効果を持ち手に与えるのかもしれない。

 推測だけど。


 俺は塀にかけ立てていた霊樹箒れいじゅぼうきを手にして南西の森公園に向かおうとした。


「俺はこの霊器を用いて邪を凪ぎ払おう」

 ・・・ん?何か俺また変なこと言ったか?



「いやそれよりもエヴァ、お前たちはなぜ雅を助ける事にした?」

「助ける事にしたって?」



「道場にいた時は私有部隊の出動どころかその存在すら明かさず古雅崎達に解決させようとしていただろ。なのになぜ突然部隊をこんな場所に寄越す事にした。

 理由があるだろう」


「ククク、君にはバレるか。

 ・・・そうだね、理由は彼女らの血の貴重さの認識が変わったんだ」



「おまえら、殺された一族から血を採取したな?」


「うん。雅の力が思ったよりも異生物に有効的だったこと、それと君の変性術。

 マギド細胞の適合者が使う霊樹武器の効果はとても有効そうだったから彼女らの評価を改めたんだ」



「古雅崎達がお前たちの保護の対象に変わったわけか。独善的だな」


「霊樹武器はあの血族にしか作りだせないからね。

 だからあの血統を保持させる事を議会は決めたんだ。

 あと30分すれば討伐兵が到着するよ。だから君はもう焦らずに待っていてくれたっていい」


「その間に古雅崎が無事かわからないだろう。俺は行くよ」



 そして俺は彼女達と同じ道を辿った。

 目的の公園へ歩いていく途中、道々には異生物の犠牲となった町人の遺体が無残に転がっていた。


 規制緩和されてから所持していたであろう拳銃も転がっている。

 銃を拾って調べてみると弾薬はすでに空だ。当たらなかったか、それとも効果がなかったのか?


 いやすでに回復に至っているのかもしれない。

 ふとエヴァのトーラス理研部隊の武器が異生物相手に有効なのか疑問に思えた。


 如月という婦警もどきが対異生物用の銃弾を放った時は毛装甲がはがされた状態にもかかわらず体を撃ち抜く事は叶わなかったのだ。


 いや、情報に詳しいエヴァの事だ、装備が効かない状態なら出兵をそのまま見過ごしはしないだろう。

 だが大猩々リガンドレス とたった一合だけの衝突だったが、

 そのポテンシャルを体が理解していたから疑念は生じる。


 突きを食らわせたあの時はすでに万全ではなく、

 もしそこからさらに全快の状態にまで守備力が加算された場合は銃器の効果はまず得られないように感じたのだ。


 どちらにしろ古雅崎が引く事はない。混戦に陥る程、異生物に回復の可能性を持たせてしまう。

 やるなら早いうちに決着をつける方がいい。


 そう思い、俺はペースを速めて目的地に向かった。

 

 

 

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