15 求める者たち⑤ 霊樹武器


「グオオォォアアアアオオオオオオォォ!!!」



「きゃああああああ」

「うわああああ!こ・・・こっちに来るぞおおお」


 街を襲い人を恐怖に陥れるそれは、とてつもなく圧倒的な体躯をしていた。

 その身は体毛に覆われ、焦げ付くような色の剛毛が全身を覆うが、部分的に見える生身の筋肉部分は、はち切れんばかりに凹凸型に隆起している。


 そんな存在が目の前をゆっくりと横切っていた。


 まさに怪獣映画のリアル版だ。


 本能がアラームを鳴らす。

 もしアレに襲われたら一撃で地獄行きだ、と。

 その豪腕が高く持ち上がり、そして地面を激しく打ち叩いた。


 さらに大獣は街に鳴り響くサイレン音に共鳴するかのような怒号で咆哮をする。


「グオオォォアアアア!!!」



 大獣級『大猩々リガンドレス 』だ。


 ・・・って古雅崎達はどこなんだ。

 アレを食い止めてるんじゃなかったのか?


 待ち合わせの広場は見つからずに歩き続けていたらこんな町中で異生物と鉢合わせだ。

 まさか全滅してないだろうな。



「おい!早くこっちへ来るんだ!」

「む・・・ムリだよぉ・・・動けないよぉ・・・」


 住宅街でもあり避難に走っていた人たちもいて、近くの民家の中には人も残っているようだ。

 逃げ遅れた人達だろう。


「た・・・助けてええーーーー」


 いつもだったら俺もあのようにすくんでいたかもしれない。


 だが今はスカイダイブ階段大跳躍によってアドレナリンが溢れ脳が興奮している。

 無謀にも一人で立ち向かおうとするほどハイだ。

 追いかけられていた人達と異生物の間に俺はゆっくりと割って入った。


「お前の相手はこっちだ」


 自分を鼓舞するように大獣リガンドレス相手に話しかける。

 心臓がバクバクと激しく鼓動するなか、俺は武器を構えた。

 大獣は完全に俺を敵と見なしたようだ。

 視線が町人から俺へと定まる。


 見殺しにできない、逃げられない。

 この武器を持ったがために。




 屋敷を出る時に雅の使いの人間から探してもらった霊樹製のひと振り。


 霊樹符に巻かれただけのプラスチックのバット棒ではない

 正真正銘の霊樹武器だ。


 異生物を倒せる可能性を俺は得た。

 それが立ち向かう理由の充分な根拠。

 俺は闘う事を選択できる、胸を張って生きていくための決断だ。


「身体強化!ザ・ブースト!!」


 威嚇してくる巨大な相手にこちらから仕掛ける。


 既に指から流してある血が霊樹武器と俺を繋げ、

 一体化感覚により異粒子エネルギーを利用した分子変性を発動させる。


 放つは分子の振動凍結。

 『雅流静凍震!!』



 大猩々リガンドレスの懐に近づき武器を横一線に払った。


 ついさっき、敷雅相手から喰らったばかりの変性術。

 霊樹の分子変性特性により極寒に冷却された冷気が巨大な足下の一面を覆っていく。


 下半身の体毛はみるみる収縮し、生身の筋肉部分は芯にまでその凍結効果が伝搬した。


「グア・・・ア・・・アァ・・・」


 加速空間で見るリガンドレスは俺の突進に合わせてその腕を振り落とそうとしていたが、左足の凍結麻痺によって態勢を崩しはじめる。


 冷気変性術によって作ったこの隙を俺は逃すことなく、続け様に渾身の一撃の準備に移る。



 武器を逆手に持ち直し、今度は柄部分側に分子振動を反転。


 エネルギー抵抗体となった霊樹武器の柄先に高温が纏う。

 その熱さは大気が渦を巻いて上昇気流を作り出す程だ。


 『雅流 炎黒焦』


 敷雅が使ったこの技は、変性術の基礎であるという読みから俺にも再現が可能だった。


 さらに踏み込みその柄先を腹部に向けて突き上げた。


ドッ・・・ゴ・・・オ・・・オ・・・オォ・・!!


 加速空間でも衝撃音の空気振動が耳に届いてくる。

 槍ではないため突き刺さりはしないが、身体強化と合わせた超高温の突撃がリガンドレスを焼き飛ばした。



 吹き飛んでいる間、俺は意識加速を解いて呼吸を深く行う。

 大気の異粒子を体に取り込んで次に備える。


 この隙にすくんでいた女性は周りの人達に助けられ無事に避難していったようだ。

 俺は背を向けていてその様子を直接見ることはない。

 転がり止まった所でリガンドレスは起き上がりこちらを睨んでいるのだ。


 威嚇をしてこない。

 どうした?

 咆哮をしていた時は本能だけで動いていた様子だったが今は知的に俺を分析をしてきているようにその視線を向けてくる。



「ダメージは・・・よし、ちゃんと効いているな。」


 リガンドレスは腹をおさえて苦しそうにしていた。

 今のは俺が持っている技全てと、ぶっつけ本番で上手く使えた炎焦変性が合わさった最上の攻撃なのだ。


 これが効かなかったらお手上げ。

 だが効いてるものの致命傷には至っていないな、あれは。


「さーてどうする・・・ひとまず俺のエネルギー切れまで粘って繰り返してみるか」


 リガンドレスのHPがどれくらいかわからないが

 同じ攻撃はあと2セットできるかわからない残量だ。

 そこから先はもう根気比べだな。


 俺はまた武器を構えた。

 一撃目があまりにも上手くいったために少し油断しているのかもしれない。

 だが今のところ俺の変則的な攻撃が有利に働いている。

 このままイケける所まで・・・・




 すると後ろから車が近づいてくる音がした。


ブオオオオオオオン


「そこのキミ!そこを離れなさいっ!!!」


 突然の増援だ。

 急停止した車、パトカーの窓から拳銃が覗き出る。


 五発の銃声が響き渡った!


 回転式拳銃リボルバーだ。

 車で射程内まで急接近し、対象がデカイとはいえ五弾とも命中していた。


「ガアアアアア!!」


 すぐに距離を取ろうと後退する。おそらく弾を装填しているのだろう。

 距離を取った位置で車は止まり、今度は車から降りてその場から中距離で狙いを定めて撃ちはじめた。

 降りてきたのは・・・婦警だった。


ドン! 


 距離が離れたにもかかわらず狙いを定めて今度も外さず命中させていた。



「グオオォォアアアアァァァァッ!!!」


 !!!!!!!


 続け様に発泡をするが、咆哮の凄みによってさすがに婦警の姿勢が崩れた。



 ヤバイ!襲われる!

 俺は正面衝突を覚悟で身体強化を込めはじめる!

 はじめる・・・・が、予想に反して


「グオォォ」


ザザザ・・・・・



・・・・・・。



 大獣 大猩々リガンドレス は横の林の中へ逃げ出していった。


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 あたりは一転して静寂に包まれている。

 サイレンの音もいつのまにか止んでいるようだった。

 先ほどまでのパニック状態が嘘のように静かで、風に揺れる草木の音が聞こえるくらいだ。



・・・ガチャ


 パトカーからもう一人の警察官が出てきた。

 恰幅のよい、中年男性の巡査だ。

 ドライバーをしていたのだろう。


 すごいな、たった二人の普通の人間で異生物を追い返したワケか。


 軍隊でも手を焼くって話だったのに・・・どいつだよ銃器の威力が下がってるなんて言ってたやつは。

 すると婦警がこちらに向かって声をかけてきた。


「キミ、避難勧告が出ているでしょう。西側へはやく逃げなさい。」


 どうやら地域住民の避難誘導をしているようだ。

 手元を見ずに弾を二発分装填している手つきはとても慣れている様子だった。


 俺はその様子を眺めながらここの状況を伝えることにした。

 警察はなんとなく苦手なのでこのままうまくゴマかして早く離れる作戦にでる。


「そこの家に逃げ遅れた人が籠っていますよ。連れていってあげてください」


 男性警察官が家の方を見る。

「そうか、田中さんの家は老人夫婦だったから逃げ出せなかったんだろう。私が車に乗せてくるよ」


 この付近に詳しい、どうやらこの辺りのおまわりさんのようだ。

 婦警の方は周囲を見回して安全を確認したのか、拳銃を脇下のホルスターへしまった。


 二十代特有の大人の雰囲気を持っているこの婦警は髪が短くスポーティーなため年よりも若く見えそうな女性だ。

 けど交通課の婦警制服なのにショルダーホルスターってどんな組み合わせだよ、と思ってしまう。


「あなたはこんな所で何してたの?あの怪物が近くまで襲ってきてたんだから危ないでしょう!」


 ・・・。

 あれ

 俺、叱られてる?


 ・・・そうか、俺が戦っている所を見てないのかこの人達。

 っていうか見れたとして身体強化の動きが速くて分からないのかも。


 ヤバイ、この状況はすごく面倒くさいパターンかも。

 よし、ここは嘘をついて誤魔化そう。


「あの・・・逃げようとしてたんですけど足がすくんじゃってたんです」

「あなた異性物に立ち向かおうとしていたでしょ!」


 くっ・・・・そこは見ていたか。


「そ・・・そんな事はないですよ。ただホラ、逃げ遅れた人たちもいたので手を貸してたんですよ」

「あなたは手を貸さずに背を向けたまま立ってただけだったでしょう?」


 演技が全く通用しない、さすが警察官。

 人の嘘を見極める事が仕事の人達だよな。


 仕方ない、本当の事を話すか。


「異性物を倒そうとしてました・・・・」


 観念して白状したその真実を、だが婦警は根本から否定してきた。



「そんなこと出来るわけないでしょう!」


 そう思うのもまあ仕方がない・・・・

 理由ははっきりと解る。


「そんな!何でもないっ!・・ただのほうき一本で!!」


そう・・・実はこれ屋敷の倉庫にあった清掃道具なのだ。

 いや、だけど俺が手に持っているのは正真正銘の霊樹武器なんですよ・・・・

 



 一見すると神社の落ち葉をはらうやつだけどね?

 木を切り出した棒に枝を束ねただけの箒だけどね?


 でも一応、由緒正しき霊樹製品という事で貸してもらっているのです・・・・


 まあ、どこからどうみても只のほうきだわな。


 神社に立て掛けていたらだれも気づかない庭箒、それが俺の武器です。



 なぜこれなのか?

 折れたプラスチックバットよりはマシだろう。

 古ヶ崎達のとは別の木刀や薙木刀もあったが、残念ながらそんな持ち慣れていないものと一体化感覚を得られる筈もなかったのだ。


 一番しっくりきたのは小学生の頃の清掃時間によくチャンバラして遊んでいたほうき、というのが消去法で残った物だった。


 境内の大事な所をはく時だけに使う大事な神具だと使いの人から口辛く説明された。


「こ・・・これはただの箒に見えますけど由緒正しきほうきなんですよ!」


 婦警の怒号に困惑して、つい理屈のくっついていない説明をしてしまう。


「あなたふざけてるの!?異生物を見たでしょ!近所のドラ猫を追い返すのとはワケが違うのよ!」


 ダメだ。通じない。

 そりゃ自分で言っててもフザてるように聞こえるが。


 この神具は邪を払うことなどと結びついた境内を清掃する神聖な道具なんですよ!

 と神社の人に言われた事を訴えてもやっぱり説得力がない。

 うーん・・・


「あの、俺は古雅崎こがさきの・・・・いやみやびの家に関係する者なんですけど・・・・」


 これで通じるか?

 地元民だったら裏家業の事を知っているかもしれない。


「みやび?それって・・・

 あ、あなたまさか!」


 お?通じたか?よし!


「上の神社からそれ勝手に持ってきたの?

 駄目じゃないの!ちゃんと返してきなさい!!」


 だめかー。


 もうなに言ってもわかってくれないかー。

 どうする?

 ってもう本当に面倒くさくなってきたな。


 よし、異粒子エネルギーの力を見せてただの箒ではないことの証拠を見せてやる!


ビッ


 俺は親指を噛み、傷から血を出す。


 血が霊樹武器と俺を繋げ、

 一体化感覚により異粒子エネルギーが霊樹に伝う。

 分子変性を発動させて放つは分子の過剰振動!

 柄先に高温が纏う!


如月きさらぎさーん、ちょっときて手伝ってくださーい」

「あ、はーい」


「って見てろよおい!

ほらここ熱くなっただろ、不思議だろ?

くそっ、どうするんだよこの熱くなったやつ!」



「お爺ちゃんお婆ちゃん、もう大丈夫だからねー」


「すまないねーサイレン鳴って獣の叫び声がして、わたしらもうあの世へ行っちまうものだと思ったよ~」


「おまわりさんのおかげでもう少し長生きできるな~婆さんや」



 ゴウゴウと俺の周りは上昇気流が生み出されるほどの熱風に包まれて、俺は庭箒を持ってひとりただ立ちすくんでいたのだった。


「・・・・熱い」


 アドレナリンは枯れてしまい、変に続いていたハイテンションもすでに収まってしまっていた。







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