優しさ
四月十日(日)先負
朝。旅館で目覚めた私はやけにすっきりと目覚めることができた。ここは静かなのでゆっくり寝ることができたからだろう、体が軽い。
朝食を食べ終え、私は旅館を出たら春の家に向かう予定だ。初日は結局近所の人にあいさつしただけで終わってしまった。昨日は旅館に予約を入れていたからここで泊まらなければならなかったが、今日からはあの子の家にお世話になる。
旅館の外に出ると若草のにおいと共に気持ちの良い風がなびいていた。どこか懐かしさを感じる風だ。私は都会育ちだったが、日本人とはやはりこういうものなのだろうか。
「あ、彩さん。おはようございます!」
後ろから声がかけられる。春だ。
「おはよう春。」
「昨晩はよく眠れましたか?」
「えぇ。もちろん。都会は夜でもうるさかったけど、ここは結構静かなのね。おかげで眠りやすかったわ。」
「それは良かったです!ところで、今日はなにか予定ありますか?」
予想外の質問に私は少し固まってしまった。
「そう…ね、とりあえずここの村長さんにでも挨拶に行こうかなって。」
「あぁ、長月さんのところですね!案内しますよ!」
「あら、ありがとう。…でも、仕事は良いの?」
「大丈夫ですよ!滅多にお客さんなんて来ないですし!」
「あ…それは悪いことを聞いたわね。」
「気にしなくてもいいですよ!」
じゃあ、準備してくるわね。といって玄関にまとめておいた荷物を取りに行く。すると、讃良が「いってらっしゃいませ。華山さま。」と丁寧に送り出してくれた。
この村の村長、一言でいえばおおらかな人だった。この村のことを丁寧に説明してくれた。私が何を知りたいのかすべて把握しているかのように。村長の家族の人たちとも話したが、彼がおおらかというよりは長月家の性格がそれであった。私はどうも昔から人間関係だけは恵まれているようであった。前の職場のときも優しい上司に可愛い後輩に囲まれ…文句は何一つなかったのだが…
「着きましたよ。」
春の声でハッと我に返る。気が付いたらすでに彼女の家の前まで来ていた。私は危うく通り越すところだったらしく、彼女が引き留めてくれた。
「どうしたんですか?具合でも…」
そういって彼女は私の顔を深くのぞき込んでくる。
「い、いや、大丈夫よ。少し考え事をしてただけ。」
「考え事、ですか。あ、荷物持ちますよ。」
「ふぇ?あ、あぁ、ありがとう…ちょっと待って、やっぱり私が持つわ。」
危ない、少しぼーっとしてしまっていた。彼女にこの重い荷物を持たせるのは申し訳ない。自分の荷物くらい自分で持たなければ。
「それで、仕事を探したいんだけど…」
荷物の整理が一段落し、私は春に先ほど思い浮かんだ悩みを相談してみる。考えても見れば、大の大人が子供に養ってもらうわけにはいかない。住む場所を与えてくれてるのだから、せめて彼女の仕事を楽にしてあげたいと思ったからだ。
「あぁ、それなら〝何でも屋〟に行けばいいと思いますよ。」
「いや、そうじゃなくて私はあなたの手伝いをしたいんだけど……何でも屋?」
思わず聞き返してしまった。
「そこの店主である舞さんに相談してみるのが一番だと思いますよ。それに、私のところの旅館はお客さんから予約が入った時にしかあかないですし。」
「えっ?そうなの?」
それにしてはやけに綺麗な旅館だった。まぁ、使ってる数が少ないというのもありそうだが、まさか私が予約したから全館掃除したのか?私一人のために?
「あ、何でも屋まで案内しますよ?」
そういって春が立ち上がる。
「いや、いいわ。私一人で行くから場所だけ教えて頂戴?」
「…わかりました。ちょっと待っててくださいね。」
少し悲しげな表情をして春はスマホを取り出し地図を開いている。そんな顔をされるとこちらとしても申し訳なくなってしまうが、ここまでお世話になってるのだから彼女には少しでも休んで欲しかった。
「ここです。ほぼ村の中心にあるので道沿いに行けばすぐですね。」
「わかった。ありがとう。」
そういって立ち上がると、春が私を呼び止める。
「あ、待ってください。その前にこれを…」
そういって渡されたのはカギだった。この家のものだろうか?
「それはこの家のスペアのカギです。ここはもう春さんの家でもあるので自由に出入りしてくださいね!」
「あ、ありがとう。」
そういわれると妙に不気味だ。この村の人は優しいから、でなんとなく気にしてなかった気がするが、ふつう見ず知らずの人間を自分の家にあげるだろうか?私だったら絶対にしない。
村の中心の方に向かうにつれて、人と建物が多くなってくる。地理的に中心なだけでなく、市場の中心でもあるらしい。あちこちにいろんな店がみえる。春が言っていた何でも屋とは、そのままその看板が付いているのだろうか?それともその名前はなにかの愛称なのだろうか。そうしてキョロキョロしていると、村の人が私の様子に気が付いたらしく、こちらに駆け寄ってくる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ、私最近引っ越してきたものなんですけど…何でも屋の場所がわからなくて。」
「何でも屋ですか!それならこの先二個目の角を右に曲がったところにある青い看板が立ってる小さな建物ですよ!」
「あ、ありがとうございます。」
礼をして私はその女性と別れる。やはり、この村の人たちはみんな優しいだけなのだろうか?私が変に考えすぎてるだけなのか…
そしてたどり着いた何でも屋。私はそのガラス戸に手を当て店内に入る。
「来たよ、ねぇさん。噂をすればなんとやら、だ。」
「あら、早い到着でしたのね。」
店内にいたのは私くらいの年齢の女性が二人、そしてあたかも私がここに来ることを知っていたかのような口ぶりだ。
「全く、私たちもさっき喫茶店から帰ってきたばっかなのにさ。まぁ、座りなよ。」
いわれるがままに席に座る。するとおとなしそうな方がカップにお茶を入れて持ってきてくれた。
「華山彩、あなたはなにか用事があってうちに来たのでしょうが、その前に私から伝えておかなければならないことがあります。」
「え、えと?」
「もう、ねぇさん。そんな硬い言い方してどうすんのさ。あ、彩。あんたは気にしなくていいぜ。これが私の姉だからな。」
色々突っ込みたいところがあるがこの二人…どうして、私の名前を知っている…?
山奥の小さな村で すとろべりぃ @StrawBerry15
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