第4話 ギャルガールフール

「なーにがいい試合だっつーの。にゃんつきやがって、あのBBA」

「勝てたんだからいいだろ」

 決着がつき、勝者の存在を認識した虚ろの堂が崩壊し始めたのを確認し、俺は素に戻ってなっちゃんの愚痴に答える。

「別にー、うちは勝ちたいんじゃなくてー、楽しみたいのー。わかる?」

「わかんねーよ。勝つ。観客も、できれば対戦相手も楽しませて。違うか?」

「はー、あんなのみて喜ぶのはミーハーなやつだけっしょ。うちはもっとわちゃわちゃしたいわけ。勝つためだけの戦なんてもうし飽きってるってゆーか」

「はー、天下人は言う事が違うね。よっ日本一!」

「……ぷっつんきた。死にてーのか裁駕あ? 一発決めてくか? ああ?」

 俺のジョークに対し、さっきまでのへらへらした態度を一変させ掴みかかってくるなっちゃん。綺麗なギャルメイクの顔が近づいてくる。

「ひー怖い怖い、勘弁してくれよ。冗談だ、冗談」

「そっか。でもー、冗談も大概にしないと身を滅ぼすかもだよ? 斯く言ううちもちょっと昔やりすぎちゃってー。思い返すと、あの時はちょっちテンションで動きすぎたみたいなとこあるわー。えへっ、てへぺろ」

 俺が心にもない謝罪をすると、なっちゃんは若者っぽい仕草でおどけながら、あっさり許してくれた。

 彼女達ストラージャは、人々の願いの結晶であるが故に、人々に望まれた通りに振舞う。彼女達自身その生前を経験したわけではないが、そうあるものとして人々に認識され望まれている以上、彼女達は生まれた時から自身のモチーフとなった人物がそういう生前だったということをアプリオリに知っていて、さも自分がそう経験したかのように語ってみせる。それはまるで、前世の記憶をもったまま転生してしまったかのように。

 故に死者及びその魂とストラージャは、似て非なるもの。その事実を忘れてはならない。

「おいおい、絶世の美女が気安くそんな可愛い仕草すんなよ。惚れちまうだろうが」

「たしかし。裁駕もたまにゃーいいことゆーじゃん」

 おだててみたら、俺の肩をバシンと叩き、心底嬉しそうになっちゃんは照れた。そうして、なんだか幸せそうにでれでれと顔を蕩けさせている。乙女か、こいつは。

「……」

「ん、なに黙ってるわけー?」

 上機嫌そうにそう尋ねてくるので、俺はありのままを告げる。

「いや、なっちゃんの機嫌取るのって簡単だなって思って」

「……ああ? 貴様うちのこと馬鹿にしてんのかこの近親相姦野郎が!」

「素が出てんぞ現代かぶれ。それと俺は妹を溺愛しているがそんなことはまだしてねえよ」

「うるせーな、新しいものなんて誰でも好きだろうが! かわいいしかっこいいし!」

「はいはい。わかったわかった。クールダウン、クールダウン」

 外来語を使うと、彼女は大抵上機嫌になる。機嫌取りには最適だ。

なんて御し易いストラージャなんだろう。しかも強い、ついでに可愛い。なんだよ、なっちゃん最高かよ。……と、あぶないあぶない。俺は妹至上主義者。浮気はいけない。

「あー……うちとしたことがうっかりぽかぽかしちゃったぜ。あと、適当に流すなし。つーかやっぱアンタむかつくわ。とりまシメる」

「なんでだよ! 大体お前そんな気分屋で適当やってるからすぐ裏切られんだよ」

「あー、禁句言った。コイツ、禁句言いやがったー。はーマジTBSだわー」

 さっきまでの元気はどこへやら、急にしょんぼりと肩を落とすなっちゃん。その姿は、まるで縁日で親とはぐれて泣いている子供のようだった。

 経験上、こうなると長い。俺は取り敢えず謝っておくことにした。

「あ、なんかすまん」

「すまんじゃねーよ。アンタうちがどんな思いで各大名家にメールしてたか知らないっしょ? はー、思い出すだけで泣けるわー。超泣ける。もう全米が泣くレベル。だって、めっちゃうち必死で連絡取ってー、コレ絶対イけるわー、もーキープ確定なんですけどー、うけるー、マジうける、うちマジYDKとか思ってたら、ね。突然の裏切りよ。わかる、このうちの悲しみ?」

「お、おう。てかメールってなんだよ。なっちゃんの時代に存在しねえだろ」

 ギャル語メガ盛りで話続けるなっちゃんに適当に相槌を打っていたら、キリッとしたつけまたっぷりの目で睨まれる。

「細かいことはいーの。アンタの同意を求めてるわけ。早く頷きなさいよ!」

「あっはい」

「だよねー。あの時、うちもうホント辛くてー包囲網とかできちゃうしー。あっちゃんを滅ぼしに行くときのこととかー、もうガン萎えでー。涙無しには語れないー、みたいな?」

 そして、渋々肯定してやるとすぐ機嫌を良くしてまた話し始めるなっちゃん。ちょろい。ありえんちょろい。あと、誰だよあっちゃんって、浅井長政か何か?

「そっすねー。あなた題材の物語とか無数に作られるくらいですもんねー」

「でしょー? よーくわかってんじゃん裁駕。さっすがはうちの家臣として選ばれただけあるわー。超バイブスあがるー。てかよくみたら裁駕―、ごっちゃんぽさあるんですけど。やったじゃん裁駕―、織田四天王入りだぞー? うりうりー」

 そう言いながら、なっちゃんは楽しそうに俺の顔を掴んで揺さぶる。うざい。

 いやほんとくっそウザイが、本心を口に出すと怒られるので、彼女の機嫌を損ねない程度に不満をつぶやいてみる俺。なんと健気なのだろう。

「いや俺は単なる使い手であってなっちゃんに仕えてるわけでは……。というかむしろ逆、みたいなー。ははっ……」

「でさでさ、一番うちの度肝を抜いた裏切りなんだけどー」

 ってこいつ俺の話聞いてねえしなんか自分の世界入ってるし。勘弁してくれよ。

「いやーいままでいっぱい同盟ぶっちされて、ファミリーにも謀反凸されたことのあるうちだったけどー、あん時はマジびびったわー。……え、てかなにこれうちの人生酷過ぎ? みんなズッ友だよってうちに言ってくれてたのに嘘だったとかさー、マジありえなくね? もう超グンジョウ。……って聞いてるー?」

「聞いてる」

「だよねー。聞いてなかったら秒でフルボッコだったわー」

「なっちゃんが言うと、洒落にならん」

「もーなにそれー、褒めてもー、褒美とかそんな簡単にやらないしー? 家臣ならうちのことかまうのが当たり前なんだぞ?」

 何勘違いしてるんだこいつ? と思わないでもないが、そのアホっぽさが愛らしく思えたりもする。体をくねくねさせながら照れ隠しする様が、案外ときめくのだ。

「だから家臣じゃねーって……」

「でさーさっきの続きなんだけどー」

 また俺の話し聞いてねーし。

 再び自分の身の上話を話し始めたなっちゃんのマシンガントークは、留まるところを知らず、延々と続く。一度話し始めると止まらない。これが彼女の悪癖であった。今はまだましだが、これを酒が入った時にやられるとたまらない。そりゃ家臣も嫌気さして謀反しますわ、ってくらいには、ウザイ。

 まあ、きっとこれも、人々の思念によって形成された人格の一要素なのだろう。

 残忍な逸話を数多く残し、その悪名を後世に轟かしたかの第六天魔王波旬織田信長。しかし、人々が彼女に対して抱いた想いの奔流は、こんな形でもって、擬人化した。

 そんなふうに、人々の自分勝手な願いにより生み出され、在り方を定められてしまうストラージャ達。彼等の行動原理の根底には、自分を生み出した人々の想いに応えるというようなものが必ずある。故に彼等は人により生み出さたが最後、永遠人に使われ、利用され続けるが定め。ストラージャとはまるで人の為の道具、あるいはロボットだ。

 彼等を使役している幻想魔導師フィアード・リーマー_の俺がこんなこと言っても説得力がないかもしれないが、俺はそんな人とストラージャの関係が疎ましかった。だから俺は、彼等が持つ自我の成長に期待している。

 その一環として、このうっとうしいなっちゃんの愚痴にも、俺はいくらでも付き合っていく心づもりだ。相変わらず終わりが一向に見えなくて、うんざりではあるが。

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