第3話 黒髪、清楚、ストレンジ

『うわー、ねえねえ、これ大丈夫なのるうちゃん? いくら裁駕くんでもこれだけの超出力の火に呑まれたらイっちゃうんじゃない? ていうかストラージャ呼ぶって言ったくせに呼んでないじゃない! るうちゃん、どうなってんの?』

『別にるうはそんこといってないし……。あーうるさい、こまくやぶれる』


【流石に今のはまずいのでは?】【放送事故?】【え、これまじ!?】【いや裁駕なら大丈夫だろ】【治安維持局も落ちたもんだ】【二十四年前を思い出すな】【むしろ平常運転じゃね?】


「ふっ、はははははは! やった、やった、私はやったぞ! これこそ革命への第一歩! 復讐の始まりを告げる狼煙! 感謝せよ。貴様の価値なき命、我がウルティオの路床となろうよ! 愉快爽快、久々に心地が良い。これこそが復讐の味かっ!」


 実況は焦り解説はまったり。観客は盛り上がり、敵さんはキマってる。

 うん、予想とはちょっと違うが、いい感じにピンチを演出できた様子。

 覚悟しろ? ここからは、俺のショータイムだぜ?


『って、あれえ? 裁駕くん反対側に出てきてなぁい? どういうことお? ねえ、るうちゃんどういうこと?』

『ま・る・で、ちーとだね。あーにぃってすごいなー。さすがはるうのにぃ(棒)』

 妹に皮肉られた通りちょっとズルをした俺は、先程まで炸裂していた爆炎の真逆、つまりは少女の真後ろに距離をおいて降り立ち、ポーズを決め紳士的に語りかける。あたかも脱出ショーに成功した奇術師が如く。服はやや焦げていたけど、そこは気にしない方向で。

「さーて、お喜びのところ悪いですがお嬢さん。私の身体はまだここにありますよ? 無論、無傷でとはいきませんでしたが?」

「何っ!? 貴様、どうして!?」

「当然でしょう、お嬢さん? 観客を驚かせてこその脱出ショーですから」

 うまく驚いてくれた少女をダシに、奇跡を演出する。観客を沸かせる為に。それ と、少女の心までも揺らせたらなあ、と願って。

「ショー? ショーだと? これはそんな煌びやかなものではない! ただの殺し合いだ! 命を弄ぶをショーと言い張る貴様の態度、覚悟しろ。今宵の私は血に飢えているっ!」

 けれど、残念なことに、そんな俺の言葉は彼女の逆鱗に触れてしまったようだ。

「うーん、これは殺し合いではないと先程申し上げたはずですが。人の話を効かない子供にはお仕置きが必要なようですね。いいでしょう、私の本気をお見せするとしましょうか」

「……私を、子供扱い、するなあああああああああああ!!!!」

 少女は修羅の如く怒り狂い、激情のままに吼えた。

「憎い憎い憎い憎い、拓けェ! 界繋式女王ノ四! 強嫉壊破ァ!」

 滾る感情の勢いそのままに、強力な術式をぶつけられるのは厄介だが、逆に読みやすい。

 彼女は読み通り火属性を持つ、錫杖のクイーンを絡めて術式を使用してきた。やはり、たいそう火属性にご執心なようだ。ならば俺が為すべきことは自ずと決まる。なあに簡単なことさ、火と相性の良い風の凶剣の呪符、それも防御用のものをぶつけてやれば良い。

「ばんこばんこと風は吹き、あれよあれよと鉄穴流しかんながし。手掻式四八、蹈鞴」

 全ては目論見通り。

 彼女の放った術式及びその属性に体内魔力を染めきっていた少女は、俺の放った術式の停滞空間に阻まれ一時的に身動きを封じられた。今俺が扱ったのは、特定魔力の動きを封じる空間を一定時間生じさせる遅延術式。簡単にいえばただの小狡い時間稼ぎだ。そういうせこい術式が俺の得意分野なもんで、効果は折り紙つき。

 そして、その浮いた時間をなんに使うかといえば、そんなものは言わずもがなだ。

「あらら、かわいいお嬢さんの時間は止まってしまったようですねー。では皆さんご注目。ここからは、私の時間ですから」

 もちろん俺のとっておきの切り札であるJoker 、そう、あの誰もが知る倭国一の愚か者のカードを切るのだ。さっきまでのピンチはとっておきの逆転劇を彩る演出に過ぎない。

 俺は懐に収まる二十二枚のカードの内の一つ、愚者の役の大アルカナを手にとり、詠う。

 紡ごう、夢現の境を朧にする呪文を。告げよう、その疎まれ崇められる真号を。

 俺はそうして、世に魔の法を強いる呪文を口にした。


「愚者の座に至りし者よ、その身を嘲笑れし愚物よ。浮世に嘲謔され、裁可されぬその愚行、その無謀こそを讃えよう。しかして、我、共にその愚を犯す者。故に来たれ、梼昧なる同胞よ、非常の怪物よ。さあ、再び世界を熱い夢で浸せ――!」


「召喚魔法だと……っ!? どうなっている! 何故、貴様らがそれをっ!?」

 術式に囚われたまま錯乱気味に問いかける少女を無視し、俺は最後の言葉を諳んじる。


「幻想纏臨! 現出せよThe Fool ! かの冒涜で御代に革新をもたらせ! Upright Number Zero、織田信長!」


「っく、さ、せる……かあっ!」

 少女が自力で遅延術式から抜け出すも、もう遅い。時は既に――満ちている。

 尋常ならざる魔力の塊、過去に甚大なる偉業を成した傑物、強靭且つ強大なる個、その願いの結晶が、今ここに現出する!

『で、でたあああああああ!!! みんな大好き、倭国民なら誰でも知ってる超人気ストラージャ、その名もぉ、織田信長ちゃんだああああああ!!! 強力だけどその分トリッキーな役の愚者である彼女の戦いっぷりは見るものを魅了して止まず! 突飛な発想で敵を翻弄し、ど~んな窮地も天性の幸運でチャンスに変えるその様は、正に天下を一変させた過去の偉業そのもの! それだけじゃなく勇猛でかわいいところも人気の秘訣ね。それが証拠に、今グッズの公式通販も当日完売が続いてるみたいよ~。私もこないだキーホルダー買っちゃったわ!』

 そう、彼女が言うようにうちのエース、織田信長はこの虚構競魔宴武においても看板ストラージャとなっている。

 ちなみに、ストラージャとは、人々の膨大な想念から生まれ大アルカナに封じられた人格が、魔導師と契約し、この浮世へと纏臨魔法で現出した際の呼び名だ。つまりそれは、死した後その在り方を人の願いによって捻じ曲げられた、哀れな死者達の総称でもある。

「はーい、たっだいまご紹介に預かったー、織田信長ちゃんだぞ! あんたみたいながきんちょー、うちがソッコーメチャメチャにしちゃうんでー、よっろしくぅー!」

 この妙に現代にかぶれたフランクな喋り方でイケイケなポーズを決めている美少女が、俺の切り札、織田信長。ちなみに、余談だが、俺は彼女のことをなっちゃんと呼んでいる。

 なぜ彼女が切り札かといえば、言わずもがな彼女は倭国で一、二を争う著名な武将であり、彼女が人々から集める畏怖は、この国において計り知れないものとなっているからだ。人々から強く思われれば思われる程に、彼女たちストラージャはその思われた通りの姿、即ち人々の究極的夢想として顕現する。故に、そう言った意味で彼女は――第六天魔王波旬織田信長は――最強のストラージャなのだ。人類の夢想は、彼女に無双の力を与えた。

「はっ、笑わせる、笑わせるじゃないか血豚。軽々しく真号を明かしたかと思えば、あろうことか紛い物とは。織田信長と言えば、女ではなく男。それもただの大うつけと貴様は習わなかったのか? 成る程確かに愚者のカードを冠すに相応しい人物だろうが、そんな正真正銘の愚物、呼び出してなんとする? やはり、慣れぬ事等すべきではなかろうよ。或いはブラフのつもりかもしれんが、見え透いている、見え透いているぞ、愚物の将よ。貴様の醜い心の内のように、透けて見える」

 長い睫毛やアイライン、大きなクリ目が特徴的なギャルメイクに彩られた若々しき美貌を覆うのは、ややウェーブのかかった長い黒髪。服装はかなり特殊なアレンジの黒いセーラー服。体格はやや小さめで、痩せ型。左右の腰に差料が二本ずつ。

 そんな出で立ちのなっちゃんを見て、少女は笑ったのだった。どうやら彼女の頭の中では、織田信長とは男であるらしい。やはりこいつ、完全にイカレている。

 それとも彼女は、そういうタイプの願いを偉人達に持つタイプなのだろうか。なんてな。

「……んー、なんか気乗りしなかったケド、なんかムカつくからこいつマジでシメルわ。うち一人でのすから手出しすんじゃねーぞ、裁駕?」

 男扱いされた挙句、侮辱されまくったなっちゃんはブチギレている様子。基本、彼女は短気なのだ。いや、それだと語弊があるか。彼女はどちらかといえば寛容だ。だが、その場のノリで動くことが多い。そんな矛盾したような性格も、人々が願った結果だ。

「二人共、顔が怖いですよ。笑って、笑って」

「その必要はない。貴様の戯語になら、既にもう十分と笑わせてもらった故。よって私が求むは、貴様の死をもって他に無し!」

「だってェ、是非もナクねー?」

 両者共にヒートアップ。一瞬の膠着を破り、先に動いたのは、赤き髪の少女。

「解し、故に、握す。劔式ニ、錬器」

 少女は目前に展開していた凶剣のニの呪符を廃棄。それを糧に右手に倭刀を創造した。

 そこから考えるに彼女が憑依させているのは倭国出身のストラージャなのだろうか。それとも、これは先程彼女が言っていたような正体を隠す為のブラフであり、本当は海外産ストラージャなのだろうか? 駄目だ、まだ情報が少なすぎる。

 しかし、もう一つヒントは見つけた。それは、なっちゃんを召喚した瞬間から、少女の莫大な魔力が更に膨れ上がったことだ。ここから推測できるのは、彼女の扱うストラージャが特定の相手に対して優位な不過業を持っている可能性が高いということ。

 このストラージャそれぞれが固有に持つ不過業という力は、彼等が持つ武勇伝や伝説への人々の想い、また、こうであって欲しいと物語に想いを馳せた人々の想いが実現したもの。彼等は人々に望まれるがままに、生まれながらにしてその逃れえぬ業を背負わされる。

 元々高い戦闘能力に加え不過業を有し、更には奥の手である絶理まで持つ彼女たちストラージャは、正に化物であるといえるだろう。人の夢は、時に残酷な破滅を呼ぶ。

 けれど、彼等にも弱点と言えるものは存在する。それは、逆に知名度が高すぎるが故に、手の内がバレてしまうことだ。戦闘スタイル、趣味趣向、得手不得手、不過業、絶理、それら全てが、名前さえ分かってしまえばある程度は推察できてしまう。

 なので、できれば敵の正体を暴きそれを把握しておきたいんだが、正直まださっぱりだ。

 それと、一応弁解の為言っとくと、俺がなっちゃんの名を敵に明かしたのは絶対に勝てる自負があるってのと、観客への演出としてあれはやらなきゃならないからだ。俺だって好きで手の内を晒すわけじゃあない。虚構競魔宴武は殺し合いではなく、興行なのだ。

 で、今まで相手の切ってきた札だが、カトリックに関わりがあり、信心によって石化及び転移可能。且つなっちゃんに対し何らかの優位を取れる不過業を持ち、倭国出身の可能性あり。だが、少女がどんなストラージャを使役しているかは未だ分からず、と。

 そんな風に俺が頭を悩ませてる中、何も考えてなさそうななっちゃんの声が場内に響く。

「へー、刀かー。うちも刀は好きだだぜ。よっし、んじゃあ特別うちのオキニ、見せたげるよー。こういうムカつく時はこのコに限るわ。アンタをのすのにも、向いてそーだし?」

 なっちゃんは腰の差料を抜き、満足気に頷いた。抜き身の刀が光に照らされ、妖艶な銀が顔を出す。鋭き美しさが介在するその刀は、彼女が生前愛し、後に名物の名を冠して国宝にまで成り上がった、唯一無二の名刀である。

「貴様がどんな刀を握ろうと、動けなければ意味もなし。……行くぞ!」

 少女はそう言うと、例の通り再び祈るように左手で十字架を握り締め、右手に日本刀を携えて、なっちゃんへと迫る。

『もしかしてあの子まーた石化の能力使う気なんじゃない? 我等が信長ちゃんがカチンコチンに! あ、でもきっと信長ちゃんなら大丈夫ね。信長ちゃんが負けるわけなんてないもの! ね、るうちゃん?』

『そだね。後はおれつえーするだけ』

 身も蓋もない妹の解説を苦笑いで聞き流していると、丁度なっちゃんが斬りかかられる瞬間だった。

 少女が叫ぶ。

「死ねえっ!」

 ガキンッ!

 そんな鋭い音と共に、少女が振りかざした刀はなっちゃんの刀に弾き返された。石化することなく、未だ五体満足であるなっちゃんは、余裕綽々で笑う。

「あんさ、十字架掲げながら死ねはなくね? さすがにウケるんですけど。僧兵かよって、あはっ、ウケる」

 そんななっちゃんを、射殺すように険しい表情で睨めつけながら、少女は剣を振るう。一筋二筋三筋。剣戟の応酬は目にも止まらぬ速さで続く。

 右から左から上から下から斜めからと様々な角度から切り込まれる少女の日本刀を、なっちゃんは自慢の愛刀でいなす。その鋼同士がぶつかり合う度に火花が散り、その熱さに応じるかの様に少女の太刀筋は速さを増していく。

 だが、それでも、客観的に見て、やや少女が押されているように思えた。

「貴様のような婆娑羅者が、何故我が石化を弾く? 何故、こうも剣の腕が立つ?何故だ、答えろ!」

「なぜって、そりゃあうちが織田信長だからっしょ。フツーに考えて」

「まだ言うか……っ! その戯言をっ!」

「まーうちは周りからあんま理解されなくてぇ、尾張一のうつけとか言われたりもしけどさー、一応それなりにいー成績のこしたっつーことじゃね? この戦力差は……さっ!」

 斬り合いの中で徐々に優位を取りつつあったなっちゃんは、鍔迫り合いになった所で一気に押し切り、力で少女をねじ伏せた。

 それは技量の差というより、地力の差であるように思えた。むしろ剣技の技量であればどう見ても少女の方が優っているからだ。これこそ、なっちゃんの強み。単純に人々から受けた想いの量が、密度が違う。それ故、基礎能力の格が他とは一線を画しているのだ。

 力負けした少女が地べたに膝をつく。

「くっ!」

「哀れなアンタに教えてあげるとさ、うちって伝承じゃ結構激しく宗教弾圧したりー、そういうのはまやかしだって切り捨てたりしたからさー、そういう類の攻撃無効にできる不過業持ちなわけ。めんごー。その過程で自身が神仏だって名乗ったりしちゃったのは黒歴史かなーとか思わないでもないケドー、死後祀られたし結果オーライ、みたいな?」

 全ては彼女の言葉通りだった。仏教弾圧に迷信の否定。それ等を生前の所業として人々に強く認識されている彼女には、低レベルの呪術、奇跡の類は通用しない。

 これこそ彼女の数ある不過業が一つ、六全仏滅。

「腹が立つ腹が立つ腹が立つ。命の駆け引きの場においてその軽率軽薄な姿勢、それこそ我等が最も忌避すべき者。その態度、死をもって改めさせてやる……!」

 狂信者染みた少女の言動と気迫に、なっちゃんはドン引いている。

「うっわ、キモ。裁駕ーコイツマジやばくね?」

「果敢な戦士ですね。でも悲しいかな、彼女はその美しい瞳を閉ざしている。それをあなたの知略で! 暴いて頂きたいのです」

「……りょ。にしてもこいつもキモいわー」

 俺の言葉にもドン引きしたようだ。なぜだ。

『うん、今のはきもかった。さすがなっちゃんいいことゆー』

『みんな裁駕くんへの当たり強いわよね……。確かに今のは私もどうかと思ったけど。って、あ、また消えたわよ!』

 同僚の言葉通り、少女は再び祈り、そして姿を消した。次は石化ではなく転移か?

 けれど、それは今考えうる最大の悪手だ。

 慈悲なき声が告げる。

「無駄だっつってんのに」

 ブシャア、という音がして、無慈悲な声の背後で鮮血が弾けた。

 なにものをも切ることなく、だからこそ刃は少女に届く。

「がはっ!!」

 少女は苦悶の声を上げ、再び祈りの構えを取る。

 ――が。

「それが愚策だってわかんないかな」

 ズシャッ!!

 虚空へと放ったはずの斬撃が少女を襲い、ただ空を切っただけの刀が紅に染まる。

 それは彼女の有す刀が持つ、不過業故に。

「何、故……?」

 死ぬ事はないとはいえ、痛みを感じ、血を流す少女は問うた。

「何故、何故ってさー、少しは自分で考えたらどーなん?」

 冷たい目で突き放すなっちゃん。情報の秘匿はいいことなんだが、ここはあくまで戦場ではなく、闘技場。一方的な蹂躙ではなく、観客及び対戦相手に笑顔を届けるのが目的。

 てなわけで、俺はポカーンとしているであろう観客に向け解説することにした。

「お教えしましょう。今宵彼女が握るは天下に名高き名刀、圧切長谷部。刃長二尺一寸四分、建武期の刀工、長谷部国重の作であるこの刀は、切れ味や見た目の美しさもさることながら、ある史実に基づいた不過業を有しています。それこそが身を隠している者への強い優位を示す潜者確殺能力。台所の棚下に隠れたものをいとも容易く一刀に伏した逸話の具現であるこの能力は、隠れ潜む者の存在を絶対に許さない。故にあなたはその身をこの刃のもとに晒したのです」

 つまり視界に入っている獲物はもちろん、そうでない者もこの圧切長谷部の前では一刀にて切り伏せられるということだ。

「そゆこと。一々解説入れてくれる甘ちゃんなうちの家臣に感謝すれば?」

「私は、隠れてなどいない!」

 プライドが高いらしい少女は、地にその身を伏せながらも懸命に抗議してきた。

 それに対しなっちゃんは、心底うんざりした様子で答える。

「そっか。アンタさー、うちよりよっぽどうつけじゃね? それはアンタの理屈でしょ? うちからしたら転移して目前から消えてー、後ろから攻撃してくるっていうのはこっそりやってるのと同義なわけ、わかる? 大体あんたがやってるそれってつまり奇襲なわけだけどさ、奇襲ってゆーのは大概敵に隠れてやるもんのことでしょ。自分でやることくらいちゃーんと自分で把握したら?」

「くっ、貴様等の理屈等理解したくもないさ。ああ、だが、貴様の不過業で私のストラージャの不過業が封じられることはわかった。ならばもう道は一つしか無し!」

 その切羽詰った声から推測するに、恐らく少女は奥の手である絶理を使おうとしていた。

 絶理とは、ストラージャだけが扱いうる強力な大魔法のことを指す。高名であれ悪名であれ、過去の時代を生き現代までその名を轟かせている彼等には、彼等を彼等たらしめる戦いや事件、武具、人格などに関する人間離れした逸話が無数残されている。その中でも特に有名且つ強力なものを、たとえそれが真実であれ虚飾であれ実現させる神秘こそが絶理という超常であり、絶理によってこそ彼等はストラージャ真の力を解放する。

 つまり、人類の夢想を。

 辛く厳しい世の理を絶ち、拒み、そこから遥か遠く離れた、誰もが望みし理想の夢物語を現実にしてしまう力。その強大なる圧倒的超常の発露。それこそが、絶理なのだ。

 そんな絶大なる絶たる理が、今ここに、解放されんとしている。

「じゃ、うちも本気、見せちゃおっかな」

 力の集約が、周囲の空気の色を質を形を、変化させていく。

 英傑達の過去の偉業が、時空を超え、再演される!

「見よ、我が真価を。これこの御旗こそ我が救済の証。死してなお友であれ!」 「我は第六天魔王波旬織田信長。その堕落、その腐敗のみを疎む者。信仰、信心は評価しよう。我滅却せしはその不合理! 神仏招来業火の理!」

 二人のストラージャは絶理に至るための詠唱を開始。

 膨れ上がる両者の魔力が、圧を放って空間を侵食していく。世界が、覆される。

いと尊き聖体の秘蹟アドラシオン・サクラメント!!」

「いっくよー、カム着火インフェルノオオオオォォォォォォ!!!」

 そんな能天気な声が響き渡った瞬間、世界は地獄の業火に包まれた。

 対して、少女の側からは身が竦む様な尋常ならざる圧力が伝わってくる。彼女の手には、いつの間にか真ん中に杯、左右に天使が描かれたキリスト教旗が握られていた。

『うおおおお!! 凄まじい熱気、魔力、質量。ついに両者の絶理がぶつかりあったあああ! すごい、すごいわ。さすがは人の身でありながらその道を踏み外したストラージャ達。相手の女の子もどこぞのストラージャかわかんないけどなかなかやるわね! 結構名の知れた英雄だったりするんじゃない?』

『うん。でも相性悪すぎ。相手も為政者に優位取れる不過業と絶理もってたみたい。けど、でもこれは無理かな。さすがにぃ、後出しじゃんけん……』

『え、えええ!? るうちゃん敵の真号わかったの? ねえ教えて教えて~』

『うー、うるさいー。少しまだ気になることあるけどー、そろそろ決着っぽいしるうはもう落ちるね。みんなおつー』

『そんな~。全く、自由人なんだから。ほんと、困っちゃうわぁ』

 警戒していたはずの敵の絶理だったが、なんのこともなく、愛しの妹が言う通り、勝敗は誰の目にも明らかだった。

 灼熱の熱波が瞬く間に少女の周囲に迫り、天高く伸びる火柱が有無も言わさず全てを包み込む。もはや少女の姿など微塵も無く、俺の目前にあるのは禍々しく燃える炎のみ。消えることなき断罪の火炎に、少女はその身を焼かれ続ける。かつてとある宗教勢力を根絶やしにたとされるその禍々しき赫焉は、彼女の不義を削ぐ粛清の狼煙。

 終わったか……。

 満足気に勝利の余韻に浸る俺に対し、なっちゃんはたいそう不満気にぼやく。

「こういう一方的なのってー、超ガン萎えなんですけど」

 彼女はそう言うと、不服そうに地面を蹴った。

 すると、消えることはないのではないかと思われるほどにめらめらと激しく燃え滾っていた豪炎が消失し、その中から気を失った少女が姿を現す。

 全ては、決着した。

 虚構競魔宴武の終焉を実況が知らせる。


『おおおおっと、ここでフィニッシュっ! 火の手が収まりそこから現れた少女はなんと気絶! やっぱり強いかわいいかっこいい! 我等が織田信長ちゃん大勝利! 今夜も激しくて最高に昂るいい試合だったわね。てなわけで実況は私、クレア。解説はもういないけど、るうちゃんでお送りしたわ! バイバイ! しーゆーネクストタイム!』

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