第2話 カムオン、炎上ガーリッシュ・スター

『さーてぇー、今日もバリバリに盛り上がってるぅ~? あれ、それとも寝ちゃってるぅ? だめだめぇ、夜はまだこれからだぞ? でぇ、私が来たってことは、みんな、わかるよね?』


 そんな同僚の甘い声が通信術式によって辺りに響き渡り、俺は転移式の成功を確信する。

 俺と少女の二人は先程の転移魔術によって、俺達治安維持局のホームである虚ろの殿堂ドムス・アウレア、つまりは狩場へと闘いの場を移したのだ。

 まるで約二千年前のローマにあったかのような円形闘技場、その中心部で俺と少女は睨み合う。周囲を囲む観客席に観客の姿はないが、リアルタイムで俺たちをモニタリングしている人間は、この観客席に収まりきれぬほどいることだろう。ここは魔術によって形成された仮想空間。俺か少女のどちらかが倒れるまで出ることは許されない闘技場なのだ。

 そして、会場は先の同僚の問いに対してのチャットで埋め尽くされていた。

【待ってた】【ついに来たか】【そろそろ退屈してたんだよね】【やったぜ】【徹夜決定】

 この反応を見るに、時刻は深夜だが、それでも治安維持局員と凶悪犯罪者との戦闘を酒の肴にしようという人間の数は、少なくないらしい。

 けれど、それもそのはず、これから行われるは現代魔導の総決算、魔導師達がその叡智を駆使し、闘い競い観客達を魅了する大演目、その名も虚構競魔宴武ルーシヴァイナー!

 また、その実況を務めるのは俺のバックアップ要員であるあの厄介な同僚だったりする。

 それと、ついでと言っちゃあなんだが、我が麗しき妹もその任を務めていて……なんというかまあ、毎回毎回とても素晴らしい解説をしてくださる。

『そうなの、久々に親愛なる我等が警邏隊長さんが、不届きものを見つけてきたの。というわけで早速試合を始めるわ。みんな賭け金は準備OK?』

『るうは、もちろんにぃに全額』

『……さすがのブラコンっぷりね、るうちゃん』

『にぃに全賭けしてにぃに世話してもらってるだけで生きてける、楽。にぃの寄生虫は人生の勝ち組。あとにぃがシスコンなだけ。るうは別ににぃのことなんか……』

『まあこんな感じでいつも通り実況は私クレア、解説は紫紺寺瑠羽でおおくりするわぁ』

 相変わらずの二人が画面前の観衆を笑いに埋めている様子。

 それを聞いた俺が解説を務める妹からの扱いに涙を流す間もなく、少女はこちらへ突進。ただでさえ真っ赤な瞳を怒りでさらに血走らせながら。尋常ならざる疾さで。

「貴様、これはなんだ? どういうことだ? 私に何をしたァ!」

 気が狂ったような怒声。まあ何の説明もなしにこんなことされたら、そらそうなるわな。

 激しい感情の爆発、暴力の嵐。それを必死にいなす最中、同僚の声が闘技場内に響く。

『あら? もしかしてこの子、虚構競魔宴武知らない感じ?』

 たぶん同僚の推察は正しい。

 だが、それもおかしな話だ。虚構競魔宴武は今やこの国最大の娯楽と言って相違ない。それを知らないというのは、魔術の存在を知らないのと同じくらいの非常識。そして、少女の使った魔術は未知の魔術。ついでに言えば魔法も俺の預かりしれぬ効力を彼女にもたらしている。そこから導き出される答えは……?

「おや、お嬢さん。やはり、倭国の出身ではいらっしゃらないようで?」

「倭国出身かだと? 我等がヒノクニの民を愚弄する気か! 死に急ぐなぁ? 血豚ァ!」

 やはり、そうか。彼女は俺達とはなにか別のルーツを持っているらしい。

「まあいい、貴様の死は私の望みだっ!」

 彼女はそう言うと近接戦闘を止めて俺からバク転で距離を取り、立て膝を着くと、十字架を握り締め、祈るかのように目を閉じた。

 この構えはさっきと同じ! 何か仕掛けてくる!

『なんか、この子なかなかクレイジーねえ。って、えっ、消えたあ?』

『瞬間移動。うしろ』

 我が妹の言葉通り前方から膨大な魔力が消え、次の瞬間後方へと唐突に出現。読み通り。

「よお、見え透いてるぜ?」

「何っ!?」

 不意に振り向きにやりと笑いかけた俺と目があった少女は、驚きでその真っ赤な目を見開いていた。その童顔に術式をぶつける。放つは護符の少女、そして騎士!

「――我、万象を守護し、故に解す者、天璽式ペイジズナイト、終乃鎖!」

 現れるは対普遍の鎖。公同普公を封ず破邪の縛。神の力にこそ効力を発揮するこの鎖は、灰の瘴気を放ちながら少女を締め上げる。

『おおーっとお、我等が警邏隊長裁駕クン、背後からの奇襲にも動じず緊縛プレイ開始い! ここが公共の場だってことを忘れちゃったのかしら?』

『にぃ、やらしい……』

「くそっ! どういうことだ!?」

 俺の詠唱と共に背後から現れた束縛用の鎖によって、少女は体の自由を失い、奇襲失敗。その動揺を隠せないようだ。冷静を欠き、苦しげにじたばたともがいている。

 対カトリックの術式に効き目があったことをみるに、あいつはキリスト教にまつわる何者かをその身に宿したと見て間違いない。疑わしいことだがあいつは纏臨魔法ではなく、憑依あるいは融合といった類の魔法を使うようだ。一体どうなってやがる。

 と、気になる点は多々あるが、相手の行動権阻害には成功した。これでやっとまともな対話ができる。てなわけで俺は、観客の目を意識したよそ行きモードで少女へ語りかける。

「最初の質問に答えましょう、お嬢さん。私はあなたに転移の魔術を使った。もちろん、法に基づいてね?」

「くっ、捉えたのなら何故殺さぬ?」

 えーと、最初から気になってはいたんだが、こいつは意思疎通の為に会話というコミュニケーションツールが存在することを知らんのか? まあ、エンターテイナーである俺はそんな不満はおくびもださず、にっこり笑顔で話しかけるわけなんですけどね。

「殺す気がないからですよ。あなたには然るべき罪を償わせますが。とはいえまだ大罪は犯してない、未来は明るいでしょう」

「私に未来などない! 必要ないからだ! 然るべき未来を奪っていった貴様等のせいで……っ!」

「うーん、見解の相違があるみたいですねー。まあいいでしょう、観客の皆さんも退屈してしまいますし。誤解を解くのはまたの機会ということで。今回は私の魔術、つきましては虚構競魔宴武についてもご説明致しましょう」

「は、手の内を明かすというのか、血豚。大きく出たな。だが貴様等の好みそうな趣向だ」

「明かすもなにも、この国のものなら恐らく誰でも知っていることですし、問題ありません。異国の麗しきお嬢さんへの倭国流ご挨拶とでもお思い頂ければ」

「倭国流……だと?」

「虚構競魔宴武とは簡単に言えば、魔術で編み出した空間での架空の戦いです。故にどれだけ傷を負おうとも、余程のことがない限り死に至ることはありません。この死なないという特性を生かした魔導師達のなんでもありの格闘技が、虚構競魔宴武となります。そしてそれは本来、選考を通ったプロ及び受刑者などによって執り行われているわけです。ですが、例外として我々治安維持局員が危険な実力者を現行犯逮捕した場合、闘技場へ連行し、虚構競魔宴武を執り行うことが認められています。それは我々治安維持局員の力を誇示し、市民の皆様への安心をお届けするとともに犯罪の抑止力とする目的の為です。しかし、今やこの戦いは単純に市民の皆様にとって一番の娯楽となりつつある。ですので、今晩はともに楽しもましょう、お嬢さん? もちろん、勝つのは天神町治安維持局魔術犯罪対策部対魔術実動課帝都保安室第二警邏隊隊長の、この私ですが?」

 ふう、言い切れた。これで心おきなく戦える。

「……満足したか? 貴様の言などどうでもいい、全て貴様を殺せば済むことだっ!」

 と思ったが、俺の話を彼女は全く聞いてなかったみたいだ。鋭い視線を俺に向けている。

『確かに無駄に長い口上だったわねえ。私、自分の話ばっかする男って嫌い。あの子も言ってることめっちゃくちゃだけど今のは共感できたわ』

『どういー。にぃちょーきもかった。噛まずに言い切ったし。あれ絶対一人で練習してるー。ちょーきもい』

 この二人はマジでどっちの味方なんだ。あと、妹の批判がガチなのかなり傷つく……。

 と、傷心に浸ってる暇はないらしい。少女の魔力の高まりが、臨界に達しつつある。

「貴様が長々と無益な話をしてくれたおかげで、この術式は理解した。故にこの鎖はもう意味を為さぬ。貴様の、命のようにっ!」

 バキンッ! 

 少女の言葉通り彼女を縛っていた鎖は消滅した。しかし、術式解析に時間をかけてきたあたり、やはり彼女の行使する魔術は俺の知るものとは異なるようだ。

「さすがですね」

「羽虫に褒められても不快なだけだ、とうに完全詠唱まで終えている。いくぞ!」

 そりゃああんだけ猶予を与えたんだ。それくらいしておいてくれないと困る。

「それは驚きました。さて、どうしましょうか」

「安心しろ。悩む間もなく死を与えてやるさ。――創炎式十ノ騎士――嵐火」

 途端、世界の温度が変貌した。

 少女の手によって千切られた小アルカナ二枚から生まれた小さな炎は、見る間に彼女の身長を超え、その十倍、百倍と広がっていき、一面を覆うと、荒れ狂う火の渦となった。

 皮膚を焦がす熱波が俺を襲い、その火炎の竜巻は闘技場の遥か上空まで巻き上がる。

 そして、その致死量の熱の塊はこちらに高速で接近しつつあった。

『たまげたわねえ。こーんな小さな女の子がこのレベルの高火力……。さすがにこれは裁駕くんでもまずいんじゃな~い?』

『それはない。そうなったらるうの養い手いなくなる。それは困るとても困る』

『だそうよ~。裁駕くうん頑張って~。簡単にイっちゃだめよぉー?』

『……しっかりはたらけ』

 味方のピンチにも実況解説勢は相変わらずの緊張感のなさ。

 けれど、当然といえば当然だが、そんな二人をよそに少女の面持ちは真剣そのもの。

「紅に、染まりきれぇ!」

 痛烈な叫びが、闘技場内を木霊する。

 まったく、強烈なのが来て欲しいとは思っていたが、ここまでのものが来るとはな。

 だが、こいつも想定通り。しかも、予想通りの火属性。やっぱりコイツの得意な属性は火だな。コイツが火を表す杖の呪符ばかり使っていたから、もしやと思っていたがここ一番で使ってきているところを見るに、それで確定だろう。その赤髪に似合いの属性だ。

 そして、そんな分析も程々に、どうこの目前の炎を回避しようかと思った矢先、俺は気付く。自身の身体がまるで金縛りにあったかの如く、言う事を聞かないということに。

 目前には真っ赤な火炎流。触れずともその熱は俺の皮膚を火傷させるに十分な熱さを誇る。それがいまこの身を包もうとしている。当たれば被害は甚大。だが、動けない。

 見れば、少女が手に持った十字架に対し、祈るような仕草をしていた。

 なるほど、そういうことか。十字架で使える魔術、もしくは不過業は瞬間移動だけじゃないってか? こちらの動きに干渉する何らかの手段を奴は持っていたってわけだ。

 はめられた。相手のが一歩上だったようだ。

「愚かなり。己ができることは他もできると何故気付かない。その残虐返すが我が悲願なれば、これこそ良き幕引きか。では、苦しんで死ね。血豚」

 意趣返しってわけか。子供の理屈だが、まんまとしてやられたな。

 さて、どうしたものかね。つってもまあ、もう八方塞がりなので、奥の手を躊躇せず使いつつ、とりあえず俺は、相棒に出番を知らせておくことにした。

(そろそろ出番だ。準備しとけ)

(うちの出る幕じゃなくねー?)

(念には念を入れるのが俺のポリシーなんだ。知ってるだろ?)

(堅実な家臣ってうちあんま好きじゃないんだけど)

(知るか)

 こんなピンチにあっても俺の相棒はやる気を出そうとしない。難儀なもんだ。

『えー、なんで裁駕くん棒立ちなわけぇ? 何考えてんの、あの子ぉ?』

『敵の術中。石化されてる。油断して……にぃのばか』

『石化ぁ? この状況でそれってまずいんじゃないの?』

『問題ない』

『なるほどぉ、真打登場ってわけね! みんな来るわよー。我が天神町が誇る治安維持部隊、その隊長様のストラージャ、倭国民ならだれもが知る大英雄、その類稀なる知略と感性で戦乱の世を統べた、あの超一流最強スーパーウルトラミラクルストラージャが!』

『……もりすぎじゃない?』


 そんなテンション差が激しい二人の声を受けながら、俺は荒ぶる炎の嵐に包まれた。

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