「☆◎$*」
池田蕉陽
記号の言葉
「☆◎$*」
彼女がまた僕に何かを伝えようしていた。彼女と言っても恋人という訳では無い。僕は彼女に会って1年も経つというのに、名前を知らない。
何故か? それは1年間ずっと彼女のセリフが「☆$*#◇※」や「□✕○」という記号の言葉で会話が出来ないからだ。
そこで僕は、紙に文字を書いてもらうように提案した。
しかし、不思議なことに彼女の書く文字は文字ではなく、セリフと同じ「*#◇*」などの記号だったのだ。
僕は「ふざけているの?」と訊いたけど、彼女は必死に首を横に振っていたので、その様子から違うと信じた。
言葉も話せない、文字も書けないとなればもうジェスチャーしか残っていなかった。
初めは彼女のジェスチャーを解読するのに時間はかかったけど、今となれば簡単に分かるようになっている。
でもここ最近何故だか、彼女は1日1回必死な顔で「☆◎$*」と僕に伝えてくるのだけれど、もちろん何が言いたいのかわからない。
僕は「ジェスチャーを使って?」と言うのだけれど、彼女は頑なに首を横に振る。
彼女は僕に今日もその記号という言葉が伝わってないことが分かると、その日は素直に諦めて、また元のジェスチャー生活に戻る。
そんな彼女に出会ったきっかけは、僕が狩猟場としている近くの森で彼女が倒れているのを発見したことだった。
僕はほうっておくわけにもいかないので、住処としている小屋に連れてきたわけだけど、なんやかんやで2人で生活をするようになった。
どこからやってきたのかと何故そのような記号の言葉なのか、ジェスチャーで伝えてもらおうと思ったけど、さすがに慣れた僕でも分からなかった。
そして今日、僕はいつものように狩猟に出かけ、彼女は自分の白いワンピースと僕の衣服等を川で洗濯している。
僕は2時間の狩猟を終え、捕らえたリス、鹿の肉を持って彼女の元に戻った。
「帰ったよ」
川で洗濯物を干す彼女がこちらを振り向き、満面の笑みで手を振った。
「今日は鹿の鍋ができそうだよ」
僕は袋に入った鹿の肉を見せた。
夜、鹿鍋を2人で平らげ時間差で川に体を洗い、就寝時間がやってきた。
「じゃあ寝よっか」
僕が部屋のロウソクを消そうとすると、彼女が僕の裾をつまんできた。
「ん?どうしたの?」
暑いのか、彼女の顔は少し火照っていた。
「暑いの?冷たいタオル持ってこよっか?」
彼女はまだ裾をつまんだままブンブンと首を横に振る。
「☆◎$*」
今日もまた僕に何かを伝えようとしている。
もちろん何を言っているのかさっぱりわからない。ジェスチャーで教えてと言っても断られるだけなのでやめておく。
「なにを伝えたいの?」
「☆◎!!! ☆◎!!!」
彼女は必死に泣きそうにならながらも、僕に何かを伝えようとした。
でもやっぱり…
「ごめんね…やっぱりわからないや」
彼女は少し俯き、僕の裾から手を離した。
そしてすぐに顔を上げた。
りんごのように顔が赤くなってるが、真剣な眼差しが伝わってくる。
その時、思いがけないことが起きた。
彼女の顔が僕の顔に急接近し、そのまま唇が重なり合ったのだ。
突然の初めてのキスに僕の頭は真っ白になった。何かを考える隙がないままキスは終わり、彼女の顔は僕から離れていく。
彼女はもう一度先程の顔になり、口を開いた。
何故だか分からないが、ずっと僕に伝えたかった彼女のその言葉が、しっかりと僕の心に伝わった。
「好きです」と。
「☆◎$*」 池田蕉陽 @haruya5370
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます