第5話(4)顧問決定!

なので、明日真と二人で挨拶にいく、ということになった。

 先ほどは学校から来た道を、明日真とソラは戻っていく。

「あのー、明日真さん」

「ん?」

 明日真がソラを見た。明日真のほうがソラより十センチは背が高い。だから、隣にいるソラを見下ろすように、明日真はソラを見た。

「あ、あの、嬉しいんですけど、なんで明日真さんも一緒に?」

「……別に一人で行きたいなら止めないけど」

「いえ、あのっ、お仕事の邪魔じゃないかと思って。それに先生に挨拶なら、あたし一人でもできるし……と思って」

 ソラの言葉に、明日真が憮然とした顔になった。

「先生じゃないんだよね……。まあ、いいよ、とにかくついてきて」



 明日真がソラを連れてきたのは、意外な場所だった。

 明日真がドアをノックしようとした手を、ソラはとっさにつかんだ。

「な、なに?」

「なにって、明日真さん! ここって」

 ソラは壁を見上げた。部屋の名前のプレートがはってある。

「理事長室じゃないですか! なんでここに!?」

「だーかーらー、顧問をやってもいい人が現れたっていったじゃないか」

「ええーーー??」

 どどどどどういうこと……とソラの脳内がパニックになっている間に、明日真はノックしてしまった。

「文化会本部です。失礼いたします」

 そして、そのドアが開けられたのであった。

 

 理事長。

 そういえば、入学式の時に挨拶してたようなしてなかったような、いやしてたはずだ。

 でも壇上にいたはずのその人物を、ソラはまるっきり覚えていない。あまりちゃんと見てなかった。まあ、大概の生徒がそんなもんだろう。

 目の前の理事長は、正面の立派な机について何か書類に視線を落としていた。

「文化会本部会長、羽村明日真です」

 しっかりと明日真が挨拶をして頭を下げた。ソラがあわあわしてると、明日真がソラの左腕をちょっとつっついた。

「あ、あの、一年C組三星素良です」

「あー、はいはい、どうもどうも」

 顔をあげて理事長は立ち上がった。グレイのスーツを着ている。年ごろはすでに還暦もすぎて、ちょうどソラたちの年代の祖父世代といったところだろう。

「まあまあ、そこ、座って」

 理事長が指し示したのは、部屋にはいって右手にある応接セットだった。

「失礼いたします」

 明日真がそう言って、ソファに座ったので、ソラもその左隣に座った。

 理事長が明日真の真向かいあたりに腰をかける。

「どっこいしょと……で、落語研究会というのは……」

「こちらの三星さんが会長です」

 明日真がしれっと、左手でソラを指し示した。

「あ、は、はい、あたしがえっと会長やらせてもらってます」

「女子高生で落語が好きとはね、そういうのって渋いっていうんでしょ」

 理事長が笑いながら言った。なかなか気さくな物言いだった。

「伝統芸能に興味をもってもらうのは多いにけっこう。三星さん、なんでまた落語研究会?」

「あ、えーーと……もちろん落語が好きなんですけども……あと、母がここの卒業生でして……」

「ほう、それは光栄だね。親子二代で明窓」

 ソラは頷いた。

「それで、母が現役時代、落語研究会に所属していたと聞いて……」

「ふむふむ」

 理事長が頷いた。

「でも……すでに部がなくって、それで……」

 ソラはちらりと明日真を見た。

「彼女の申請により、文化会規約にのっとって休部状態だった落語研究会を復活させました」

 よどみなく明日真が答えた。

「うんうん。でも顧問がいないと」

「はい、現状では部員もいませんが。ついでに部室も現在は提供できません」

「ないないづくしだねえ」

 明日真の言葉に理事長は笑った。

「じゃあ、顧問はぼくがやりましょう」

「恐れ入ります」

 と、頭を下げたのは明日真だった。

 ソラは、黙っていた。

 いや、好きで黙っていたわけではない。

 なんて反応していいのか判らなかったのだ。

「ちょっと、お礼いわないと」

 小声で明日真がソラに囁いた。

「え、えーーと……なんで?」

 ソラはなぜか明日真に、問い返す。

「いや、なんでって! せっかく理事長が引き受けてくれたのに」

「いや、違います~! なんで理事長が顧問を? ていうか、そもそも顧問になれるんですかぁ~~?」

 ソラは完全にパニック状態だった。

「一応、ぼくも学校の職員ですからね」

「……教職員であれば問題ないの、顧問は。わかった?」

 半分投げやりな様子で明日真はソラに言った。

「え、えっと、でも、どうして……」

「その様子じゃ森君からは何も聞いてないようだね。まったく人が悪い」

 理事長が笑った。

「三星さん、昨日、会ってるでしょう。森君。いや、森美佐さんのおじいさん」

「え!? あ、はい、会いました!」

「森君は、僕の古い友人でね。大学が一緒なんだよ」

「そうだったんですか……」

「学生時代は、二人でよく浅草にいったもんだよ」

「……理事長も落語がお好きなんですか?」

 その言葉に、理事長はどこか遠いところを見るような目になった。

「うん。でも仕事についてからは、忙しさにかまけてすっかり遠のいてしまってね……今じゃさっぱりだけど」

「そうですか……」

「でも、森君とは交流が細々と続いていてね。まさか彼のお孫さんがうちに入学してくるとは思わなかったけども」

「は、はあ…」

「まあ、そんなこんなで、昨夜電話をもらってね。だからそういうわけ」

 なにが、そんなこんな、なのだろう。

 ソラは、頭の中を整理する。

「えーとつまり、美佐先輩のおじいさんから、落語研究会の顧問をやってくれ、と電話があったということですか?」

「そういうことだね」

「………な、なんでだろう」

 ソラは制服のジャンパースカートを握り締めて、俯いてしまった。

 いったい全体なんでこんなことになってるのか、さっぱりわからん。

「それは、まあ、お孫さんにも頼まれたのだろうし、それに三星さんのことを気にいったんじゃないのかね」

「あたしを……」

 ソラが呟いた。昨日会った優しそうな美佐の祖父の姿が思い浮かんだ。

 ふっーと隣で明日真が溜息をついた。

「とりあえず経緯はともかく、理事長が顧問になられるのは、書類上まったく問題ありませんから、本部としてはそれで受理させていただきたいと思います」

「うん、よろしくね」

「あ、あの! ありがとうございます!」

 ようやっとコトを理解したのか、ソラがぺこぺこと何度も頭を下げた。

「ところで……顧問って何をしたらいいのかね……。ぼくやったことないんだよね」

「文化系の部は、合宿もするところも少ないですし、美術や合唱は顧問に指導してもらってますが、落語は……指導って?」

 明日真がソラを見た。落語で指導してもらうことってある? と言いたいのだろう。

 ソラは頭を振った。

「んー、でもせっかく顧問になったんだしねえ。名前を貸すだけっていうのも……」

 理事長はちょっと考えてから言った。

「じゃあ、月に一回は活動報告してもらおうかね。そのくらいはできるでしょ、会長さん」

 会長さん、と言われてソラが自分のことだと気がついたのは、三秒ほど経ってからだった。

「あ、はい! します!」

「じゃあ、月末あたりにね。まあ、簡単な報告でいいから。ぼくも一般生徒と交流もてるいい機会だし。うん、そうしようかね。うんうん」

 理事長は満足そうにひとりで頷いていた。

 

 

 失礼いたしまーすと礼をして、明日真は理事長室のドアを閉めた。

 ソラが廊下の壁にもたれかかったかと思うと、ずるずると座り込んだ。

「ちょっと! 大丈夫?!」

「あ、いや、なんか腰ぬけたっていうんですか、こういうの。落語でもよくあるんですけど、本当にひとって腰が抜けることがあるんですね……」

 ソラが壁に寄りかかったまま、ぶつぶつ呟いてるのを聞いて、明日真はぷっと笑った。

「ほらほら、しっかりして」

 そして、ソラの左腕をつかんで、立ち上がらせた。

 ぱんぱんと、スカートの埃まではらってくれた。お母さんみたいだった。

「まあ、前代未聞ではあるけども、規約上は問題ないよ。これで落研もようやっと顧問がみつかったわけだ」

「……昨日、美佐先輩がお家に呼んでくれたのって、このことのためだったんですね……」

「さあ……どうなんだろう。でも結果的にはそうなったから、まあ、考えてはいたんだろうね」

「美佐先輩って優しいですね……」

 ソラの言葉に、明日真は首をかしげた。

「あのね、うちら……二年生で一番怖いのは美佐だからね?」

「えっ」

 ソラが問い返す前に、明日真は歩き出してしまった。

 慌ててソラは明日真の後を追った。

「美佐先輩が怖いって……ほんとですか? 怒らせたら怖いタイプ?」

「お母さんがOGだって初めて聞いた」

 ソラの質問には答えず、明日真が言った。

「そうでしたっけ?」

「それで、昔は落語研究会があったことを知ってたんだね」

「あ、はい、そうです」

 明日真がちらりとソラを見た。

「お母さんって……」

「はい?」 

 ソラが、明日真を見返す。その目がいつもより大きく見えた気がした。

「あ、いや、なんでもないわ」

「あ~~これであとは部員がみつかればなあ~~」

 ソラは上機嫌だった。

 

「おはよう」

 森美佐が本部室にやってきた時、室内にいたのは、明日真と椿だけだった。

「あら、いおりは?」

「落語と一緒に倉庫」

 椿が短く言った。

 その言葉に、美佐がああ……とうなずいた。

「ふれんどを探しにいったのね、さっそく」

「みーさー」

 ソファに座っていた明日真が言った。

「いってきたから、理事長のとこ。まったく美佐も一緒に来てくれればよかったのにさあ」

 くすくすっと笑いながら、美佐は明日真の座っているソファのほうに歩み寄った。

 そして、明日真の右隣に腰を下ろす。

「そういう場には会長がいくのがふさわしいでしょ。で、どうだった?」

「引き受けてくれたよ」

「それはよかった」

 美佐がにっこり笑った。

 副会長席に座っていた椿も立ち上がり、ソファのところにやってきた。

「美佐は、落語に甘い」

 そういいながら、美佐の向かいに座った。

「そうかしら、明日真だって甘いわよねえ」

「そんなことないよ。まあ、復活したばかりの部だしさ。いろいろ面倒はみなきゃとは思ってるけど」

「会長らしい」

 椿が言った。

「ソラちゃん、いおりと気が合うみたいだし」

 そう美佐が何気なく言った言葉に、明日真も椿もぎょっとした表情になった。

「美佐、まさか」

 椿が言った。

「次の……? もう考えてるの?」

 明日真が美佐の顔を見ていった。

「やだわ。そんなにシリアスにならないで」

 美佐は、明日真の右腕を自分の腕に絡めた。

「だって気が合うもの同士のほうがいいでしょう?」

「それはそうだけど……」

 呟く明日真の右肩に美佐は寄りかかるように頭を預けた。

「まだよ。決めたわけじゃないし、どうなるかわからない。でも今から目を配っておくにはこしたことはないわ。一年なんてあっという間よ。そうでしょう? 私たちに代替わりしてもう一ヶ月以上がすぎたわ」

 美佐からはいい香りがした。ゆるいくせ毛を落ち着かせるためにヘアオイルが欠かせないと言っていた。その香りだろう。

「そうだけどさあ」

 美佐に寄りかかられたままで、明日真が困ったような顔をした。

「椿は……どう?」

 美佐が、視線だけを椿にむけた。

「……まだ考えてない」

「明日真は」

「……同じく」

「だめねえ」

 美佐はだめねえと言いつつ、にこにこ笑った。

「……いおりは難しい子だから、心配なの」

「よくやってくれてる」

 椿が言った。

「よくやってくれてる、だけじゃきっとダメなのよ。いおりはね、他に楽しみをみつけてもらわないと」

「………まあ、いおりのことは美佐が一番知ってるから、その辺はまかせるけどさあ。でもあの子は……」

 明日真がいいよどんだ。

「未知数」

 椿が長い髪をかき上げながら言った。いつもながら、つやつやと光る黒い髪。

「そうそう、そう言いたかった」

 明日真が何度も頷いた。

「でもあの行動力は買うわ。性格も悪くはない、みんなに可愛がられるタイプ。鈍いし、頭の回転はあまり早くないみたいだし、ちょっと不器用みたいだけども」

 褒めてるのかけなしてるのか、よく判らないけども、ソラのことをそういう方向で見ていたのかと……明日真はそんな美佐に驚いていた。そして自分に甘えるように寄りかかっている彼女を横目で見ながら「だーかーらー、一番怖いのは美佐なんだって言ったでしょ」と誰かに向かって、心の中で呟いていた。

「……うん」

 椿が少し考えてから言った。

「これから、自分も気をつけて見るようにする。落語もそれ以外も。うちのサークルは期待薄だけど」

「そうだね……私も考えておくよ。うちも文芸部以上に期待薄だけど」

 椿と明日真の言葉に、美佐は満足そうに微笑んだ。

「私は明日真と椿でよかったわ。いおりにもそういうふうに思える子が現れるといいんだけど」

 美佐は、組んでいた腕にさらに力を込めた。

「私もだよ、美佐」

 明日真が頭を右にかしげた。こつんと美佐の頭とぶつかる。

 椿も黙って頷いていた。

「……修学旅行の間どうする?」

 美佐が言った。

「まあ、本部は業務停止かな。いおりは時々来てくれるだろうけど」

 明日真は言いながら、まだ何も準備してないなあと思っていた。

 二年生は、来週頭から修学旅行だった。

 もちろん二年生は全員参加するわけだから、他の文化系サークルも一年生だけが文化棟に残ることになる。

 演劇部や吹奏楽は一年のみで練習する、という話は聞いていた。

「私、去年はそれでも毎日この本部にきてたわ。一人でさびしかったわあ」

 美佐が懐かしそうに言った。

「忙しかった?」

 椿が聞く。

「ううん、あんまりすることもなかった。香子さんたちにも来なくていいって言われたけど、なんとなく来ちゃってたのよね」

「……あの子、来そうだな……」

 明日真が言った。

「鍵、預けておけばいいのでは」

 椿が続けていった。

「多分、いおりも来る。二人で留守番していてもらえばいい」

「まあ、それでもいいか……」

 明日真が呟いた。

 

 二年生たちが本部室でそんな会話をしていた頃、地下の倉庫ではソラといおりが、あっちこっちひっくり返して、『ふれんど』のバックナンバーを探していた。ソラがある段ボールから、本を取り出す。

「あ、本みたいなのあったよ! あ、でもこれ違うや……」

「それ、きっと文芸部の機関誌だよ。分厚いでしょ?」

「へえ~~文芸部ってこんなの出してるんだ、すごいねえ。みんな、何書いてるの?」

「文芸でしょ。小説とか詩みたいだけど」

「ええ! すご~~い!!」

 ソラの驚きに、いおりがつっこんだ。

「落語やるっていうのも、すごいって言われると思うけど……」

「え、え、そうかな?」

 埃が舞う中で、うんうんと、いおりは頷いていた。

「早く練習して聞かせてね、落語さん」

「あ、あの……その落語さんって言い方なんだけど……」

「お、また怪しいダンボール発見!」

 聞いちゃいないし。

 まあ、いいか。

 そして、ソラはいおりのあけた箱を覗き込んだ。

 

【第五話 終】




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あしたはそのまま青い空 ハルカジクウ @harukajikuu

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