第4話(4)悩みは解決しないかもしれませんが

翌日の昼休み。

 ソラは一年E組に向かった。加藤いおりを呼び出してもらった。

「これ……美佐先輩に返してほしいんだけど」

 洗ったハンカチ、それと空になっているティッシュケースを差し出した。

 いおりはそれを見て言った。

「あれ、今日はこないの?」

「あ……うん」

 そっか…といおりは呟いたあと、声を潜めていった。

「占い同好会のことだけど」

 え? とソラも、そっと聞き返す。なんとなく声が小さくなる。

「あのね、この間から本部では問題になってたんだ。なんつーのオカルト過ぎるっていうの? 落語さんも霊がどうとかいわれなかった?」

「……いわれた……」

「そういうのって占いじゃないじゃない。悪い霊がどうとか」

 うん、そうだとソラはうなずいた。

「ちょっと部活動を逸してるんじゃないかーってなってて、会長たち、いろいろ調べてたんだよ」

「そうだったんだ……」

「まあ……会長は、あまりサークルの内情まで口だしたくないとは言ってたけど、一応公認サークルだから把握はしておかないとって」

「そんな仕事まであるなんて大変だね……」

 だよねーっていおりは、ひとごとのように同意した。

「同好会はどうなるの?」

 ソラは聞いた。

「さあ……同好会次第かなあ。そういったオカルト的な活動はやめるっていうなら問題ないと思う」

 そっか。

 なんとなく安心した気分になった。

「あ」

 いおりが言った。

「ごめーん、今日、私、球技大会の委員会あるから、本部室いけないんだった」

「え」

「だからハンカチは自分で返して」

「はあ……」

「ね!」

 いおりは笑った。

 あー、加藤さんにバレた気がする。と、ソラは思った。

 暴れて大泣きして、先輩方はみんな変に思ってるだろう、だから顔を合わせにくいって思ってること。

 ソラは上目遣いで、いおりを見た。いおりは涼しい顔をしている。

 やっぱり、本部の人たちって頭いい人ばっかりみたいだ。

 そうやって気づかないふりをしている。いや、してくれている。

 

 

「ほんとにごめんなさいね」

「いえ、わざわざ来てもらってありがとうございます」

「ううん、とりあえず結果は報告するから」

 胸のリボンは濃いグリーン。三年生がひとり、文化会本部の入り口にいた。

 部屋を出るところだった。

 見送っているのは、文化会本部会長の羽村明日真だ。

 三年生は再度礼をして、部屋をでていった。

「ふう」

 と、明日真は軽く伸びをする。

「おつかれさま」

 美佐がいった。

「おつかれ」

 同じく椿もいった。ふたりはソファに座っていた。

 明日真もソファに向かい、美佐の隣に座った。

 

 先ほどの三年生は、占い同好会の現会長だった。

 と、いっても昨日の一年生の話通り、リーダー会議への出席以外は、夏前からほとんど顔を出していなかった。

 もともと少人数の同好会で、数人の三年生はみな受験で忙しく、部のことは後輩のことにまかせきりだった。

 それがいつの間にか、二人いた二年生が夏休み前に辞めてしまっていた。

 それで残ったのは一年生だけである。文化祭を乗り切ってくれたので、一年生同士で仲良くやっているのだろうと思っていたそうだった。

 一年生は、確かに仲はよかった。

 あの三つ編みの生徒を中心にして。

 が、それが悪い方向にでた。

 あの生徒は、元々オカルト趣味があり、霊感があると言っていた。もちろん、それが確認できるわけもないのだが。

 明日真は昨日のあの生徒を思い出す。

 確かにちょっとミステリアスな印象を受ける子だった。大きな目に引き込まれそうなインパクトがあった。

 その子に、他の生徒達は引きずられるように傾倒していった。二人の二年生は一年生たちの暴走に関わりたくなかったのだろう。だから辞めてしまっていたようだった。

「そういうのにハマっちゃう子っているのよね」

 美佐が呟いた。

「うん。中学の時も、そういうのが流行ったことがあった」

 椿もいう。

 年ごろの女子には、たまにあることだ。しかし集団になるとたちが悪い。

「まあそういうのに、興味持ってもいいんだけどさ、他の人を脅すようなことはねえ」

 明日真が溜息をついた。

 

 占い同好会についての苦情が明日真たちに届きだしたのは、文化祭が終った頃だった。

 文化祭の占いコーナーで変なことを言われた、という噂が最初だった。

 たとえば。

 通学路の途中で変なものがいるからお祓いしたほうがいい、とか。

 このままほおっておけば、悪いことがおこる、とか。

 占いとはいえないような内容だった。

 

 文化会本部規約第九章第五十六条。

 

 それは、本部の権限で公認サークルの活動を制限できるものだった。

 制限にもいろいろあるけども、最終的には無期限停止にすることもできた。

 無期限停止はいわゆるおとりつぶしってことだ。要は廃部。

 しかし、そこまでの処置になった部はこれまでの長い文化会本部の歴史でもないそうだ。

 今回の処置は、しばらくの活動自粛。

 この言い渡しも、ほんとうに珍しいことだそうだ。

 だから、明日真は悩んでいた。

 ほんとうにそれで解決するのだろうかと。

 だから、椿と一緒に、先代、つまり三年生たちに相談しにいったりもしていたのだった。

「あの人たちには、まかせるーっていわれちゃうしさー」

 明日真がぼやいた。

 美佐と椿が苦笑した。

「しょうがないわ、先輩たちは引退されたのだし」

 それはもっともなことなんだけど。

 明日真の考えでは、どこかで決定的な事実を確認してから、占い同好会に事情を聞こうと機会をうかがっていたところだった。

 そう悩んでいた時に起こったのが昨日の出来事。

 

 写真研究会の部室に飛び込んできた吉村奈々子が慌てていた。

「ほら、あの落語のちっさい子! 一年の」

「うん?」

「なんか不穏だった」

 明日真は立ち上がった。

「なに、どうしたの?」

「あれ、占い同好会だと思うんだけど。ウワサの」

 奈々子は人一倍好奇心が強く、学内のネタを探していることもあって、占い同好会のウワサもしっかり把握していた。

「なんかあの落語の子に『悪い霊がついてる』とかいっててさ……。なんか…身内に早死の人いるでしょ、とか言ってて……」

「ええ? なにそれ、きもい」

「すごい青ざめてたよ、落語さん。大丈夫かな」

 それを聞いた明日真は、部室を飛び出した。


 他の人からの苦情と似たようなことを言われたのだろう。

 みなからの話をまとめると、大抵そのようなことを言われている。

 「霊」とか「前世」とか。

 たわごとだとしても、言われたほうは気分がいいわけない。

 明日真は昨日のソラを思いだした。

 いつもは、どちらかというとおっとりのんびりというか、むしろトロい感じの彼女が、あんなに激しい表情をみせていたことに驚いたのだった。

 悪いことしたよなー、もうちょっと早くなんとかしていれば……。

 明日真は後悔していた。

「まあ、タイミングは悪かった」

 そんな明日真の心中を察するように、椿がいった。

 さすが高田椿。明日真は思った。

「あとは内部でなんとかカタをつけてもらうしかないわね」

 美佐が言う。

 あの一年生が会長の三年生に連絡するとは思えないから、こちらから教室にでも出向こうかと椿と話している時だった。その現会長がこの本部室に現れたのは。

 誰かから、昨日の一件を聞いたのだろう。

 事情を説明すると、とりあえず他の三年生も交えて、早急に一年生たちに事情を聞くといっていた。

 受験で忙しくてほっておいたのが悪かった。

 二年生たちがやめたのもおかしいと思ってたんだけど、手がまわらなくて。

 後悔している様子だった。

 本部は、あとの処理は占い同好会にまかせて、その結果を聞いて、活動停止を解除するということを伝えた。

 とにかく、占いを逸脱するような活動は差し控えること。

 それさえ守ってくれるよう、確約してくれればいいと伝えたのだった。

 

「うん、まあ、多分これでなんとかなるんじゃないかな……」

 明日真も言った。

「丸く収まるといいわね」

 美佐がにこやかに言う。

 とにかく、明日真たちが会長になってから、一番大きな事件であったことは間違いはない。

「先輩方に」

 椿が話しだした。

「あなたたちの代は波乱が多いわねって言われた」

「……他になにかあったかしら」

「落研」

 ああ! と美佐は手を打った。

「休部が復活するってことも、ほとんどないことだって話だものね」

「って、まだうちらの代になって一ヶ月ちょっとだよね……参るよな……」

 明日真は頭をかかえた。

「まあまあ、明日真。がんばりましょ」

「美佐~!」

「落研……今日はこないのかな」

 ぽつりと椿が言った。

 いつもなら、放課後になったら真っ先にやってくるソラが、今日はまだ現れていなかった。

「今日はこないかもしれないわね。まだ落ち着いてないのかも。登校はしてるみたいでよかったけど」

「そっか……」

 明日真は、ソファにもたれかかった。

 ソラが学校には来ているということは、いおりから美佐にしっかり報告があった。

「心配そうね、明日真」

「いやー……だってねえ」

 明日真はちらりと椿をみた。表情は変わらないが、椿の瞳に少し動揺したような色が浮かんだ。

 多分、椿は私と同じことを考えている。

 明日真は思った。

「さ、仕事しちゃいましょ」

 美佐が立ち上がろうとした。

 その時。

「あのー……おはようございます……」

 ドアが開いた。

「あら」

 ドアから顔を覗かせたのは、話題の人物だった。

「おはよう、ソラちゃん」

「おはようございます……」

 鞄を肩からかけて、薄手のコートをきたソラがはいってきた。

「や、おはよう」

 明日真も片手をあげて、答えた。

「美佐先輩、ハンカチとか返しにきたんですけど……」

「あら、いつでもよかったのに」

 立ち上がっていた美佐は、そのままソラの前に出た。

 ソラが差し出したハンカチとティッシュケースを受け取る。

「あとその、昨日はお菓子ありがとうございました。奢ってもらっちゃってすみません」

「いいのよ。私も食べたかったし」

「でも、あんなにいっぱい……」

「いいんだよ」

 ソファに座ったまま、明日真はいった。

「美佐は、多分うちらの中で、一番お小遣いもらってるひとだから」

 その言葉に椿も無言で頷く。

「だから、私たちも時々美佐には奢ってもらってるんだ」

「いやだ、いつもお菓子ばっかりじゃない。おごるってほどのものでもないわ、明日真」

「ほらね」

 なぜか得意そうに明日真は美佐を指した。

「お嬢様だから。気にしなくていいよ」

「でも……」

 ソラはもにょもにょと言った。

 その様子はいつものトロくさい感じで、明日真はなんとなく安心した。

「わかりました……じゃあ、こんど、なにか差し入れもってきます」

「楽しみだわ」

 美佐が笑った。

 その笑顔をみて、ソラも笑顔になった。

「あの」

 そして、ソファのふたりのほうを向いた。

「おふたりにもいろいろ、ご面倒かけてすみませんでした」

「ううん」

 明日真が首を振った。

「問題はあちらにあったのだから、面倒でもなんでもない」

 相変わらずクールに椿がいった。

 えへへとソラは笑った。

「じゃあ、今日は帰ります。とりあえず返しにきただけなので……」

「そうだったの」

「はい、じゃあ……」

 ソラは頭を下げて、部屋を出ていこうとした。

 

「あ」

 

 明日真が言った。

 その言葉に、ソラは振り返った。

「な、なんですか?」

「いやー……」

 明日真は口ごもる。椿がちらりと明日真をみた。明日真と目があう。明日真はすぐに椿からは目を逸らして、ソラに笑顔で言った。

「いや、また明日おいでよ」

 明日真の言葉に、ソラはうなずいた。

「はい!」

 ソラはそして、部屋を出ていった。

 ドアが閉まる。

 明日真はソファに座りなおした。

 向かいに座っていた椿が、軽く首を降った。

 そだよね。

 明日真が口の中でいった。

 

 若くして死んじゃったのって誰?

 

 なんて聞けるわけがない。

 聞けるわけないんだけども。

 椿がすっと立ち上がった。自分のデスクに向かったようだった。

 明日真は窓の外をみた。

 その古ぼけた応接セットは、入り口の反対側の窓際にぴったりよせて置いてある。

 だから、ちょっと顔をあげれば、空がみることができた。

 いい天気だった。



                               【第4話 終】

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