第4話(2)占い同好会

「うちは、古典の鈴村先生だよ」

 翌日の昼休み。お弁当を食べた後に、みっちゃんといつものようにおしゃべり。

「お免状ももってるんだって」

「へえ~」

 みっちゃんは入学してすぐに茶道研究会にはいっていた。その話を聞いた時、なんだか彼女のイメージにそぐわない感じがソラはしたのだが、みっちゃんに言わせれば「女子高っぽい部活だから! それに将来何かに役にたつかも!」と言うことで選んだそう。

 確かに実用的かもしれない。

 文化祭の時には、お茶会を開催し、なかなかの盛況だった。

 ソラも、みっちゃんに誘われ、お茶受け目当てに立ち寄っていた。

「じゃあ、鈴村先生はよく来てくれるの?」

「うん、週一のお稽古の時はたいてい。ただうちは専任できてくれる外の先生がいらっしゃるから」

「へえ」

 なかなか本格的だった。その先生は、この学校のOGだそうだ。

「落研の顧問ってなにするの?」

「いや……もういてくれるだけでいい」

 ソラの言葉にみっちゃんは噴出した。

「じゃあ、誰でもいいんだー。ソラちゃん、仲いい先生いないの?」

「いるわけないよ」

「だねえ」

 昨日の夜、自宅で本部でもらった『ふれんど』を読んでみた。

 各部の顧問の先生の名をみたけど「誰だっけ」という感じの先生ばかりだった。

 一年生の授業を受け持っていない先生も多いのだろう。

「どうしようかな~。ダメもとでムロッチに頼んでみようかな……」

 足をぶらぶらさせながら、ソラは呟いた。

「まあ、ムロッチが誰かを紹介してくれるかもしれないし」

「そっか、そうだね!」

 みっちゃん頭いい! とソラは思った。

「ソラちゃん、部活のことって、おうちには言ってあるの?」

「あ、いや、まだ言ってないんだ」

「そっか」

 チャイムが鳴る。楽しいお昼休みはおしまい。

 

 

 放課後、ソラは職員室にいってみた。担任のムロッチこと室田に相談するためだった。

「落研ってなに?」

 案の定、室田に怪訝な顔をされた。室田は長い髪を後ろで一つにまとめて、白いブラウスに紺色のパンツ姿。それにグレーのジャケット。二十代にしてはいささか地味目のファッションだが教師らしいとも言える。メイクも控えめだが、少し日に焼けた肌は健康的な印象を受ける。放課後はテニス部の指導もあるせいか、ジャージ姿で歩いているのを見かけたこともあった。

「えっと、落語研究会です」

 ああ! と、先生は納得したようにうなずい

「そいや、うちの大学にもそういうサークルあったわー。なに、ソラさん、落語好きなの」

 はい、とソラはうなずいた。

「意外だねえ……で、顧問かあ……」

「はい……」

 うーんと室田は考え込みながら、机の上の書類をとんとんと整理した。

「ちょっと考えさせて。私はテニス部があるから引き受けられないけど、他の先生に聞いてみることもできると思うから」

「すみません」

 ぺこりとソラは頭を下げた。

「いや、いーよいーよ。部活に燃えるのもいいことだからさ! 落語だからどうやって燃えるかわかんないけど」

 さすが体育会系だけのことはある。室田はソラの部活動については、応援してくれるようだった。

「勉強以外のことにも興味持つのもいいことだからね。あ、ソラさんはもうちょっと勉強してくれてもいいけど」

「が、がんばります」

 釘を刺されてしまった。

 ソラはこの明窓には「かなり頑張ってようやっと受かった」という身分なので、成績はあまりよくはない。はっきりいって「悪い」部類かもしれない。いや、はっきりいわなくても「悪い」かもしれない……。

 ともかく室田に礼を言って、頭を下げた。

 

「あれ、落語さん」

 職員室を出たところで、ばったりと加藤いおりに会う。

 やっぱり落語さんといわれるのは、校舎内だと慣れないなあ……と思いながら、ソラもふにょふにょと挨拶をした。

「これから文化棟いくの?」

「うん……加藤さんは」

「私、今日はいけないんだー」

 それは珍しいと思って、ソラは理由を尋ねた。覚えているかぎり、いおりは毎日文化会本部に顔をだしていた。

「これから球技大会の実行委員の会議があるの」

「え、加藤さん、委員なの……?」

 意外だった。スポーツが得意そうには見えない気がしたから。

 いおりは、かけているメガネを少し持ち上げた。

「うん。そうだよ」

「えーと、加藤さんってE組のクラス委員だっけ…?」

 ソラのクラスでは、球技大会の実行委員は、委員長と副委員長が兼任していた。

「ちがうよー。志願したんだ」

「はあ……」

 なんと活動的な人なんだろう。ソラは驚いた。

「文化会本部もあるのに大変だね……」

「なんのー。だって球技大会は一日で終っちゃうし、準備はそれほど大変じゃないから」

「そうなんだ」

「うん、それにスコアつけられるし!」

「は?」 

 ソラは怪訝な顔をした。そんなソラには気にせず、いおりは嬉しそうに言った。

「実行委員は、各試合のスコアとか成績を集計するからー! それやりたかったんだ」

「へえ………」

「落語さんは何に出るの?」

「バレーボール」

「そっか! じゃあ、またね~」

 嬉々とした様子でいおりは去っていった。

  

 文化棟の一階は、ちょっとしたロビーのようなホールがあり、ベンチがおいてある。

 そこで数人の生徒が話をしていた。

 ソラはそれをちらりとみた。

 部室がないサークルさんかな……と思った。

 落研も、いつまでも本部室にいるのもあれかな~と思ったりした。

 ロビーはロビーで楽しそうな気もする。

 

 本部室には、明日真と美佐がもう来ていた。

「おはようございます……」

 ソラがそういって挨拶すると、ふたりともいつものように挨拶を返してくれた。

 そして鞄と校舎から抱えてきていたコートを、いつものようにソラはソファにおくと、デスクに向かっていた美佐のほうに近寄った。

「あの、美佐先輩……」

「ん、なに?」

 美佐は顔をあげた。

「あの、加藤さんが今日はここにこれないって」

「ええ、聞いてるわ。球技大会の実行委員会なんでしょう?」

 なんだ知ってたか、よかったと思いながら、ソラはうなずいた。

「なに、いおりってそんなことしてるの?」

 ソラたちの会話を聞いていたのか、同じくデスクについていた明日真が会話にはいってきた。

「スコアつけたいんですって」

 美佐が言った。はははと、明日真は苦笑した。

「いやー、ほんといおりったらなー」

「ほんと好きよねえ。数字が」

「数字!?」

 ソラが言った。

「そうなの。いおりは数字が大好きなのよ」

「そういえば、うちの学年の数学のトップは加藤さんだって……」

「そうでしょう」

 美佐が笑った。

「でも、英語とか国語は全然ダメって聞いたよ」

 明日真が言った。

「そうなのよね……ほんと極端で。困った子」

 美佐先輩、全然困ってないでしょう、とソラは思った。むしろ、楽しそうな口ぶりだった。

「将来有望だよね」

 明日真も楽しそうだった。

「ソラちゃん、いおりに会ったの?」

「はい。さっき、職員室の前で。あ、そうだ」

 ソラは、担任の室田と顧問の話をしたことを二年生たちに報告した。

「室田先生はダメなんだね。体育会の顧問じゃしょうがないか」

 ふっと腕を頭の上で組みながら、明日真が言った。

「顧問かあ……落研だけだからな、いないの」

「そうよね……」

 美佐が、少し困ったように言った。

「落研だけ特別扱いするわけにいかないし……」

「同好会なら、顧問もいないところもあるんだけどね」

 明日真の言葉に、ソラが問い返した。

「そうなんですか?」

「うん。研究会に昇格するためには顧問必須だけど、同好会段階ではいなくてもいいんだ」

「……占い同好会はいなかったわよね」

「いないね……」

 占い同好会の存在はソラも知っていた。

 文化祭の時にだしていた「占いコーナー」が人気だったからだ。

 みっちゃんの茶道研究会にお茶受け目当てにお茶を飲みにいった帰りに、その前を通った。たいていの女子と同じくソラも占いには興味がないこともないし、ちょっと気になったけど、待っている人が多かったので、諦めたことを思い出した。

「まあ、担任の先生が誰かに声をかけてくれるといいね」

 明日真が明るく言った。

 はい、とソラもうなずいた。

「やっぱり落語に詳しい人のほうがいいのかしら」

 美佐の言葉に、ソラは慌てて首を振った。

「いえ、そこまでは! だいたい顧問って何をするんですか?」

「合宿いった時に引率してもらったりとかかしら」

「……多分合宿とかしないです……」

「そうね……落研ではね……」

「そいや、私、写真研究会の顧問の先生にあったことないやー」

 明日真が、こともなげに言った。

「ええ! そうなんですかー!?」

「うん、もちろん、見かけたことはあるけどさ~。物理の先生だからまだ科目とってないし」

「というか、明日真は幽霊部員すぎるのよ。写真撮ってるところ、みたことないわ」

 羽村明日真は写真研究会所属だった。

「まあ、いいじゃん」

 えへへと、明日真は笑った。

 

 その日も、落研には新入部員は現れなかった。

 顧問と部員のどっちが先に登場するのかなーと思いながら、ソラは帰宅した。

  


「今月の運勢……」

 みっちゃんが、雑誌の占いページを読んでいた。

 いつものようにお昼休み。みっちゃんが昨日買ったという雑誌を広げた。

「悩みは解決しないかもしれませんが、得るものはあるでしょう」

「え~、大変だね、みっちゃん」

 家から持ってきたシソのおにぎりの最後の一口を飲み込んでから、ソラは相槌を打った。

「ソラちゃんの運勢だよ」

「なに!」

 みっちゃんが、ページの一部を指差した。確かにソラの星座のところだった。

「うわああ、嫌なこと書いてあるなあ」

「でも、得るものもあるって」

「みっちゃんはどうなの」

 ふふんとみっちゃんは得意げに笑った。

「私はけっこういいよ! それに文化祭の時に占い同好会でみてもらったとき、年内は運勢いいって」

「へー、みっちゃん、あの占いコーナーいったんだ」

 うんと、みっちゃんはうなずいた。

「けっこう本格的なカンジだったよー」

「そっかあ……ちゃんと活動してるんだね、占い同好会は……」

 ソラは溜息をついた。

 悩みは解決しないかもしれませんが。

 それは、もしや顧問のことではないだろうか……。

 ふうー。ソラはまた溜息をついた。

「もう。占いなんて気にしないでよ」

「読んだの、みっちゃんだよ……」

「まあ、確かにあまりいいこと書いてないと気になるかなあ。そういや文化祭の時、占いコーナーには茶研の先輩と一緒にいったんだけど、先輩はあまりいい結果がでなかったみたいで……」

「落ち込んじゃったの? 先輩さん」

 ううんと、みっちゃんは首を振った。

「何いってんだよーー! ばかばかしいって言ってた」

 ぶっとソラは噴出した。

 

 

 文化会本部の部屋はまだ鍵がかかっていた。

「あ、あれー?」

 こんなことは初めてだった。

 そういえば、いつもソラがここにくる時は、大抵誰かがすでに中にいて、扉は空いているのが常だったから。

 今日のソラは掃除当番もなにもなく、ホームルームが終ってまっすぐここにやってきた。

 だから着いたのが早かったのだろう。

 ちょっと待てば誰かくるかも。

 ソラは今登ってきた階段を降りた。

 

 一階のロビーのベンチにソラは腰を下ろした。

 ここにいれば、文化会本部の誰かが通ればすぐ判るだろう。

 鞄から、みっちゃんに借りてきた雑誌を取り出した。

 昼休みにみていた雑誌だ。

 本部での暇つぶし用にとみっちゃんが貸してくれたのだ。

 なにしろ入部希望者を待つだけの身だったから。

 あ、そういえば、今日は掃除の日じゃないかな?

 居候をしているうちに、すっかり本部の予定も把握してしまっていた。

 雑誌はタウン誌だった。特集はデパ地下のスイーツ。

 美味しそうなケーキやドーナツの写真が並ぶページをぱらぱらっとめくっていく。

 開き癖がついていたのか、ぱらっと占いのページに出た。

 昼休みも読んだそのページを、ソラは再度読んだ。

 

 悩みは解決しないかもしれませんが、得るものはあるでしょう。

 

 ふうう……。

 また溜息をついてしまった。

「何か悩み?」

 いきなり隣から声がして、ソラは驚いた。

「わ」

「占い、好き?」

 いつの間にか、ソラの隣に一人、生徒が座っていた。長い三つ編みの少女だった。

 ソラはとっさに胸元のリボンを見た。色は青。一年。

「好きっていうか普通……」

 同じ学年なのはわかったが、顔は見たことない子だった。

「熱心にみてるから、好きなのかと」

 話しかけてきた彼女は、肌の色が白く目が大きい。すごくカワイイというルックスではないが、その大きく潤んだ瞳が印象的だった。その瞳で、じっとソラを見ている。

 なんか人なつっこい子だな……と、ソラは思った。

 というか、文化棟の人たちって初対面でも気軽に話しかけてくるよなー。それともあたしが人見知りなのか、とまで考えてしまった。

「占って、あげようか?」

 三つ編みの彼女がいった。

「え……占い? できるの?」

「うん。占い同好会」

「ああ!」

 みると、ソファの隅に鞄とカーディガンをおいてある。占い同好会も部室をもたないから、会員たちはここに集ってるのかもしれない。

 同じく部室をもたない落研として、急に親近感が沸いた。

 彼女はごそごそと鞄から何か取り出した。カードのようだった。

「タロット?」

 ううんと、彼女は首を振った。

「タロットよりもっと当たる。なんでも判るの」

「へえ……」

 占いのカードと言えばタロットしか知らないソラは感心してうなずいた。さすが同好会なだけある。

 ぱらぱらと彼女はカードを切った。細い手だった。

「どうする?」

「あ、じゃあ、占ってもらってもいい?」

 せっかく声をかけてくれたし、同じ一年生という気安さもあって、ソラはお願いすることにした。

 彼女はゆっくりうなずいた。

「じゃあ、まず誕生日を教えてくれる?」

 ロビーの隅のソファで、占いがはじまった。

 かしゃかしゃと慣れた手つきで、彼女はカードを切った。

 ソラは少し緊張して、その手をみていた。

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