(3) それはほんとうにあったこと
ページ数はさほど長くない。短編漫画で一応、話は完結している。
立ったまま、ソラは読み終えた。
ふうとソラはそれを閉じた。
「ど、どうだった?」
野島が待ち構えていたように、聞いてきた。
「あの……面白かったです」
「ほんと!?」
「はい、この主人公と相手の人のすれ違いが、ありえそうな感じで」
「うんうん、それで?」
「最後は仲直りするけど、でも相手の人って、別に好きな人がいるんですよね。ここで出てきた生徒会長がそうなのかな」
「おー! 気づいてくれた?」
「はい、ここが意味ありげで……」
ソラはあるページを指差した。
「うんうん、そこ、苦労したんだよー」
野島は満足げにうなずいた。
「続きがあるなら、この先どうなるのかなって……。気になりました」
「嬉しいねえ。頑張った甲斐があった。徹夜も無駄じゃなかった!」
「でも……」
「ん?」
「どうして、みんな男の子なんですか?」
そのソラの言葉に、漫研の二人はざざっと本気で後ずさっていた。
「し、しまった! この子、一般人だ!」
「セ、センパイ! やっちゃいましたね……」
「もう、平然と読んでるからてっきり……」
野島のその言葉に、ソラは首をかしげた。
「でも、面白かったですよ。男の子ばっかりだなーって思ったの途中だったし」
「ほう、その、キスシーンもなんとも思わなかった?」
「はい……別に」
野島はくるっと一年生のほうを向いた。
「落語さん、キャパひろい!」
「さすが、自由な感じですね!」
漫研二人は喜んでいる様子だった。
「この主役の演劇部の男の子、演劇に一生懸命でいい人だなって。見た目も可愛いです」
ソラは言った。
「そうなの~。デザイン苦労したんだぁ~」
「相手の写真部の人はかっこいい……あれ?」
ソラはまたページを見返しながら、思った。
この二人って……。
「これって、もしかして明日真さんですか?」
「さっすが、良くぞ気がついた!」
野島はびしっとソラを指差した。
「じゃあ、このハーフっていう演劇部の子は、カザリさん……」
「そうなの~~カザリ様はほんとはクォーターらしいけどねえ~」
「えー、知らなかった……」
「明日真×カザリは萌えですよね~~」
コピーをとってる一年生が言った。
萌え。さっきもそんなこと言ってたけど。
「ほんと萌えだよねー。明日真さん、よくカザリ様の世話やいてるところなんかさあ」
野島はうっとりした声で言った。彼女は明日真とは隣のクラスだそうだ。
「やっぱりそうなんですか」
「カザリ様はあの『うっかり』も萌えポイントだからねえ。明日真さんって、面倒見いいでしょ」
「……はい」
それは納得だとソラはうなずいた。
「なんかそういうところ、萌えないー?」
野島は同意を求めてきた。
「あの、もえとかよく判らないですけど……でもいい人だと思います」
「だよねえ~」
野島はものすごい勢いで頷いていた。
「でもね、そんな明日真さんにも影では悩みが……」
「え、そ、そんなのがあるんですか!?」
ソラは焦った。
「いや、私の想像、っていうか妄想」
「なんだ」
「まあ、そんな妄想を漫画にいれてみたっていうか」
「なるほど~」
「だって、ただ見たとおりのキャラじゃつまんないでしょ。人にはギャップ! これぞ萌え!」
野島がドヤ顔で胸を張る。
ソラはその言葉の意味を考えた。そして、手元の漫画に目を落とす。
「たしかに」
ソラはそのキャラを指差した。
「この普段はクールというか落ち着いた感じの写真部の人が、この場面で熱くなるのはかっこいいと思いました」
「でしょー!」
「この『だれのためでもない、きっと自分のためだから』っていうところとか……」
「あ、それ」
野島が笑った。
ふくよかな彼女の笑顔は、どこか安心させるようなところがあった。
「それは、ほんとにあったこと」
「え……」
その時、一年生が
「コピー終りました!」
むちゃくちゃ元気な声がコピー室に響く。
「おー! おつかれー!」
どっさりとコピーが終った紙の束を彼女は机のところにもってきた。
「ちゃっちゃと製本しちゃいましょうよ、センパイ!」
「うむ」
二人は紙をそれぞれ手にした。ソラの手元の本と同じく、折って綴じて本にするのだろう。
「あたしも手伝います」
ソラは言った。
「え、いいんかい?」
野島ははっと顔を上げた。
ソラはうなずいた。
「じゃあ……これから折ってもらってよろしい?」
ソラが渡されたのは、一番最後のページだった。
それから三人はもくもくと折って、もくもくと綴じた。
ソラが途中で、この本ってどうするんですか? と聞いたところ、「売る」と言われて驚いた。
そういう場所があるらしい。
世の中、いろんなものがあるもんだ……とソラは感心してしまった。
「はー、さすがに眠くなってきた……」
折りながら、野島がそうぼやいた。
「センパイ、原稿で寝てないんじゃないッスか」
「そうねー、うん、寝てないー」
そういって、彼女はあくびをした。
「どうもありがとう。おかげで早く終わったよ」
コピー室で本も全部つくって、三人は文化棟に戻ってきた。その二階。文化会本部の部屋の前だった。
礼を言ったのは、野島だった。隣で一年生もうなずいている。
「いえ、簡単なことだったし」
「いやいや、ほんと助かった。はいこれ」
野島は作ったばかりの本を差し出した。
「え?」
「お礼になるか判らんけど、一冊差し上げます」
「いいんですか」
うん、と野島はうなずいた。
「ありがとうございます」
「そりゃこっちのセリフ。読んでくれてありがとう」
その言葉に、ソラははっとなった。
じゃーねーと、一年生と共に、野島は手を振って三階にあがっていった。漫研の部室は三階だった。
「おかえりー」
本部室にはいると、明日真が自分のデスクに座っていた。
「トイレの点検は終わったんですか?」
明日真のデスクに近づきながら、ソラは聞いた。
「うん、無事に終ったよ。今日はほんとに点検だけ」
「そうですか」
ソラは預かっていたノートとコピーカードを明日真に渡した。
明日真はぱらっとノートを見る。
「うん、問題ないね」
「漫研さんがいろいろ教えてくれたので」
「このカード一番使ってるの漫研だからねー」
明日真は笑った。
「でも助かったよ。ありがとう」
今日はたくさんありがとうといわれる日だ。
ソラはなんだか嬉しかった。
「あ、それってもしかして野島のマンガ?」
ソラが小脇に抱えていたコピー本を、明日真は目ざとくみつけたようだった。
「はい、手伝ったら一冊くれて」
「みせてよ」
え、でも……とソラは躊躇する。
明日真さんがモデルなんだけど……と思ったからだ。見せていいんだろうか。
「もう読んだの?」
「……はい」
ソラの答えを聞いて、明日真はにやりとした。
「あれでしょ、男同士のでしょ」
「あ、は、はい」
「別に恥かしがらなくても」
「あ、いえ、別に恥かしい内容じゃなかったですよ、むしろ面白かったっていうか……」
「あれ、そっちのひとなの?」
「……そっちって?」
「ん?」
明日真は首をかしげた。
「まあいいや、面白いならみせてよ。確かに野島は絵、上手いよねー。漫研じゃ十年に一度の逸材って」
「すごい」
「って言ってるのは、本人自ららしいけど」
がくり。
「はい。見せて」
にっこりと明日真は笑って、手を出した。
仕方なくソラはそれを渡した。
「おお、表紙かっこいいねえ」
明日真は楽しそうに、ページをめくった。
「今回は学園ものなんだー。ふーん………ってあれ?」
ページをめくる手がとまる。
ソラは横でみてて、はらはらする。
「ねえ、この演劇部のハーフのドジな主人公って、カザリがモデルなのかな」
「……みたいです」
「じゃあ、この写真部の優等生ってもしかして、私!?」
「……………みたいです」
「おっかしーー!!」
明日真は笑い出した。
ちょっとウケすぎじゃないかってくらい笑っている。
明日真はいつもにこやかだけど、そんなふうに、あけっぴろげに笑うのははじめてみた気がする。
よっぽどツボにはいったのだろう。
「なんかカッコよく描かれてるなー」
まあ、なんだか楽しそうだからいっか。
ソラはその姿を見て、安心した。
そして、自分の荷物が置きっぱなしになってるソファのほうにいった。
今日もどうやら入部希望者は現れなかったようだし、そろそろ帰ろうかと思ったのだ。
置きっぱなしにしていたボレロをソラは着込んだ。
もう少し気温が下がったら、指定のコートを着ることになるだろう。
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