(2) 漫画研究会のふたり

 その時、ノックの音がした。

「あ、ごめん」

 話を中断して、明日真はソファから立ち上がった。

「しっつれーしまー! 漫研でーす!」

 ノックの後、すぐ扉が開いて現れたのは、二人の女生徒だった。というか、女子高だから女生徒しかいない。

「野島か」

「ごきげんよう、明日真さん。ご機嫌うるわしゅう」

 眼鏡をかけた背の低いちょっとぽっちゃりした生徒だった。ネクタイがえんじ色。二年生だ。

 その背後に立っているのは、その生徒とは対照的にひょろりんと全体的になにもかも細く背の高い生徒だった。

 あ、一年生……。

 ソラはその背の高い生徒が自分と同じネクタイの色をしているのに気がついた。でも見覚えがない。クラスが遠いのかも、とも思った。

「あのねー、コピーカード使わせてもらいたいと思って申請にきました!」

 眼鏡の生徒がにこにことした表情でそう言った。

「うん、ちょっと待ってね」

 明日真はそう言って、今は不在の森美佐のデスクに向かった。

 そして一番上の引き出しをあける。

 そこから、プラスチック製のカードと青い表紙の大学ノートを取り出した。

「あ」

 明日真はそう言って、壁にかかっている丸い掛け時計をみる。時間を確かめたようだ。

「んー」

 そして少し困った顔をした。眼鏡をかけているほうの漫研のメンバーはそれを見逃さなかった。

「なにか問題でも?」

 すこし芝居がかったような言い方だった。

「あ、うん。今日、設備点検の業者さんがくるんだけど、それに立ちあわなくちゃならなくて……」

「そうなんだ。もうすぐ来る予定?」

「うん、そうなんだよね。どうしようか」

 なにがどうしようか? なんだろう。

 ソファで会話を聞いていたソラは思った。

 コピーと、設備点検になんの関係が?

 漫研の人は、すでに問題点がわかっているらしい。

「えーと、けっこう量ある?」

 明日真が、漫研にそう聞いた。

「うん。今週末イベントあって、その新刊だから」

「そっかー。じゃあ、時間かかりそうだね」

 明日真が珍しくちょっと困った顔をしている。

 ソラは立ち上がった。

「あ、明日真さん。なにかあたしにできることありますか?」

「あ」

「ん?」

 漫研がふたり、ソラのほうを向いた。

「そっか、確認だけ彼女にしてもらおうかな」

「私たちはそれでいいですよん」

 漫研が笑った。

 ちょいちょいと、明日真がソラを手招きする。

 ソラは明日真に近寄った。

「はい」

 明日真が取り出したカードとノートをソラに渡した。

「はあ」

 とりあえず受け取った。

「あとは漫研さんに聞けばいいから」

「らじゃ! 引き受けましたよー!」

 眼鏡の漫研は元気にそういった。

 

 文化棟の外にでると少し風が冷たかった。

 いつものようにソラは、ボレロをソファの上に置きっぱなしにしてきた。

 本部室では一言も話さなかった漫研の一年生がいった。

「センパイッ! やっぱ明日真センパイ、萌え~~っすね!」

「だよね~~」

「なんかちょっと困ってた感じがますます萌えでしたよ!」

「うむ、いいもの見せてもらったぞ」

 ふたりの会話の意味はよくわからない。

 ソラは、三歩ほど下がって二人の後ろを歩いていた。

 グランドの脇を抜けて、放課後の校舎にむかった。

 三人の目的地は校舎一階の職員室の並びにあるコピー室だった。

 

 そういえば、先月の文化祭の準備の時に一度来たなあと思いながら、ソラは漫研ふたりの後に続いてコピー室にはいった。

 六畳ほどの狭い部屋だ。

 コピー機が二台と、古い机が窓の下につけられるように置かれていた。

 そして、ソラの背よりは低いスチール棚があり、紙につつまれた予備のコピー用紙が何束か置かれている。

「えと、君って落語さんだよね」

 二年生のほうの漫研が、ソラを見た。

「あっ、はい。落語研究会の三星素良です。一年C組です」

「明日真さんから預かったカードあるでしょ」

「はい」

 ソラはスカートのポケットから、その預かったカードを取り出した。

「それ、ここにいれる」

 漫研は、コピー機についているカードリーダーを指した。

 あ、そういえば。

 ソラは思い出した。確か文化祭準備の時にここに来たとき、クラスメイトが担任から同じようなカードを預かっていた。

 このカードがないと、コピー機は使えないのだ。

 ソラはカードをいれる。

 リーダーの上にある表示窓に6ケタの数字が表示された。

「この数字をそのノートに記入する」

 漫研の二年生は淡々と言った。

 ソラは慌てて、脇に抱えていたノートを開いた。

 ノート自体はごくごく普通の大学ノートだ。

 ページには線が引かれて表の状態になっていた、何か記入してある。

 ソラは、ノートをコピー機の上で開いた。

「えっと」

「ここが今日の日付」 

 漫研が指をさす。

「あ、はい。あ、何か書くもの……」

 ソラはポケットをあさるが、そんなものが都合よくはいっているわけがない。

 そんなソラの前にすっとペンが差し出された。

 背の高い一年生の彼女が差し出したものだ。

「あ、か、借ります」

 ソラがそういって受け取ると、一年生はわかったというようにうなずいた。

「で、日付」

 二年生がまた説明しだす。ソラは慌てて書いた。貸してもらったのは極細の水性ペンだった。

「はい」

「使用者のところに、漫研・野島」

「の、のしま……?」

「私」

 漫研の二年生は、自分を指差した。

「あ、はい、の、野島さんですね……」

 ソラはそれも記入する。

「次の欄に、このカウンターの数字を書いて」

 野島は、さきほどカードをいれたリーダーの上のカウンターを指差す。

「書きました」

「で、確認のところに自分の名前」

 三星、とソラは書き込んだ。

「で、終了したらまた数字書く。そうしたら、誰が何枚コピーとったかってわかるシステム」

 なるほど。

 ノートをみると、一週間前に演劇部が使用していることに気がついた。

 それを確認してるのが「加藤」。加藤いおりだった。

 コピーを使っているのは、本部役員の名前が多い。

 書類を用意する機会が多いからだろう。

「一般の部が利用するときは、他の部の確認が必要。多分無駄につかったり、不正使用したりしないようにってことなんじゃないかと」

 野島は説明する。

「本部役員は文化系部所属だからね。まあ、だから、今回は落語のあなたでもいいってことよ」

「はあ」

 いろいろなルールがあるもんだ。

 ソラは感心した。

「野島さん、詳しいんですね」

「一応会長だし」

「あ、そうなんですか」

「それに多分、文化会で一番コピーつかってるのうちだから」

 ソラはぱらぱらっとノートをめくってみた。確かに「漫研」の文字が多いように思えた。

「じゃあ、あとは終ったら確認してくれたらいいから。落語さんは戻っていいよ。終ったらうちの若いのを呼びにいかすから」

 野島はちらりと、背の高い一年生をみた。

 若いのって。その言い方が面白かった。

「コピー、時間かかるんですか?」 

 ソラは聞いた。

 文化棟は少し校舎から離れてるから、往復するより待っていたほうが楽かなと思ったのだ。

 ……どうせ今日も入部希望者は現れないだろうし……。

 卑屈にもそう思ってしまった。

「どうだろ、どのくらいかかるかな」

「会長、何部するっすか」

 一年生が言った。

「そうだね。んー、五十部でいいや」

「じゃあ、コピーはじめるです」

 一年生がコピー機に近寄った。手には茶封筒を持っている。

「あ、じゃあ、あたし、待ってます」

「いいの? 悪いね」

 野島がちらっと振り返って、ソラに答えた。

 すでにコピーは始まっていた。手馴れた様子だった。

 ソラはすこし離れて、その様子を見守った。

 

 ウィーンというコピー機の音が響く。野島がコピーが終った紙を一束手にとった。

「じゃあ、一部ためしで綴じるから、コピーは続けて」

「らじゃーっす!」

 野島がコピーが終った紙をもって、置いてある机に向かった。

 B4サイズの紙だった。

 それを、半分に折っていく。

 要は本を作っているのだ。

 折り終わった紙を重ねていく。そしてポケットからホッチキスを出した。

 ソラはなんとなくそれを見ていた。

 パチンパチンと、二箇所止めた。

 そして、その内容を確認するのにぱらぱらっと開いていた。

「うん、ま、いいかな」

 その野島の言葉に、一年生が言った。

「会長の新刊、楽しみっすー!」

「あとで一部、差し上げますぞ」

 ソラはそんなふたりのやりとりをみていたが、野島に声をかけた。

「あの、それって漫画ですか?」

「そうじゃよ」

「会長さんが描かれたんですか?」

「……漫研だからね」

「えっと、見せてもらっていいですか?」

 いいよ、と野島は綴じたばかりのそれをソラに手渡した。

 ソラはうけとって、まず表紙をみた。

 表紙には学生服姿の男性が一人描かれていた。

 へえ……と思いながら、ソラは表紙をめくる。

 ソラはあまり漫画を読む機会はない。

 近所の友だちのうちに遊びにいって、部屋にあったらそれをパラパラッと見せてもらう程度だった。

 ページをめくると学校を舞台にした話らしい、というのはすぐにわかった。

「これ、会長さんが描いたってほんとですか?」

「なんだなんだ、疑ってるんか?」

「いえ、その……」

 すごい!

 ソラはまずそう思った。

 ちゃんとした漫画だった。

 アマチュアの高校生が描いたものだ。漫画を読みなれているものがみれば、アラがあるのも判るだろう。

 だけど、ソラの目からみたら、それは十分に上手く見えたのだ。

 だから、思わず言ってしまった。

「す、すごい、売ってる漫画みたい!!」

 うわあー! と漫研の二人から声があがる。

「いやー、そんな素直な感想、ひさしぶりに聞いたわ~~刺さるわ~~」

 コピーをとってる一年生が、振りむいて言う。

「何言ってるッスか! 会長の漫画は面白いッスよ!」

 ソラは野島に聞いた。

「これ、読ませてもらってもいいですか……?」

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