第2話(4)

 今日の昼休みのリーダー会議。

 各部の部長や会長が集まっていた。

 みんな、それぞれの部を束ねている人たちだ。

 勉強と部活の両立も大変だし、部内をまとめるのも大変なことだろう。

 運動部に比べれば、練習に時間がとられるなどの苦労は少ないだろうが、それでも人が沢山いればなにかしらトラブルもあるだろう。

 クラスの委員長も、学校祭の時大変そうだったし……。

 いつも同じ教室で学んでいる仲間を束ねるのだって、大変そうなのだ。

 学年も違う人たちをまとめるのはさらに大変だろう。

 

 部活って大変なんだ。

 

 ソラは改めて思った。

 そして、明日真をみた。

 文化会本部は、さらにその部をまとめている。

 落語研究会復活の手続きなどなどで、このところソラは本部によく出入りしていた。

 本部幹部たちは、それぞれサークルにももちろん所属している。

 明日真は写真研究会だし、副会長の椿は文芸部だという。会計の美佐と会計補佐のいおりは簿記研究会。

 明日真なんかは「もうほとんど幽霊部員だから」なんて言っていた。

 部活動とちがって、本部は完全にボランティアみたいなもんだ。

 見返りがあるわけじゃない。

 

 でも、明日真さんたちは、みんなのために仕事してくれてる。

 今日だって、落研のために……。

 

「なに?」

 明日真がソラの視線に気がついた。

「いえ……ありがとうございます」

「は!? なに突然」

 明日真が驚いたように言った。

「えっと……なんでもないです」

「へんな子だね」

 そういいながら、明日真は笑った。

 

 いつか聞いてみたいかも。

 ソラは思っていた。

 明日真さんは、会長やってて楽しいですか? って。

 

「さて、寒くなってきたし、戻ろうか」

「はい」

 もうすぐ秋の陽が暮れようとしていた。

 

 

「あら、看板?」

「はい、会長と落語さんが、地下室から発掘してきました」

 図書室で課題を片付けた後、森美佐は本部に立ち寄った。

 今日は特に仕事があるわけではない。諸々の連絡も昼のリーダー会議の合間に終らせてあった。

 でも、放課後に本部室に立ち寄るのはすでに日課となっている。

 美佐は一年の時から、この本部には出入りしていて、この日課も一年以上続いていた。

 本部内には椿といおりがいた。彼女たちも、放課後にここに来るのは日課になっているのだろう。顔を見ない日はめったにない。

 美佐の質問に答えてくれたのは、部でも後輩のいおりだった。

「部室もないのに看板だけあっても」

 自分のデスクについていた椿がクールにつっこんだ。

「そういえばそうねえ……」

 のんびりと美佐が言った。

「会長は、とりあえず本部においとけっていってました!」

 はきはきといおりが答える。

「そうね、せっかく復活したのに看板はずっと地下室ってのもかわいそうだものね」

 にこにこと美佐は笑った。

 そして、その看板を改めて見つめる。

 看板は、各部の部室の前に取り付けられているものだった。

 部によって、形が違う。

 というのもそれぞれの部が、独自に作ったものだからだ。なぜ看板を各自の部で用意することになったのか、真相は誰も知らなかった。

 その壁に立てかけられている落語研究会の看板は立派なものだった。

 一メートルほどの木の板に、達筆な筆で「落語研究会」と書かれている。

 まさに落研のイメージに合う日本的な看板だった。

 落語研究会の部室があった時代は、これが入り口に掲げられていたのだろう。

 休部になって、部室が他の部に譲られた時に、看板だけは本部が預かって、地下室に保管していたのだ。

 他にも休部や廃部扱いになっているいくつかの部の看板がそうやって眠っている。

 会長の明日真はそれを知っていたので、今日、ソラと一緒に探しにいったのだった。

「部員、集まるのかしらねえ」

 美佐がぽつりと呟いた。

「どうだろう……」

 椿は少し首を傾げる。美しい黒髪がはらりと肩から落ちる。

「落語が趣味って人、あまりいないですよねー」

 いおりが腕を組んで、うんうんと頷いている。

 うーんと、三人は考えこんだ。

「そうねえ。私のおじいさまはCDをよく買ってるけども……」

 美佐は呟いたが、確かに女子高生で、落語が趣味って人には出会ったことがなかった。

「会長、楽しそうですよね、落研のこと」

 いおりが言った。

「そうね、面白がってるみたい」

 美佐が笑った。

「なんか今も落語さんと一緒に演劇部の練習見にいっちゃったんですよ」

 まあと美佐は驚いた。

「あの子のこと、随分気に入ってるのね、明日真。ね、椿」

「そうなのかな」

「なんだか、明日真にしては珍しい」



「明日真さん、あたし、ポスターとか作ろうと思うんですけど」

 文化棟に戻りながらの道、ソラは明日真にそう伝えた。

「部員募集の?」

「はい」

「いいんじゃない。スタンダードな手段だし。文化棟内に貼る場合は、うちのハンコ。校内の生徒用掲示板は二箇所あるけど、それは生徒会のハンコが必要だからね」

 ソラは明日真のいうことを、頭の中で忘れないようにリピートした。

 うん、大丈夫、覚えたと一人うなずく。

「はい、じゃあ、作ったら本部と生徒会に持っていきます」

「よろしい」

 文化棟が見えてきた。

 どんなデザインがいいだろう? と、ソラは考える。


 今日はソラの部長デビューの日だった。

 実は校内にいろんなサークルがあることも知った。

 ちょっと変った部長さんがいることも知った。

 部をやってくのも大変だということも知った。 

 でも、頑張ってみようと思った。

 せっかく看板もみつかったことだし。

 ……しばらくは本部室に置いておくしかないんだけど。


 

 落研の看板は本部室に置いておけばと言ってくれたのは明日真だった。

 この部屋だって、いってみれば各部共用の部屋だからねと。

「えーと、じゃあお言葉に甘えて……。でもあたしはどうしたらいいでしょう?」

 落ちていた衣装を、演劇部に返しにいく前に、二人は落研の看板を本部室に置きにいった時の会話。

 本部室には、会計補佐のいおりがいて、軽やかに電卓を打つ音が響いていた。

「どうしたらってなにが?」

 明日真が聞き返す。

「えーと、あたしはどこにいればいいんでしょうか……というか、部室もないし、部員もいないし」

「ここにいれば?」

「えっ!? でも役員でもないのに」

「ここは、文化棟の人は誰でもいていいの。共用スペースなんだから」

「……でも」

「ねっ、いおり」

 明日真にそう振られて、手を止めたいおりが顔をあげた。

 そしてソラに言った。

「ここで落語をしなけりゃ大丈夫」

「し、しないよ~~」


 と、いうわけで、落語研究会はとりあえず本部に居候というかたちになったのであった。

 ソラの文化棟生活が本格的にはじまりそうだった。



【第二話 終】




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る