第2話(3)

「そこの一年生!」

 ビシッと副部長が、ソラを指差した。

「なんか納得いかないって顔してる。っていうか、明日真さんこの子だれ? もうお手伝いみつけたの?」

「ちがうよー、この子は、落語さん。落語研究会の会長」

 明日真が、ソラの背後から肩に両手を置いた。

 明日真の身長は、ソラより十センチ以上は高い。つか、ソラが小さいのだ。

 へえー!と、演劇部の二人が感心したように言った。

「って、あれ? 落研なんてあったっけ?」

「あ、あの、この間、復活したばかりです。よ、よろしくお願いします」

 慌てて、ソラは頭を下げた。

「一年生で会長かー。大変そうだけどがんばって!」 

 張りのある声。副部長は、明るい人のようだった。

「まあ会長もいろいろだけどね……」

 もう一人の演劇部が呟いた。

「あはは、カザリを部長にした君たちがすごいよ」

 明日真が、面白そうに笑った。

「まあ、博打というかね。そういう路線もありかと思って」

 副部長がそう言った。

 

 またなんだかよくわからない。

 

「落語さん、また納得いかないって顔してる」

 演劇部がそういった。

「え、あのその……あの部長さんって……ダメな人なんですか?」

 みっちゃんもそう言っていたけど。

「ダメ」

 ソラ以外の三人の声がみごとにハモった。

「えっと、じゃあ、なんで部長さんになったんでしょうか……」

「顔」

 また三人の声がハモる。

 顔……。

 その答えに、ソラは呆然とする。

「か、顔は確かに綺麗だと思います」

「思うでしょ」

 明日真がいった。

「は、はい」

 うっかり見とれてしまったくらいだ。それは激しく同意する。

「あー、でも演技もいいんだよ」

 副部長が言った。

「うちはねえ……万年部員不足というか、演劇部なんていくら部員いたっていいんだよね」

「はあ」

 ソラはうなずいた。確かに人が少ないと演目にも支障がでそうだ。

「ああいうのが部長だと、来年の一年生にアピールできるでしょ?」

 そんな理由!?

「いや、今からはいってもらってもいいわよね」

 副部長の言葉に、もうひとりが続けた。

「部員集めは大変だわよー。落語さん」

 畳みかけるように、副部長は言った。

 ……確かに。ソラはこれからの自分の遠い道のりを思ってブルーになった。

「だから、わが演劇部は今年は人を集められるという一点に重きを置いて、部長を選出したの。実務は他の二年生がフォローすればいいのよ」

「なかなかの英断だよね」

 くくくと、明日真が笑った。

「まあ、でも部長をしっかり見張ってよ」

 はーいと明日真の言葉に演劇部は返事をした。

 演劇部らしく発声がいい。

 そして、ひとつのブラスチックケースを持って、地下倉庫から去っていった。

 

「そんな部長の選び方もあるんですねえ……」

 ソラは言った。

「ま、確かに演技はうまいからね、カザリは」

「ハムレットがすごかったって」

「あー、私、忙しくて見れなかったんだよなー。ちょっとみたかったな」

 明日真が悔しそうに言った。

 なんだ。なんのかんのいって、明日真さんもあの部長さんのことが好きみたいだ。と、ソラは改めて思った。

 みんながそういうハムレット。あたしもみたかったかも。

 ソラはあのきれいなカザリが舞台に立っている場面を想像してしまう。

「部員探しはたしかに大変だよ」

 明日真の声に我に返った。妄想している場合じゃない。

「……がんばります」

「よろしい」

「で、あの明日真さん」

「ん?」

「あたしたちはなんでここに……?」

「あ、そーだそーだ」


 探し物をみつけて、それを持って地下室から出た二人の目の前にあったのは、精霊の衣装だった。

 どうやら演劇部が落としていったらしい。

 

 一度本部に寄って、探し物を置いてから、ソラと明日真は三階の演劇部の部室にその衣装を届けにいった。

「あっれー! ごめんね。わざわざ」

 部室の扉のところで、副部長がその衣装を受け取ってくれた。

「いーえ、どういたしまして」

「落語さんまで、わるいね~」

「いえ……あのよかったら、部室見せてもらっていいですか?」

「ん? いいけど。そんな珍しいもんじゃないよ」

 

 部室には副部長と先ほども地下室であったもうひとり(会計を担当しているそうだ)しかいなかった。

 部室にはいろいろなものが置かれているが、きちんと整理されていた。

 部屋の作りは同じだが、先日お邪魔した写真研究会とは違う雰囲気に、ソラはきょろきょろと見渡した。

「うん、綺麗に使ってるね。感心感心」

 明日真がそういうと、副部長がわらった。

「会長、チェック厳しいな」

「施設の管理も本部の仕事だからね」

「はいはい」

 そっか、そういうのも仕事のひとつなのか。

 二年生の会話を聞きながら、ソラは思った。

「今日は練習は休みなの?」

 明日真が尋ねた。確かに放課後のこの時間に二人しかいないのなら、今日の活動はないのだろう。

「うん、今日はちょっと」

 副部長がいった。

「でも、カザリはホームルームが終ったら、一目散にここに向かったみたいだけど……それにそれって」

 明日真が、あるダンボール箱を指差した。

 その上に茶色の制服が無造作に置かれている。

「あの脱ぎ散らかし方はカザリでしょう」

「あーあー、まったく。また皺になるよ」

 会計が慌てて、制服を持ち上げた。

「部長はどこかで自主稽古してるんじゃないかな」

 副部長が言った。

 

 

 ソフトボール部が練習しているグラウンドの片隅で、その人は柔軟をしていた。

 学校の指定ジャージを着ている。

 足を大きく開いて屈伸をしていた。

 手足が伸びている。

 彼女は身長もあるが、手足もすんなりと長かった。

 一通り柔軟を終えると、立ち上がって、腰に手をあてる。

 

 あーーーーーーーーー。

 

 発声練習をはじめた。

 よく通る声だった。

 

 音階を変えていく声を聞きながら、ソラと明日真は演劇部部長江川カザリの姿を少し遠くから見守っていた。

「カザリはすごい練習好きなんだって」

「そうなんですか」

 いい声だなとソラは思った。

 みんながすごいと言っていたハムレットも、こうやって練習していたのだろう。

 部活のない日もひとりで。

 今日の演劇部は、幼稚園でのボランティアの準備の日としていた。

 幼稚園に日程の確認に出向くもの、市の図書館に台本を借りにいくもの、副部長と会計は衣装のチェックと、二年生たちは忙しいため、演劇の練習自体は休みにしたそうだ。

 もちろん、部長のカザリも彼女なりに「なにかやる」と言ったそうだが、みなに「部長はなにもしないで」と言われたそうだ。

 

「カザリはねえ……ほんと演劇と顔以外はダメなんだよ……」

 クラスメイトである明日真がため息をついた。

 テストの範囲は間違える、提出物の期限を守れたためしがない、掃除当番を忘れて部活にいってしまう。

 クラスメイトも彼女の行動にはよく迷惑をかけられているのだが、あの綺麗な顔で「……ごめん」といわれるとついつい許してしまうそうだ。

「根は悪い子じゃないしね」

「……それって、いわゆる天然ってやつですか?」

「そうともいえるかも……。彼女なりに努力はしてるみたいだけどねえ」

 明日真は苦笑した。

「でもどこか抜け落ちちゃうらしいんだよね。こっちとしてはいい迷惑なんだけど。もう慣れたけどね」

 どうやら、カザリの迷惑行動のフォローは明日真の仕事らしい。

「でもさ、真面目なんだよね。基本的に。演劇のこと以外は不器用なんだよ」

 ソラは、発声練習を続けているきれいな人をみた。

 真摯な姿だと思った。

 確かに、あの姿をみたら、いろいろ許しちゃう気持ちになれそうだった。

「だから……他の二年生の先輩方が、ほかのことを頑張ってるんですね……」

 ぶつくさ言いながらも、制服をたたんでいた会計担当の二年生の姿をソラは思いだした。

 ああやって、他の事務的なことや、段取りは他の部員が上手く回しているのだろう。

「演劇部は文化系の中でも、運動部寄りというかチームワークが必要だからね」

 明日真が言った。

「ああやって、役割分担してうまくいってるんだと思うよ」

「そうなんですね」

 ソラはうなずいた。

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