第2話(2)

教室の掃除を終えた後、ソラは文化棟に向かった。

 校舎を出て、北に向かう。

 グランドの脇を抜けて、さらにテニスコートも越えた向こうに、文化棟と呼ばれる文化系サークルのクラブハウスがある。

 ソラの目的地は、その二階の文化棟本部室だった。

 昼休みのリーダー会議が終ったときに、明日真に言われたのだ。

 落語さんは、放課後本部まで来てください、と。

 ……なんだろう。

 初めての会議で、私語で注意されたことをさらに注意されるんだろうか……。

 ソラはかなりブルーだった。

 だが、いかないわけにはいかない。

 なにしろ、落語研究会の代表はソラなのだ。

 部員はゼロだけど。

 

 ノックをしてその本部の扉を開けた。

「あの~……失礼します……」

 ソラはおずおずと中にはいった。

「あー、落語さん」

 まず声をかけてきたのは、会計補佐の加藤いおりだった。

「加藤さん」

 ソラは一瞬ほっとする。いおりは、同じ一年生で簿記研究会の所属だ。

 同じ学年というのは安心だ。

 しかし、教室の前の廊下などで普段すれ違うときにも「落語さーん」と呼びかけてくるのは止めてほしいとちょっと思ってる。

「お、きたね」

 声がした。

 みると、明日真が古ぼけたソファにいつものように座っていた。

「こ、こんにちわ」

 思わず身構える。

 明日真がさっと立ちあがった。

「じゃ、いおり。ちょっといってくるよ」

「私がいきましょうか? 会長がわざわざ……」

「ううん、いいよ」

 そして、明日真はソラのほうを見た。

「鞄、この部屋に置いてっていいから、ついてきて」


 本部室を出てすぐ右手にある階段を、明日真が下りだす。

 どこにいくかも聞けないまま、ソラは仕方なく後をついていった。

 クラブハウスは二階から部室になっている。

 一階は入り口からはいってすぐに、病院の待合室のような雰囲気のロビーがあり、その奥に会議室が二つある。

 そのうち広いほうが大会議室と呼ばれていて、昼休みにリーダー会議が行われたのだ。

 二人は一階についた。

「こっち」

 明日真が手招きする。

 会議室の脇を抜けて、奥に進んだ。

「あの……昼間はすみませんでした」

 気になっていることは先に言ったほうがいい。ソラは、明日真の背中に向かってそう言った。

「え? なにが?」

 明日真は立ち止まって振り返った。ハーフアップにしてまとめている髪が揺れた。

「会議で……私語しちゃって怒られたから」

「ああ、あれ。まあ、よくないわね」

「すみません……」

「でも、カザリのほうが悪いね、あれは」

「……演劇の部長さんですか」

「そ。あいつなー、マイペース過ぎなんだよねえ」

 みっちゃん情報で、明日真とカザリ様が同じクラスというのは知っていた。会議の時とちがって「カザリ」と名前で呼んでいる。

「すごいきれいな人で、あたしが顔をついじろじろみちゃったから」

「そら、正直な行動だね」

「はあ……ですね」

 そういう明日真さんだって、きれいなんだけど……とソラは思った。

「カザリはほんと顔と演劇しかとりえがないからなあ」

 ひどい言い草だ。褒めてるのか、けなしてるのかよくわからない。

 でもその言い方で、ソラは、明日真とカザリがかなり親しいことがよく判った。

「まあ、でも会議はちゃんと毎回出てよ。部の義務だからね」

「はい。忘れないようにします」

「よろしい」

 そして、明日真はまた歩き出した。

「で、あ、あの、どこいくんですか?」

「あ、地下」

「地下!?」


 一階の奥の壁に扉があった。

 明日真は制服のジャンパースカートのポケットから、鍵を取り出して、そのドアノブの鍵穴に差した。

 そして回す。ガチャ、と重い音が聞こえた。

 ドアが開く。明日真は手を伸ばして、電気のスイッチをいれたようだ。すぐに照明が点く。

「ここね、共用の倉庫なの」

 扉からすぐ下は階段になっていた。明日真がとんとんと下っていったので、ソラも慌てて、後を追う。

 すこし湿っぽいような埃っぽい匂いがした。

 

 地下は、むき出しのコンクリの壁に覆われた、まさに倉庫としか言えない場所だった。

 電気はそれなりに明るくついているけども、あまり人の出入りがないのか、空気が静かな感じだった。

「こんなところがあるなんて……」

 ソラは正直な感想をいった。

「知らない人も多いよ。ここ使ってるの一部の部だけだから」

「そうなんですか……」

 ソラはぐるっと見渡した。

 ダンボール箱や、スチール棚がおいてある。

 一番多いのはダンボール箱だった。いくつも積み上げてある。

 箱の種類もばらばらだ。宅配便のキャラクターの絵がついたものもあれば、「愛媛みかん」の箱もある。

 スチール棚には書類ケースやファイルが並んでいる。

 パイプ椅子もいくつか壁に立てかけられていた。

 奥には、ベニヤ板でつくられた舞台装置がいくつか置かれており、目を引いた。

「これは、演劇部のものですか」

「そう」

 ソラはやっぱりと思った。

 この間の文化祭で、ソラはクラス演劇の大道具係で、似たようなものを作ったばかりだった。

「演劇部が一番場所とってるよ。その押入れケースには舞台衣装がはいってるって」

 テレビの通販でよくみるプラスチックの引き出し式のケースが積み上げられていた。

「ねえ、寒くないの?」

 突然、明日真がそんなことを言った。

「はい?」

 ソラは聞き返す。

「ボレロ、着てないから」

 ソラはジャンバースカートにブラウスだけの姿だった。ほんとうはボレロがあるのだけど、どうも窮屈であまり好きじゃない。

 ちゃんと着ないといけないのだけど、授業中もいつも椅子の背にひっかけている。

 今は、鞄と一緒に本部の部屋に置いてあった。いつもくしゃっと置いてしまい、シワがついてしまう。

「……なんだか動きにくくて」

「ふーん。そんなに動くかな。学校で」

「き、気分的なもので……」

「もしかして、スポーツとか得意なの?」

「中学の時は、卓球部でした」

「へえ! なんで、卓球部にはいらなかったの? っとごめん」

 明日真は自分で自分の質問を打ち消した。

「今の質問はナシで」

「え、なんでですか」

「なんか理由あって、卓球やめたのかと。怪我とか」

 ソラは頭を振った。

「あんまり上手くならなかったから、つまんなくなったので、高校では、入らなかっただけで」

「ふーん。で、落語? すごい方向転換だねえ」

 ええ、まあ……とソラは頭をかいた。

「部として復活はしたけど、部員がみつかるといいけどね」

 明日真の声が地下室に響く。

 

 そうだ。そうなのだ。

 休部状態から、復活させたのはいいのだけど、それこそ部員がいなくては部とはいえない。

 部長ひとりの部なんて、部とはいえないだろう。

 あとは、顧問も必要だという。

 だれか先生に頼まなくてはいけないだろう。

 

 その時、がやがやっと人の気配と声が聞こえてきた。

 階段のほうからだった。

 ソラと明日真は、階段のほうを同時に見た。

「おじゃましまーす」

「あ、明日真さん、いた」

 二人の生徒が姿を見せる。

「あれ、演劇部だね。どうしたの」

「衣装とりにきたんだ。本部に鍵借りにいったら、明日真さんがいってるって聞いたから」

「そうなんだ。じゃあ、どうぞ」

 明日真は衣装ケースの前からどいた。

 ソラもそれに倣う。

「じゃあ、失礼して」

 演劇部は、積み上げてあるプラスチックケースの引き出しをあけた。

「えーと、どの箱だっけ」

「うんとねえ」

 二人は話しながら、ケースの中を確認しているようだ。

「クリスマスのボランティアの?」

 明日真が言った。

「そうなの。そろそろ衣装を虫干ししておこうと思って」

 ボブヘアに眼鏡の生徒が、明日真のほうは見ないで答えた。

 二人とも二年生だった。

「ぼ、ボランティアって?」

 ソラが小声で、明日真に尋ねた。

「演劇部は毎年、幼稚園でクリスマス演劇をやってるんだよ」

 ほら、学校のすぐ近くの交差点のところに幼稚園があるでしょ、と明日真は続けた。

「あそこの幼稚園、別にうちの経営じゃないけど、近いってことで昔からクリスマスに演劇しにいくのが、伝統なんだって」

「へえ……」

「今年は『クリスマス・キャロル』に決まったんだ。これ、精霊の衣装にどお?」

 アンティークな雰囲気の白い衣装をひらっとみせて、ボブヘアがくるりとこっちを向いた。

「いいんじゃない?」

 明日真が笑った。

「よし、このケースごと持っていこう」

「うん」

「ねえ、あんたたちの部長に、会議に遅れるなっていっておいてね」

 明日真が言った。

 ええーっと、演劇部二人が声をあげた。

「カザリ、遅れたのお。きっと忘れてたのね」

「朝、言ったのになあ……」

 ぶつぶつと、その二人は文句を言っていた。

「ちゃんと会議聞いてた?」

 ボブヘアが明日真に尋ねる。

「そんなに心配なら、副部長も今度から一緒に出たら? 別に二人出席してもいいんだよ」

 どうやら、ボブヘアが副部長らしい。

「ほんと!? そうするわ」

 副部長は、真面目にうなずいた。

「明日真さん、予算とか大事な話は、部長に言わないで、私に言ってね」

「はいはい」


 ……なんなんだ。全然あのカザリという美形の部長は信頼されてないじゃないか。

 ソラは目を丸くした。

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