第二話

第2話(1)

「えーと、それでは落語さん、自己紹介を」

 羽村明日真のアルトの声が文化棟内会議室に響く。

「は、はいっ!」

 緊張で上ずった声で返事をして、ソラは立ち上がった。

「え、えと、落語研究会会長、一年C組三星素良です。よ、よろしくお願いします」

 古い会議室内に、ひそひそっと囁き声が流れた。

 落語?

 笑点とかの??

 あの子が落語をするのかしら……。

 もれ聞えてくる声に、自分でも顔が赤くなったのが判った。

 そのまま、もそもそっとパイプ椅子に腰を下ろす。

 会議室の前のほうでは、こちらを向いた形で、文化会本部幹部の四人が座っていた。

 その真ん中に座っていた明日真が面白そうな顔で、ソラをちらっと見た。

「えー、というわけで、落語研究会さんがこの文化棟の仲間となりました。みなさん、どうぞよろしくお願いします」

 明窓女学院高等学校文化会本部第三十九代会長・羽村明日真がそう伝えると、会議室内の生徒たちから「はーい」と素直な返事が複数返ってきた。

「では、いつものように出席をとります」

 明日真の隣に座る副会長高田椿が手元のリストをチェックしながら、各部の名前を読み上げだした。

「茶道さん」

「はい」

「吹奏楽さん」

「はい」

「合唱さん」

「はーい!」

 昼休み。月に一度の定例のリーダー会議。

 文化棟の各サークルの会長・部長たちが集められての会議だ。公認の部はこれに出席することが義務付けられている。

 今日、ソラは初めて参加した。

 つまり、ソラの部長デビューの日だった。

 部員はゼロだけど。

 

 出席を取る声は続いていた。

「写真さん」

「はぁい」

 その声に、ソラは右斜め後ろをそっと振り向いた。

 写真研究会の会長、吉村奈々子がいた。奈々子とソラの目が合う。

 にっと奈々子は初めて会った時のように気さくにわらって、ひらひらっと手を振ってくれた。

 ソラも軽く頭をさげて、また前に向き直る。

 知っている人を見かけて、少し緊張が解けてきたようだった。

 なにしろ、先輩方ばかりの場だ。

 ソラはまだ一年生。

 各部は、先日の文化祭後に代替わりをほとんど済ませており、会長たちのほとんどは二年生だった。

 そういえば、どこかに一年生会長がいるって、明日真さんが言ってたけど……。

 ……一年生の会長ってどこのことだっけ。

 ソラは、前に座っている明日真をみた。

 写真研究会所属で、そしてこの文化棟をまとめる生徒会直属の組織・文化会本部の会長の明日真がそんなことを言っていたのを思い出す。

 ソラと明日真は先日偶然知り合った。

 その時は、明日真がこんな役職に着いているとは知らなかった。

 やけに落ち着いた雰囲気の先輩だと思っていたけど。

 今日初めてリーダー会議に出てみて、思ったよりいろんな部があることに驚いた。

 部活っていろいろあるんだな……と読み上げられる部に名前に、ソラはいちいち感心していた。

「演劇さん」

 演劇部は、中学校にもあったなあと、ソラは思い出す。

「……演劇さん?」

 返事がなかったので、椿がもう一度その名を呼んだ。

「演劇さん、欠席ですね」

 椿がクールに言い放った。あの黒髪のロングヘアの先輩は、産まれた時からそうだったかのように、常にクールだった。

 その隣の明日真が苦々しい顔をしたのを、ソラは見逃さなかった。

「では……華道さん」

 それとは対象的に、椿は調子を崩さず、次の部を呼んだ。

 

 出欠も取り終わり、明日真が書類に視線を落としながら、話しだす。

「では、最初に学校側からの連絡事項です。この文化棟も老朽化が激しく……」

 その時、ガラッと前方の戸が開く音がした。

 明日真の声がとまる。なりゆき、みなもその戸の方に注目した。

 一人の女生徒が立っていた。

 この学校は女子高なので、もちろん女生徒しかいないけど。

 茶色のジャンバースカートにボレロ。淡いアイボリー色のブラウスにえんじ色のリボン。二年生だ。

 レトロなデザインの女の子らしい制服を着ているが、その生徒は、どこか中性的な雰囲気があった。

 背が高いからかな……。

 ソラは、ぼんやりとそう推測する。

 ショートカットだからかも? とも思った。

「すみません、遅れました」

「演劇さん、遅刻と」

 椿がまたもや冷静に言った。

「……早くあいている席に座ってください」

 これは明日真だ。やれやれと言うような表情をちらっと見せた。

「ごめん、明日真」

 言われた「演劇さん」は軽く手をあげて、そういった。

 明日真さんとお友だちかな?

 と、気軽そうなやりとりに、ソラは考える。

 演劇さんは、そのまま会議室内にはいってきて、ソラの隣の空いている席に座った。

 ソラは一番前の列の一番、戸に近い席に座っていた。

 そして、ソラの右側の席が空いていた。

 なので、演劇さんは一番近くの空いている席ということで、座ったのだろう。

 パイプ椅子を軽く引いて、その彼女は腰を下ろした。

 ソラは少し緊張した。知らない先輩の隣だ。それは一年としては身構えてしまうシチュエーションだ。

 彼女が座ったのを見届けて、明日真がまたみなに向き直った。

「えーと、で、学校が今度の連休に設備の点検をしたいとのことで」

 ソラはふっと隣の演劇さんの様子を伺った。

 だるそうに、頬杖をついているその表情。

 ソラは思わず声が出そうになった。

 

 こ、この先輩、超きれえ!!!!

 

 ソラが思った第一印象どおり、どこか少年のような硬質な雰囲気を漂わせていた。

 肌の色はとても白い。ショートカットの前髪の下の目は、不思議なグレーの色合い。

 縁取る睫はばっさばさと長かった。

 校内では化粧禁止の校則がある。それを守っているのだろう、マスカラなぞはしていない。

 そんな小細工なんかしなくても、その睫は長く美しく彼女の瞼を飾っている。

 鼻筋はすっと通っていて、唇は大きすぎず小さすぎず、血色がよい明るいピンク色。

 これまたなにも塗ってないはずなのに。

 顔の各パーツひとつひとつが綺麗な造形な上に、それが端正に並んでいる。バランスがいい。

 す、すごいきれいな人だ………!

 ぽかんとソラが眺めていたのに気がついたのだろう、ふっとその人がソラのほうを向いた。

 正面から目が会う。

 ソラはドキリとした。

 ドキリってなんだーー!とも思っていた。

「なに?」

「あ、いえ…なんでもありません……」 

 ご、ごめんなさい……と口の中でごにょごにょと言いながら、ソラは俯いた。

 人の顔をじろじろ見るなんて失礼だ、と祖母には言われていたことを思い出してしまった。

「一年生だ」

 その人は気にした様子もみせず、そういった。ソラの胸のリボンは青い色。一年生の色だ。

 ソラはこくりとうなずいた。

「代理出席?」

「いえ、あの……」

「演劇さん、落語さん、一番前で私語しないでください」

 その声にソラははっとなって顔をあげた。

 明日真がにらんでいた。

 そして、会議室内から笑いがおこる。

「ごめん、明日真」

 隣の人は、悪びれたふうもなく、そう謝った。

「ったく、遅刻はするわ、私語するわ、しっかりしてよ、演劇さん」

「う、うーん……」

 硬質な顔かたちとは裏腹に、演劇さんはのんびりとした口調だった。

 その答えに、またみなが笑った。

 

 

「演劇部の部長ったら、カザリ様ね!」

 その放課後。ソラは、今日は教室の掃除当番だった。

 箒を持ったソラに、クラスメイトのみっちゃんが「昼休みの会議どうだった?」と聞いてきたのだ。

 みっちゃんは茶道研究会に所属している。

 文化棟仲間ってやつだ。

 ソラが、会議室での一幕を話したところ、みっちゃんのテンションが明らかに上がった。

「か、カザリ様……?」

「そう、二年B組の江川カザリ様。すっごい美形でしょ」

「うん、ほんと……びっくりした」

「その美貌で、カザリ様と崇め奉られてるの」

「……うん、それも納得だ」

「かなり有名だよー。 一年生の間でも、ファン多いって」

「……だろうなあ」

「いいなあ、ソラちゃん。隣に座れたなんて」

「……緊張した」

「だろうねえ」

 みっちゃんが、羨ましそうにため息をついた。

「噂だけど、カザリ様にはすでに芸能事務所から何度もスカウトがきてるって」

「ほんとに!? でも、それも納得」

 ソラは、思わずうなずいた。最近のアイドルはよく知らないけど、そこらへんのアイドルよりずっと綺麗じゃないかと思えた。

「でもカザリ様は、今演劇一筋なので、アイドルで売りたい方針の事務所は全て断ってるって」

「こ、硬派だね」

「そこがまたいいと、ファンは増える一方で」

「うんうん」

 みっちゃんの語り口に、ついついソラは引き込まれる。

「今回、演劇部部長に就任されて、ますますその輝きは増す一方」

「うん!」

「カザリ様の演技は素晴らしくて、文化祭のハムレットはみながため息をついたそう。って、私はついた!」

 みたかった!!

 ソラは確かその時はクラス展示の当番で、受付に座っていた。

 そういえば、みながなんだかうきうきで「講堂にいかなくちゃー」と言っていた気がする。

 カザリ様目当てだったのか。

「なんていうのかなー、美形なだけじゃなくって、華があるっていうの? オーラっていうの? そういうのがあるのよ」

「わかる……」

 リーダー会議が終って、みなが慌しく会議室を出ていく中、あの演劇さんは悠々と立ち去っていった。

 その後ろ姿。姿勢がいいせいなのか、すんなりとした後姿をソラはついつい見送ってしまった。

 確かに舞台映えしそうだった。

 あんな人がこの学校にいるなんて……。ソラはため息をついた。

 確かに部長になるにふさわしい人に思えた。

 それに比べて自分は……。

 まあ、部員もゼロだ。しょうがない。

 みっちゃんはうっとりした口調で続けた。

「でもねー、カザリ様の魅力はそんな素晴らしいところだけじゃなくってね」

「うん」

「演劇以外のことは全然ダメなところ」

「は?」

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