第9話 剣魔襲来

1 不死の軍勢


 深夜に呼び出された雷美が、押っ取り刀で園長室に駆け込むと、すでにみんな集まっていて、パソコンの前に人だかりができていた。

 時刻は、夜中の三時。そとは真っ暗である。

 雷美の顔をみた桜人が、「雷美ちゃんこっち」と手招きしてくれて、人だかりの中に入れてくれる。背の低い雷美にも画面が見えるよう、錦之丞と百鬼が動いてくれて、前に出してくれた。


 パソコンデスクについて厳しい眼差しで画面を睨んでいるのは、一刀斎豹介。彼はぼさぼさ頭で、パジャマ姿のままだった。表情と服装にギャップがありすぎる。

 画面の中では、緑色の暗視映像によって白く浮き上がるたくさんの人影が動いている。こちらのカメラに映っていることに気づいているのか、あるいはまったく気にしていないのか? 黒い詰襟のガクランに身を包んだ集団が、綺麗に整列して赤石山の坂道を進撃してきていた。足並みをそろえてロボットのように進撃してくる纐血城高校の生徒は、全員びかびか光る黒鞘の大刀を腰に差している。


 これ全員不屍者なのだろうが、よくぞこれだけ甦らせたものだ。そして腰に差している刀も、安い物だとは思うが、よくぞこの本数、集めたものだ。

「夜襲とは、敵もなかなか粋なこと、してくれますね」

 桜人が雷美の頭の上で声をあげる。

 だが、「いや」と豹介は首を振った。

「夜襲のつもりはないだろう。あいつらは夜眠る必要がない。報告をうけ、さっそく準備を整えて進撃開始。それがただ単に、この時間になったってだけだろうな」

「ということは」篠が、絞り出すような声をもらす。「やはり『テスラ・ハート』のことが……」

 篠は豹介の肩越しに画面をのぞこきんでいる。なんかこの二人、いつも距離が近いよなぁと思うのは雷美だけなのだろうか?


 纐血城高校はおそらく、『テスラ・ハート』を隠した扉の暗号が解けたことを知って、急遽進撃してきたのだろう。

 ただし、『テスラ・ハート』はまだ発見されていない。

 というより、暗号を解いて、開くことが出来たた扉の奥には、もう一つ扉があり、そこにも暗号文が記されていたのだ。『テスラ・ハート』の前には、まだまだ関門が存在するのである。

 しかし聖林学園は、『テスラ・ハート』に着実に迫っており、第一の扉を突破し、第二の扉に挑んでいた。それを知った比良坂天狼星は、『テスラ・ハート』へ至る最後の扉が開く前に──果たして暗号解読によって封印された扉がいくつ用意されているかは分からないが──、一気に攻め寄せ、力任せに聖林学園を落とすつもりであろう。

 ただし、実は『テスラ・ハート』は存在しない、……かもしれないのだが。


「全員、起こそう」

 豹介が決断した。

「わかりました」三越が動き出す。「戦闘配備でいいですね」

「おそらく、敵は全兵力を集中して正門を破ろうとする。こちらも、全兵力を注ぎ込んで正門を死守だ。緒戦の展開は重要だぞ。雷美ちゃん、剣道部を指揮して、戦ってもらうけど、いいか?」

 豹介が首を巡らせる。

「はい」雷美はうなずいた。


 そう。正門を突破されたら、もう一気に敵は校内になだれ込んでくる。それをあの一点、なんとしても守り切って抑えなければならない。それを雷美一人でできればいいのだが、現実問題としてそれは難しい。どこかで必ず、呪禁刀のナギナタを装備した剣道部員たちが、前線に立つ必要がある。そのための、経験値を彼らに積ませなければならない。これはすでに話し合ってきたことだ。そして、その役目は雷美にしかできなかった。


「一度敵の勢いが弱まったら、半数に仮眠を取らせてくれ」豹介は雷美の目を見つめて命じる。「そのタイミングで、必ず雷美ちゃんも休むこと。そこからは、おれが代わる」

「はい」

 雷美は緊張してうなずいた。

「んじゃ、そういうことで」

 豹介は立ち上がると、どこかに行こうとする。

「どこ行くんですか?」

 驚いて桜人がたずね、豹介はこともなげに答える。

「寝る」

 雷美は、ええっ!と、さすがに驚いた。

 この状況で寝てしまうことに、ではない。この状況で神経の太さにだ。

「もしナギナタが壊れたら起こしてくれ。すぐに修理する」

 それだけいうと、一刀斎豹介は園長室をあとにした。




 剣道部員は、男女混合で三十人ほど。全員剣道着に着替えて正門前に集合してもらった。

 豹介が、百鬼の作った包丁に、スチールの棒で作った柄を取り付けて製作した、不屍者を倒せる(はずの)武器、通称『ナギナタ』。これが全部で五本ある。雷美はこの五本を、錦之丞と相談して、メンタルの強い部員を四人選出し、そこに錦之丞を加えた五人を先鋒として持たせていた。


 一応その遣い方も、事前に練習させたのだが、なんとも邪魔になったのは、彼らの剣道の経験だった。

 体を半身に開いて、足のかかとは地につけろと何度もいうのだが、それが難しい。ちょっと集中すると、剣道特有の、正対した、爪先立った体勢にもどってしまう。仕方ないので、次鋒は比較的剣道経験が少なく、ランクの低い部員を選ぶことになった。


 まだ夜の明けきらない暗い時刻。

 空には明るい月がかかり、校舎からの照明が校庭を照らしている。赤石山の緑は深く、街の喧騒を吸い込んでしまい、あたりのは深い森の奥のような静けさに包まれていた。

 青い夜と、赤い照明が、死者と生者の邂逅を暗示しているようだ。

 そんな夜の闇の中、学園の正門へと至る坂道を、ざっざっという足音を響かせて登ってくるガクランの集団がある。纐血城高校の生徒たちである。

 闇を塗り込めたような黒い制服。金色のボタンと白い顔ばかりが闇の中、妙に目立つ。

 彼らは一様に血の気のない顔を無表情に引き締め、聖林学園が作り出す不屍者への防壁のまえで進軍を停止した。


 いま正門の中央には、豹介のワゴン車が止められ、それがなんとも邪魔だが、この一台が、唯一不屍者が抜けられる防壁の穴を塞いでいるため、纐血城高校の軍勢は正門より中に入ることが出来ない。

 雷美は腰の刀の鞘に左手をのせ、すっくと門の内側、ワゴン車の脇で敵勢と対峙する。

 ごわつく新品の剣道着の下にはきっちりサラシがまかれ、腰に締めた角帯には鬼姫一文字と脇差が差さっている。二刀は、雷美の腰が細いため四重に巻かれた帯の、ちがう隙間に差されているため、クロスするように噛み合ってしっかり固定されている。


 低く締めた帯に紐を絡めた袴、足元はきっちりと編み上げブーツで固定され、いつあの敵陣に斬り込んでいっても問題ない。だがいま彼女には、後ろで恐怖と緊張に身じろぎしている剣道部員たちを引っ張る立場にあるし、攻め手の不屍者とて、果たして何百人いることか。

 腰に差したスマホが振動し、派手なベルの着信音をまき散らす。

 雷美は手だけ動かして、帯に、端末本体と先端に根付のついたストラップを差し込んで落ちないように工夫したスマホを抜き取る。ちなみにこの工夫は、柳生紫微斗の真似なのだが。


「はい、雷美」

「雷美ちゃん、すぐに下がって!」いきなり桜人に怒鳴られた。悲鳴のような声だった。「バスが来る!」

 バス? もう始発が動き出す時間かな?

 そんなことを思った雷美の目の前で、纐血城高校の生徒の人垣が二手に割れる。

 ん?と思う雷美の目を、坂を上ってくる路線バスのヘッドライトが灼く。

 いつもは路をゆっくり走っているバスが、獣が吠えるようなエンジン音を夜のしじまに響かせて、背後から黒い霧みたいな排煙を上げながら、ありえない速度で突っ込んできていた。


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