2 火花を散らす、生者と死者


「退避ーっ!」

 雷美は叫びながら、横っ飛びに走り出す。振り返ると、ナギナタを手にした剣道部員たちがきょとんとこちらを見ている。

「逃げろ! 避難しろ!」

 強く叫ぶと、錦之丞が「走れっ!」と先鋒メンバーを促して動き出す。


 バスが、豹介の愛車に突っ込みつつ、玉突き衝突の要領でワゴン車を正門から跳ね飛ばした。ワゴン車がボディーをひしゃげさせ、ばーん!という衝突音と飛び散る硝子の破片の澄んだ音色を響かせて車体一台分、無理やり後退させられた。

 こちらに怪我人はない。

 バスを振り返ると、運転席にいた男──成人男性、ということは、不屍者ではない──は、ギアをバックに入れ、バスの位置を直すと、圧搾空気音をたてて前後のドアを解放させ、そのまま外に飛び出してきた。


 雷美は走り出し、抜き打ちに思わず斬りつけかけて、はっと気づいて手を止める。

 この人は、人間だ。斬ったらまずい。

 襲い掛かられて、足元をよたらせたバスの運転手は、まろぶように駆け出して、正門から外に逃げてゆく。

 彼は、纐血城高校の黒い制服集団を、味方だと勘違いしていたようだ。

 逃げ込んだ先で、生徒の一人に抜き打ちに斬りつけられ、悲鳴をあげた。痙攣したように立ち尽くす彼を、二の太刀、三の太刀で切り刻み、斬り捨てた生徒は、刀の血糊を拭いもせず、「全軍前進っ!」と号令をかけた。


 雷美の背後から、剣道部員たちの声にならない悲鳴と、怯えた魂の震えが伝わってくる。

 が、ここで踏みとどまってもらえないと、纐血城高校の軍勢を押し返すことはできない。

「来るぞっ!」

 雷美は抜刀し、バスに駆け寄る。

「続けっ!」

 来てくれないかもしれないと思った。案の定、だれも動かない。

 が、敵は待ったなしだ。


 結界の外にある、バスの後部ドアからつぎつぎと乗り込んだ黒い制服たちは、抜刀しながら狭い通路をひしめきあって殺到し、抜き放った切っ先で自分の頬や後ろの奴の首を傷つけながら、そんなことはお構いなしに前部ドアに押し寄せる。

 練度の低い兵だと見切った雷美は、バスの前部ドアにとりつき、いい位置に立って、中から出てこようとする不屍者たちに一対一で対峙し、斬りつける。


 まずは先頭の一人の脚を斬って転倒させ、雪崩うつようにステップを駆け下りようとする後続を足止めした。

 背後から突入してくる人垣と、止まってしまった先頭が、バスの内部でぶつかりあう。味方の刀で流血しているが、彼らは不屍者、ダメージはない。が、この混乱、付け込まない手はない。

「窓だっ! 刃を突き込めっ!」雷美は叫ぶ。


 敵は前部ドア以外にも、窓から校内に突入する予定で、すべての窓を開け放っている。これは本来聖林側には不利な要素だが、いま車内でひしめき合って身動きのできない敵勢の状態では、こちらに有利。攻めるに絶好の機会だが……。


「刺し殺さなくていいぞ!」錦之丞が声をあげて走る。その手にはナギナタ。「相手は不屍者だ。ちょっと切れば、それで死ぬ! 今やらないと、一気に攻め込まれて、こっちがやられるぞ」

 通路でひしめき合い、座席に逃れた何人かが、窓から出ようとしている。

 雷美は前部ドアに取り付いているし、あちこちの窓から出てこようとしている不屍者どもを彼女ひとりで抑えることは不可能だ。


 錦之丞が飛び出し、先端に包丁をくくりつけた鉄棒をバスの窓から中へ突き込む。

 不屍者の一人が「あっ」と声を上げて、腕をおさえる。おさえた指のあいだがら、赤黒い血がどろりと滴る。滴った血は、どろどろと流れおち、腕を切られた不屍者はそのままのけ反るように後ろへ倒れてゆく。

「利いているぞ!」錦之丞が叫ぶ。「このナギナタは不屍者に効果があるぞ!」

「貸せ!」背後で声がして、バスの反対側へ走る影がある。

 先鋒メンバーから外された剣道部の部長の真田広之進。彼は誰かの手からもぎ取ったナギナタで、反対側の窓から出ようとしている不屍者の顔を突いた。


 彼に続いて、バラバラと何人かがバスに駆け寄る。互いに声を掛け合いながら、刃を振り始めた。

 バスの車内で、纐血城高校の生徒たちが呻きを上げ、呪禁の力をもつ刃に傷つけられて倒れてゆく。

「きゃー」

 バスの反対側で悲鳴があがった。雷美が目を走らせると、窓から一人の不屍者が刀を片手に飛び降りる背中が見える。

「錦之丞! こっちを頼めるか?」

「今は無理です」

 雷美の背中に冷たい戦慄がはしる。不屍者の侵入を許した! 校内で刀を振り回されたら、迎撃する術がない。

「大丈夫だ!」広之進の声がする。「倒してくれた!」

「だれが?」

 錦之丞にポジションを交代してもらった雷美が駆け寄ると、刀の刃をポケット・ティッシュで拭っている鐘捲暗夜斎の姿がある。手にしている長刀は、呪禁刀ミカヅチ。

 雷美と目が言うと、ふっと笑ってうなずく。


「すみません、暗夜斎先生」雷美は鬼姫一文字を背中に隠すと暗夜斎に駆け寄った。

「かまわん。呪禁刀が一本余っているから、活用させてくれと豹介の奴に頼まれた。しばらくフォローに入る。なあに、年寄はどうせ、朝が早いから、ついでだよ」

 にやりと笑ってウインクする暗夜斎。


 雷美がもどると、錦之丞が前部ドアに立ちふさがって、手際よく敵を傷つけている。ナギナタに傷つけられた纐血城高校の生徒たちは、たちまちのうちに不死の力を失って土に還っていくのだが、その速度が呪禁刀に斬られたときより緩慢である。そのため、死体がすぐに消滅せず、敵の攻め手の足を止めてくれる効果が高かった。錦之丞はそれを理由して、敵の足元に敵の死体を積み上げるように攻撃し、前部ドアのすぐ内側を上手に塞いでいる。


「代わるか?」

 雷美が問うと、錦之丞は「いいえ」と否定した。

「ここはぼくが抑えます。その間に、メンバーを一部交代させて戦闘を経験してもらいましょう。向こうは不屍者ですから、不眠不休で攻めてきます。こちらは何度も交代する必要がありますんで、その準備を始めて下さい」

「助かる」

 雷美は短く礼を言うと、すぐに動き出した。バスの周囲を動き回り、先鋒グループの半分を次鋒メンバーに入れ替える。防御の刃を掻いくぐって中に入り込む敵は、暗夜斎に遊撃してもらい、ナギナタを一本後退させた。なにしろ五本しかない。駄目になったりしたら、すぐに豹介のところにもっていって修理してもらう必要があるから、そのために予備として一本は残して置きたい。


 纐血城高校の攻勢は、永遠と思えるほどに続いた。

 その間に、雷美は仮眠をとり、桜人が救援に来てくれ、剣道部のメンバーも交代で休憩と仮眠のシフトを動かし、破損したナギナタを豹介を叩き起こして修理してもらい、そうこうするうちに、東の空が白み始めた。

 夜明けが近づいている。

 空が明るくなると同時に、突然纐血城高校の攻め手が緩んだ。

 まるで潮が引くように、校門を重囲していた黒い制服姿が引いてゆく。


 休憩なしで戦いつづけた錦之丞は、ほっとしてその場に座り込み、そのまま仰向けに倒れて大の字になった。

 園長室で監視カメラ映像をチェックしている蝉足篠から、校内放送が入る。スピーカーから彼女の声が静かに流れた。

「みなさん、お疲れさまでした。みなさんの尽力により、纐血城高校の第一波攻撃を凌ぐことができました。戦闘はこののち、第二フェーズに突入します。現在城址公園より、二台のリムジンが上ってきています。乗っているのは、間違いなく剣魔でしょう。生徒のみなさんは、落ち着いて女子寮に退避してください。剣魔迎撃部隊の方々は、配置につくようお願いします」


 放送が終わると同時に、錦之丞はむっくりと起き上がった。

「だいじょうぶか?」そばにきた吹雪桜人が声をかける。「連戦で、つらいんじゃないのか」

「平気です」錦之丞はナギナタを杖に立ち上がる。「フォロー、よろしくお願いします」

 桜人はにやりと笑うと、錦之丞の肩をどんと叩いた。「死ぬなよ」そうひとこと告げて、走り出す。

 錦之丞は了解の意味で片手をあげ、学食のある方向へ歩き出す。雷美先生はちゃんと眠れたろうかと、そんなことをふと心配しつつ。


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