6 裁縫は苦手
雷美は部屋に戻ったとき、猫子にひとつお願いをした。
「紫微斗さんに斬られた制服を直したいから、ソーイングセットを持ってきてくれないかな?」
「はい、いいですよ。でも、あんな血がついて破けたような制服捨てちゃって、新しいのを作ればいいじゃないですか。おんなじようなデザイン、いくらでも作れますよ。ここにはデザイナーさんもいますし、うちは制服は自由ですから」
「そうなんだけど、あれって思い出の制服だから」
「思い出?」猫子は笑った。「それなんですか? おいしいの?」
「おいしいよぉ。スタバのカフェ・フラペチーノくらいおいしい」
「あ、あれおいしいですよね」
猫子は能面のような笑い顔を頬に張り付かせた。
雷美はにっこりと無理に笑ってドアを閉める。
一人になって、ベッドに倒れこみ、身体の力を抜いた。
ソーイングセットが来るまでひと眠りしよう。
来なかったら来なかったでいいし。
彼女は眼を閉じた。
ほどなくして、ドアがノックされた。開けてみると、外に小箱をもった猫子が立っている。
「いやー、探しましたよ。こんなの持っている子、いなくて。地下の道具部屋でやっと見つけました」
「ごめんね、手間かけちゃって」
ネグリジェに着替えた雷美は申し訳なさそうな表情で、猫子の持ってきてくれたソーイングセットを受け取る。
「もう、ホントですよ」
口をとがらせつつも、笑顔で猫子はひっこむ。
ドアを閉めると、雷美は素早くネグリジェを脱ぎ去り、下着姿へ。受け取った箱の中身を確認し、ミニサイズのハサミを取り出す。小さいけど無いよりマシ。
まず最初に針と糸をつかって、切られた制服をだいたい直し、ついで部屋のカーテンを外す。
ベッドの上に広げて、端の部分にハサミを入れ、びーっと縦に切り裂く。
一度窓の下を確認し、地上までの距離を測る。十メートルから十五メートルといったところだろうか? カーテンの丈が一・五メートルくらいだから、十本は繋がないとならない。が、途中で切れられたら困るので、太めに裂いて、結び目は手足を掛けられるよう大きく二重に。これが案外長さを消費する。ということは、十本では足らない。が、カーテンにも余裕はない。
雷美は仕方なく妥協して、十二本までの細切れのカーテンをつないで、脱出用のロープとした。
つきに裂かれた白いセーラー服をきっちりと糸で縫う。裁縫は苦手だから、白地のセーラーに、赤い糸で、海賊の顔にあるようなど派手な縫い目がついてしまったが、まあ、これも仕方ない。準備万端整えておいて、雷美は身体中の汗を拭うと、ふたたびネグリジェに着替えて外に出た。
ドアの外で、壁によりかかってスマホをいじっていた猫子が、びっくりして顔をあげ、雷美のことを一瞬にらむ。が、その表情は半秒も続かずに消え、いつもの人懐っこい笑顔にもどる。
「どうしたんですか?」
にっこり笑ってたずねるので、トイレの場所をきいた。猫子は丁寧に説明してくれ、雷美は言われた通り廊下を進んで角を曲がり、そこで立ち止まって陰からこっそり猫子の様子をうかがう。
雷美が消えたと思った彼女は、素早く雷美の部屋にとびこみ、中を確認していた。
奥の壁のカーテンがなくなってしまっていることに、果たして彼女は気づくだろうか? カーテンを裂いて作った紐はベッドの下に隠してある。もしあれを見つけられたのなら、今夜の脱出計画はあきらめる。だが、これ見よがしにハンガーに吊った雷美の制服に目がいけば、おそらく……。
猫子はすぐにドアからでてきて、元いた場所にもどってスマホに集中している。画面に目をもどす瞬間、彼女がちいさく笑いをこらえているのを確認して雷美は確信した。
猫子は、カーテンがないことに気づいていない。雷美の下手っくそな裁縫でくちゃくちゃに縫われた制服にすっかり目が行ってしまったのだ。
何食わぬ顔でもどった雷美は、眠そうに猫子に「おやすみ」と告げてドアを閉めた。
きっちりカギをかけると、素早く動き出す。
まず靴を、ここへ来るときに履いてきたバスケットシューズに履き替え、ネグリジェを脱ぎ捨てると、赤い糸で縫った海賊セーラー服を着込む。
ベッドの下の奥の奥にかくした紐を引っ張り出すと、稽古に使った木刀の鍔付近に端っこを縛りつけた。この木刀をフック代わりにして窓に掛け、ロープを垂らすのだ。
雷美は部屋の明かりを消すと、薄闇の中、大量の布であるロープを抱えて窓に走り、変な警報装置がないのを確認してから、サッシを開け放った。外を見回し、見張りの有無をチェック。下の階の窓の明かりも一応確認して、そとに重たい布の塊を放り投げた。
ロープは夜風の中、音もなく落下して自重でまっすぐ垂れる。
雷美は、かなりの重量がかかっている木刀を手に窓枠を乗り越えると、建物の外、夏の夜空に身をさらして、風が吹く外壁に乗り出す。
夜風が彼女のポニーテイルとミニスカートの裾を揺らす。
木刀を窓枠にかけると、ロープの分だけ残してきっちり閉めた。こうすれば、木刀が外れることはない。紐をぐっぐっと引いて、きっちり鍔元にかかっているのを確認してから、雷美は掴んでいた窓枠から手を放して、ロープにぶらさがる。
体重がずっと手にかかっていて、これは絶対やばいのだが、もうこうなっては後戻りはできない。雷美は壁に足をつくと、落下しそうになる自分の身体に逆らって壁を降り始めた。いまになって後悔する、ロープをいっかい身体に巻いておけばよかったと。
つぎにやるときは、忘れずにそうしよう。そんなことを考えつつ、握力が終わってしまうまえに地上に到達しようと、彼女はロープにしがみつきながら、ゆっくりと手足を繰った。
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