2 七人の剣魔


「あの、この道着を着て、とりあえず道場にいけばいいんですよね?」

 雷美は道着を手に取る。

 このまま道場にいけば、嬲り殺しにされるかもしれないが、事ここに至っては致し方なしである。あれこれ考えても仕方ない。なるようにしか、ならないのだ。

 行ってみよう。そして柳生紫微斗と、その他の剣魔たちに会ってみよう。

 日本の歴史に名を残した、伝説の剣豪たち。その技を受け継いだ不屍者の王たち。彼らが持つ呪禁刀を奪うという雷美の計画は、事態がこうなってしまっては難しいが、ひとつこの目で確かめてみたい。

 どんな奴らなのか。


 仔猫みたいな女の子に案内されて、雷美は纐血城高校の第一道場へむかった。第一道場は地上七階。さっきいた雷美の部屋が三階だから、エレベーターで四階分上がる必要があった。

 がらがらと滑りのいいスチールドアをあけてもらって、おそるおそる中をのぞくと、そこそこ広い道場内は、真新しい板張りの明るい空間。うちの道場とは大違いである。

 中には何人かの人間がおり、固まって会話している一団と、隅でひとりもくもくと稽古する者が何人か。

 雷美は緊張し、道着姿の彼らを見回す。

 これが全員不屍者であり、過去の剣豪の技を受け継いだ剣魔であるのか? いっけん普通の人間に見えるのだが。


「あらぁ!」

 集まっていた一団のうちの一人が甲高い声をあげた。

 見ると、女性がひとり混じっており、こちらに向かって走ってくる。

 背が高く、長い髪はうねうねとうねる癖毛。それを頭のうしろで束ねている。異様にでかい胸が道着の下で揺れていた。

 爆乳! しかもノーブラかよ! 雷美は心の内で舌打ちする。

「市川雷美ちゃん?」

 目鼻立ち派手な美人だった。手に細身の木刀を下げている。腰には同じく木刀。こちらは小刀。

「待ってたよー!」彼女は目じりに皴を寄せて笑うと、雷美の手をとった。「はやくおいでよ。みんなもお待ちかねだから」

 その女は雷美の手を引くと、ぐいぐい引っ張って一団の中へ彼女をつれてゆく。


「みなさん、お待ちかねの市川雷美ちゃんです。生者だから、怪我させちゃ駄目よ。大事にあつかってあげて。本気で打ってったら死んじゃうかも知れないんだから」

「はあ?」そばにいる髪がぼさぼさの男が首を傾げる。「死んだら生き返らせてもらえばいいじゃねえか」

 彼は両手にそれぞれ黒鞘の日本刀を下げていた。

「いや、そうなんだけどさ」女は苦笑する。「天狼星にも、思惑があるのよ。えーと、自己紹介がまだだったね。あたしは、市川海老奈えびな。雷美ちゃんとおんなじ苗字だから、もしかしたら親戚かもしれないね」

「さあ、どうでしょう」雷美はとぼけておく。

「で、こっちの態度が悪いのが、土方ひじかた戦馬。でも、たぶんこいつがこの中で一番マシな奴だと思うけど」

 きゃっきゃと海老奈が笑う。

 細面で精悍な顔つきのボサボサ頭が一礼する。


「こっちのやつは知ってるね。雷美ちゃんを斬った柳生紫微斗しびと。もうすぐ天狼星と結婚式をあげるらしい」

「昨日ははすまなかったな」柳生紫微斗は、よく見るとちょっと女みたいな丸顔をしている。にっと笑うと八重歯が出て、なおさら女みたいだが、その剣技は神域に達していた。「侵入者だと思って斬りつけたんだが、ぎりぎりで、一刀流の女だと気づいた。危ないところだったよ」

「こいつが、雷美ちゃんを欲しがっているんだ」

 え?と雷美は紫微斗のことを見上げる。

 紫微斗は人懐っこく笑って片頬をゆがめた。

「一刀流の遣い手が欲しい。そのために、一刀流の呪禁刀を探させている。それが見つかれば君を殺して剣魔として甦らせる。だが、そのまえに、君の気持を聞いておきたい。限りある命の生者として儚く生きるか、永遠の生命を得て、人の死ぬことのない理想の世界で王の一人として生きるか、よく考えて結論を出してもらいたい」

「あたしを剣魔にするってことですか!」

 雷美はびっくりして聞き返した。こいつら、そんなこと考えていたのか。


「そうなんだけどぉ」海老奈が笑う。「剣魔にして生き返らせたところで、敵に回られても困るじゃない? なので、最初にその意思を確認しておけと、天狼星がね。もっとも、あたしたち七人がいれば、べつに雷美ちゃんひとり、敵に回しても倒せないことはないんだけどね」

 つまり、その気になれば、いつでも殺して剣魔として甦らせることが出来るとそういう意味だ。すぐにそれをやらないのは、単に呪禁刀が見つかっていないだけのこと……。

 雷美は、全身からいやな汗が噴き出すのを感じた。


「紹介を続けるね」海老奈がとなりの異様に長身の男を指さす。「このでっかいのが東郷とうごう鉄鎖てっさ。で、あっちで一人で刀抜いてるのが田宮刀内とうない。六道冥還祭のときに雷美ちゃんを投げ飛ばしたやつね。それで、あの端っこで棒振りしてるのが、夢想むそう権化ごんげ。あっちで座ってる暗い奴が卜部うらべ閻魔えんま

「卜部……」雷美が首をかしげる。「もしかして、新当しんとう流の……」

「そだね、本家の血筋だ。あ、そうそうだからあいつは塚原卜伝の剣技を降臨させている。そっちも紹介する必要があるか。えーと、田宮はいいね。田宮流。で、夢想権化は、夢想流の杖術。あ、じゃあ振っているのは棒じゃなくて杖か。あはははは、間違えちった。だから夢想流杖術の夢想権之助を降臨、と。で、東郷鉄鎖は、示現流の東郷重位ちゅういでしょ。んで、土方はなんだ? ……あ、土方歳三か。えーと天然理心流っていうんだっけ? 新しい時代の人だから佩刀が手に入りやすいよね。あとだれだよ?」


「おれの剣技の紹介がまだだ」

 紫微斗が告げる。

「そういえば、あんた、柳生家のだれなんだよ?」

「いまさらだな」紫微斗はあきれ顔。「柳生連也斎だ」

「おー、厳包としかねね」

「なにか、おまえにそう呼ばれると、腹が立つ」

「で、あたし、市川海老奈が、新免武蔵守玄信。こう見えてだから、ふふふ、雷美ちゃんも注意してね」


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