3 籠城戦


 現状、不屍者が聖林宇高に突撃してくる気配はない。正門の内側中央には、大きな石の台座が置かれて、穂影がつくった幣束へいそくが立てられていた。

 幣束とは、神主さんなんかがお払いのときにばさっばさっと振るあの白い紙のついた棒であり、とりあえず応急措置としてはこれで十分とのことだった。


 不屍者が聖林学園に入ることは、これで出来なくなった。となると、不屍者に雇われた人間が攻撃をしかけていくる可能性が高くなる。これに関してはもう、警戒するしかない。

 『テスラ・ハート』の捜索から外された一部の生徒会メンバーが屋上に配置され、周囲の監視を行っている。万が一の場合は、剣道部が敵の攻撃部隊の迎撃に出るという取り決めがなされ、そのため剣道部の練習は中止、木刀を所持して待機となっている。


 一方物資の搬入が止められたことを一刀斎豹介に報告に行った吹雪桜人は、豹介から「食料は切り詰めればいいから、飲料水の確保を優先せよ」と指示をうけ、校内の水の在庫のチェックと、プールへの貯水を開始していた。

 泰山府君祭の準備にとりかかった芹澤穂影は、体育館に巨大な祭壇を作り上げる指揮をとり、搬入された荷物の梱包を解いて準備を始めている。これに関しては、陰陽師である穂影以外の者には、その道具がなんであるかさっぱりわからず、それゆえどうにも準備が進まないとの報告が篠のところまで上がってきていた。


 では、彼女の弟子であるもう一人の陰陽師、山口百鬼はどうしていたかというと、彼は穂影の特命をうけて京都の晴明神社へ出発するための準備に忙しかった。

 穂影の説明によると、聖林学園で作った祭壇から、大地の玄気を龍脈という地面を走る霊的なラインに沿って打ち出すのだが、それをキャッチすべき受け皿となる神社が必要なのだという。聖林学園と纐血城高校を一直線に繋いだその先にある霊的なスポットとして、京都市上京区にある晴明神社こそが理想的である、という結論が穂影より出された。

 よって、百鬼は聖林学園で泰山府君祭が催される当日までに晴明神社に行って、その場所に受け皿となる祭壇を設営せねばならない。そのための準備に追われていた。



 そんな状況下で、雷美に任されたパートが呪禁刀の担当だ。

 呪禁刀を所持し、もし不屍者が襲来したら、これを殲滅。ただし、真剣を扱える者がいないため、そのメンバーは雷美と鐘捲暗夜斎の二人だけ。暗夜斎の技は信頼に足るが、なにせ高齢。となると、実質不屍者は雷美が斬ることになる。そのための待機が、泰山府君祭において、祭壇にすべての呪禁刀が祭られる瞬間まで続くことになる。

 いつ襲来するか分からない不屍者に備えるのが任務であるため、雷美と暗夜斎は交代で仮眠をとり、敵襲への備えを整えていた。


 雷美が骸丸をあずかり、暗夜斎には『おそらく猪首いくび』という脇差が渡されている。

 八振りある呪禁刀のうち、二振りが脇差、短い刀だ。ひとつが『おそらく猪首』で、おそらく造りという特殊な形状をしている。もうひとつが、『吽行切うんぎょうぎり』といって、これは大刀の『阿形切あぎょうぎり』と対になっていた。

 暗夜斎は、一番短いのがいいという理由で、『おそらく猪首』を腰に差していた。

 ちなみに、雷美は一刀斎豹介にも呪禁刀の所持を依頼していた。まず彼は体格がいいし、その筋肉も明らかに鍛え上げられている。しかも職業は研ぎ師。刀の扱いにも慣れているはずだ。

 が、豹介は飄々と雷美の依頼をかわし、「箸より重いものは持ったことない」とうそぶいて、講堂で刀を研ぎ続けた。まあ、彼には、各部署からの相談がひっきりなしに来るから、仕方ないなとあきらめたのであるが。



 そして、この忙しい時間の合間を縫って、校内の人間ほぼ全員に、『反閇へんばい』の訓練が施された。

 反閇とは、特殊な歩法で特定のステップを踏む呪術である。感じとしては、バージンロードを歩く花嫁とその父親がやる、あんなふうな歩き方。

 府君祭の当日、祭壇を囲んで、五芒星の形に人を配置し、その陣形を維持したまま全員同時にステップを踏んで動いてもらいたい。それが穂影の依頼であり、その反閇によって彼女の呪力を高めるのが目的である。

 穂影の説明によると、呪禁刀の呪力をこの反閇のサポートでもって、龍脈に沿って京都の晴明神社へ向けて撃ち出し、その経路上にある纐血城高校を粉砕するらしい。



 一日目はなにごともなく夜を迎え、体育館では着々と祭壇の設営が進んだ。


 二日目の朝、豹介の予想通り、水道が止められた。

 三越玄丈は、水の管理に心を配り、学食のメニューがほぼ止められる。昼食からは単一のランチのみ。飲料の販売はストップした。ただし、トイレ、水道の使用はまだ制限されなかった。


 その日の夕方には、穂影の祭壇は演劇部と茶道部の女子生徒の協力によりほぼ完成。手伝った女子生徒たちは、府君祭当日は巫女として働くことになる。準備の遅れていた百鬼は日暮れには車で出発。明日の朝には京都の晴明神社に到着するらしい。こちらの祭壇は簡単な物なので、方向を調べて、台を置き、そのうえに御幣ごへいを並べるだけ。三日目の昼には十分間に合うとのこと。

 全校生徒および職員の、反閇の練習も完璧で、当日の失敗はほぼない様子。メンバーから外されている雷美は、暇なときにちらりと見学したが、数百人が同時にステップを踏むさまは、壮観だった。


 体育館は男子禁制となり、穂影と巫女に選ばれた女子たちだけで祭壇が設営されていた。見学許可の下りていた雷美はちらりと覗かせてもらったが、体育館の中央に設置された白木の祭壇には、不思議な形の御幣がいくつも立ち並び、まるで白い紙と白木で作られたクリスマス・ツリーの林のようであった。


 翌日に『泰山府君祭』をひかえた二日目の夜。

 事前に仮眠をしっかりとった雷美は、翌早朝までの園長室待機。

 もし、纐血城高校が攻めてくるとすれば、今夜であろう。豹介の予想に従い、臨戦態勢を敷いた聖林学園は、それでも翌日の府君祭のために生徒を極力休息させていた。


 が、呪禁刀担当の雷美はそうもいかない。

 園長室に籠り、下の山道に仕掛けられたWEBカメラの映像を映すノートバソコンの画面をにらんでいた。

 ドアがノックされ、一刀斎豹介がコーラの小瓶を手に入ってくる。

「いやぁ、なんとか納期に間に合いそうだよ」どうやら研ぎの仕事のことを言っているらしい。「どう? 動きある? はい、差し入れ」

 コーラをくれた。

「あ、ありがとうございます」

 いまは飲料水制限がされているから、コーラはありがたい。が、これ、どこで手に入れたんだろう? 雷美は戸棚に栓抜きとグラス二つを取りに行きながら、状況を報告する。

「動きはないですね。纐血城高校が攻めてくる気配ゼロです。でも、そんなことあるのかしら?」


 パソコンの前に腰を下ろした豹介は「ふうむ」と唸る。

「やるとすれば、放火なんだがなぁ。それも、祭壇の準備が整ったあとがいい。いろんな飾り物をいっぺんに燃やせるから」

「こちらが泰山府君祭をやるってことに、気づいてないんじゃないでしょうか?」雷美はふたつのグラスにコーラを注ぎ分ける。「氷はないですよ。制限されてますから」

「ああ、ありがとう」豹介はぐっとコーラを飲み干して、口元を拭う。「気づいてないなんてことはないね。ここには敵のスパイが入り込んでいるはずだから」

「え?」さすがの雷美も驚いた。

「だって、そうだろ?」豹介は不敵に口元を歪める。彼の大きな手に握られたグラスがすごく小さく見える。「雷美ちゃんがきた直後、纐血城高校は呪禁刀の骸丸むくろまるを奪いに来た。その段階で、すでに骸丸のことを知っていたんだ。こちらの内部事情について、敵はあまりにも詳しすぎる。これは校内、しかもかなり園長先生に近い場所に、敵のスパイがいるってことさ」

 雷美はちょっとだけ目を見開く。


「誰だと思います?」

「さあ? でも、雷美ちゃんでないことは確かだな。あと、おれでもない。なんでって、骸丸がくるなんて話、おれ、知らなかったから」

 豹介はにやにやと画面をのぞきこみ、ちょっと嬉しそうにこう言った。

「来たな」

「えっ」

 雷美が横からノートパソコンの画面をのぞきこむと、カメラ映像のひとつに、暗視映像のグリーンの闇の中、白い複数の影が動いていた。


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