2 サムライを
一刀斎豹介が挙手した。
「ひとつ、いいかい?」
「どうぞ、豹介さん」
「纐血城高校の生徒が数百人いるとして、そいつらが力押しにこの聖林学園に攻めてきたとする。現状では三日間は持ちこたえられると思う。だが、ここは山の上だ。補給線を絶たれ、水道管を破壊されれば、備蓄の食糧飲料水では、その三日よりあとはない。三日以内に『テスラ・ハート』を発見できるなら良し。できないなら、もう手はないことになる。園長先生、三日以内に確実に『テスラ・ハート』を見つけられると、保証できるかい?」
篠は唇を噛んだ。珍しく難しい表情をしている。
「三日間と、期限を切られると、すこし難しいです。それに今は、他のことに人員を割いてしまっている状態ですし……」
「あの、ぼくからも、ひとつ、いいでしょうか?」百鬼が手を挙げる。「さきほども一部の方にはお伝えしましたが、正門の件なんです。もしかすると、あの構造では不屍者が入り込むことが可能かも知れない。お師匠様、お気づきになられましたか?」
百鬼の師匠である芹澤穂影は、彼のその言葉をきいて、にっこりと微笑んだ。
「百鬼、よくそこまで成長したねえ。たしかにあそこは、符呪の間隔が広い。あたしの読みでも、あれでは不屍者の侵入を許してしまいそうだよ。ただし、それは、ほんの一メートルもない針の穴のような間隙。その事実が不屍者に漏れていなければ、なかなかあそこを抜けて入り込まれることはあるまい。が、穴は穴。このあとすぐに、あたしが補強する符呪を地に施し、その小さな穴は塞いでおくから安心していいよ」
「ありがとうございます」百鬼が一礼し、篠が「助かります」と微笑む。
「と、なると……」穂影は、天井を見上げた。「やはり、あたしがやるしかない、みたいですねえ」
言った後で、にこりと笑い、皆を見回す。
「『泰山府君祭』で、纐血城高校を吹き飛ばします」決意をこめて、穂影は宣言した。「ただし、あたし一人の力では、難しい。そこで、みなさんのお力をぜひ、お貸しいただきたいのです」
「おれたちの力、でいいのかい?」
豹介が不思議そうにたずねる。
「はい、ぜひ」穂影は美しい顔をにっこりと歪める。「そして、さらにあの呪禁刀を使います。あの刀の力を開放し、その上でみなさんの力をお借りし、それによって得た大地の玄気を龍脈に乗せて撃ち出せば、あの堅牢なる不屍者の要塞を崩壊壊滅させること、可能でしょう。そのために、準備の期間として三日、いただけないでしょうか?」
「三日で準備できますか?」
篠が確認する。
「いたします」
美しい碧眼に力をこめて、芹澤穂影はしっかりとうなずいた。
聖林学園の籠城戦は、穂影が「纐血城高校を吹き飛ばす」と宣言したときには、もうすでに始まっていた。雷美たちは、ちょっとだけ後になってからそのことに気づく。
まず、午後の便で到着するはずの荷物が届かなかった。
学校の職員たちが問い合わせたが、業者の返答は煮え切らなかった。「ちょっと遅れます」、「たぶんもう着くと思います」、「明日になりそうです」。そんな感じだった。
一刀斎豹介は三越玄丈の報告を受け、「ふうん」とだけ答えた。
篠の推測では、比良坂天狼星は、政財界にパイプを持っており、動かせる財力も大きい。政府も財界も、篠と天狼星どちらが勝つかを、息をつめて見守っているのだろうと、これまたあっけらかんとしたものだった。
「財力があるんですか?」
一時的に骸丸の所持を許可された雷美は、園長室のソファーで待機していた。報告があればすぐに飛び出して、不屍者を斬るのが役目である。そのため骸丸は鞘にきちんと納まって、テーブルの上にどんと置いてある。
骸丸はなかなか現代風の拵えで、鞘は石目の黒、柄頭にはガイコツの意匠、鍔には表裏ともすこしポーズのちがう妖怪『ガシャドクロ』の象嵌が施されていた。
「比良坂天狼星は、政財界の者たちに、不死を売っているようです。政治家や資本家、名士や著名人。彼らに、死んだら生き返らせるという条件で、そのための契約書を発行して、莫大な報酬を得ているそうです。だれでも死は恐ろしい。死んだら生き返らせてやると言われれば、飛びつきますよね。ですが、天狼星と契約をした人たちは、半信半疑です。もし、『テスラ・ハート』が発見されて、それが作動すれば、生き返った自分たちも吹き飛びます。また、天狼星が呪禁刀によって斬られても、不死の術式は消滅し、不屍者は全滅してしまいます。だから、わたくしたちと纐血城高校のどちらが勝つか、様子をうかがって、勝った方につくつもりなのでしょう」
「なんとも小狡いですね。ま、それもひとつの生き残り戦略かな」
「はい。だから、わたくしたちは、
「さて、どうでしょうか?」雷美は苦笑する。篠の考えはすこし、理想を追いすぎると思うのだ。「サムライは
「そうですね」篠はにっこり笑う。「でも、きっといると思うのです。『漢』と書いて『おとこ』と読むような、そして『士』と書いて『サムライ』と読むような人が、まだまだ日本には残っていると思うのです。あ、雷美さんは女でしたね」
雷美はあいまいに笑って答えなかった。
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