3 不屍者の王


「父は我が身を守るため、その怪異な老人について慎重に調査を開始しました」

 篠は静かに語りだした。

「そして、おそろしい事実に行き当たるのです。相手は父の『反魂法』研究のスタートラインのひとつである、日本古来から伝わる死霊術の遣い手でした。名を比良坂ひらさか天狼星てんろうせいと言います。すでに死んだとされていた天才死霊術師でした。それが生きていたのです。そして、自らの死霊術を完成させようとしているようなのです。そしてその比良坂天狼星が追い求めていた知識の筋道を手掛かりに、父は天狼星の目的を割り出しました。天狼星は、死者を蘇らせようとしているのです。それも、単なる蘇生ではありません。死者の大量蘇生。まさに黄泉の国の門、黄泉平坂よもつひらさかの封印を解こうというものでした。大量の死者を不死身の状態で生き返らせ、この世を死者の国にしてしまおうという魂胆です。いったいどんな理由でそんなことを計画しているのかは分かりません。天狼星がどれほどの怨念をこの世に持っているのか、父には分かりませんでした。ですが、父は決意しました。比良坂天狼星の思う通りにさせるわけにはいかない、と。この世を死者の世界にしてしまうことは、なんとしても防がなければならないと」


 篠はつと目を上げた。雷美と視線が合う。篠の視線には、燃えるような光が宿っていた。


「父は新しい研究に手を出しました。甦った不死の細胞で構成された人体『不屍者』を殺す方法です。最初はヒーラ細胞に着目した父ですが、古書の記述にある不屍者は、ヒーラ細胞にはない、驚異の再生能力があることが分かっていました。不屍者は殺すことができない化け物なのです。が、一方で、黄泉の国から甦った不屍者を倒すべき方法が呪禁じゅごん道にあることを父はつきとめました。そしてその技術が陰陽道へ伝わり、一部現存していることも発見しました。呪禁刀です。呪禁師によりしゅのこめられた刀剣。それのみが、世のことわりから外れた不屍者を、本来の姿、朽ち果てた土くれに戻す力があるのです。ただし、呪禁道というものが失われてから数百年、その技の一部が陰陽道に伝わりましたが、それを知る最後の陰陽師も戦争を期に行方が分からなくなったと言います。父は必死に、現存する呪禁刀を集め、その破魔のメカニズムを解析しました。あらゆる分析を行い、精査し、やっとキルリアン撮影という手法で、呪禁刀がもつ定常高周波電流の存在を確認しました。そして、とうとう父は、この地球上から不屍者を一掃してしまう大システムを開発するのです。それさえ動かせば、この世から不屍者は消えてなくなります」

 篠は自慢げに胸を反らせる。

「えっ」雷美は驚いて目を見開く。「不屍者をこの世から一掃するシステムを開発……できたんですか?」


「はい」篠はえっへんといった感じでうなずいた。「父は研究の末、この世から不屍者を一掃するシステムを開発しました。その名も『テスラ・ハート』。このシステムを作動させれば、地球規模の電場変動を引き起こし、超高周波電流を地球の定常電場にのせて全地球に対して配信し、不屍者を地上から完全消滅させることができます」

「じゃあ……」雷美はほっとした。それなら自分が呪禁刀をつかってこれ以上不屍者を斬らなくて済むわけだ。別にこの人たちを放っておいて帰ってしまっても問題がないことになる。

「そうなんです」なぜか篠は眉をしかめた。「父はそのシステムを完成させ、この学園のどこかに隠したのですが、それがいったいどこにあるのやら……」

「え、見つけられないんですか?」

「はい」篠はにっこりと肯定する。「ですがいま、こちらの三越くんが先頭に立って、学園のどこかに隠された『テスラ・ハート』の所在を捜索しています」

 雷美はちらりと生徒会長の三越玄丈に目をやる。銀縁眼鏡の彼は、ちいさく会釈してみせた。


「ですが……」篠は、逆接の接続詞でもって続ける。「それは不屍者の側にも知られてしまって……」

「そうか、纐血城高校は、それを狙って襲来してきたわけですね」

 雷美ははじめて納得がいった。不屍者はその『テスラ・ハート』を恐れて、この聖林学園に攻めてきたのだ。

 ただし、不屍者は、この聖林学園内に入ることができない。そこで、生きた人間を雇って園長である篠を誘拐した……。


「迂闊でした」篠はちいさく首をすくめた。「まさか、不屍者が人間を雇って、学園内部に攻撃をしかけてくるとは、全く想像つきませんでした。不屍者の王、比良坂天狼星は頭がいいです。あの場に雷美先生がいていただけなければ、わたしたちはどうなっていたことか。これも刀の導きによるものだと、わたくしは思っています」

「その雷美先生というのは、やめてください」

「いえ、でも、一刀流の先生ですよね?」

「いや、先生というほどのことは……」


「そこで、最初の話にもどります」篠は立ち上がり、深々と頭を下げた。「『テスラ・ハート』が発見されるまででいいのです。必ず夏休み中に発見させます。ですから、それまでの間、当校にご逗留いただき、なにとぞ生徒たちに一刀流の剣技をご教授ください」

「園長先生」雷美も立ち上がった。「あたしは、一刀流の教授免許はもっていません。それでも宜しければ、一緒に稽古するという形である程度の教授はできます。ですが、こちらに逗留というのは少し難しいです。あと、これも変な期待はしていただきたくないのですが、剣術は、才能のある人間が十年二十年と修行して、果たしてそれでモノになるかならないかという種類のものです。ちょっとやそっと型を習ったくらいで、遣えるようにはなりません」

 篠は顔をあげ、心底悲しそうな顔をした。その顔を見た瞬間、雷美は自分の気持ちが揺らいだのを感じた。これはもしかしたら、帰ることはできないかもしれない、と思ったのだ。


「では、三日だけ。三日で結構ですので、こちらにご滞在いただけないでしょうか?」

「はあ、三日位なら……。でも、三日でなんとかなるんですか?」

「『テスラ・ハート』が見つからないうちに、纐血城高校は襲来いたしました。わたくしたち人類に手持ちの武器は呪禁刀だけです。そこで、わたくしたちは、その呪禁刀を使って戦ってくれるサムライを日本中から探し出し、雇おうと考えました。そして集めたサムライたちは、まさに玉石混淆。きちんとした剣術の遣い手は、ほとんどおりませんでした。きちんとした剣術家はいなかったのですが、幸運にもその中に……」

 誰かがドアをあけて、学食に入って来た。

 雷美はとうぜん無視して篠の話を聞き続けるつもりだったが、篠は入口の方へ視線をとばすと、ぱっと顔を輝かせた。

百鬼ひゃっき先生!」


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