3 三匹のガクラン


 ここから一体どうするか? 頭を高速回転させるが、どうにも良い手が思い浮かばない。

 このあと駅の裏手のコインパーキングで、拳銃を所持した二階堂と二人、来もしない聖林学園の使者と呪禁刀を待つことになるのだが、そのあとの展開がまったく読めなかった。

 雷美は眉間に皺を寄せて自分に言い聞かせる。

 考えろ、考えるんだ。拳銃を持った二階堂をどうにかする方法を。そう、少なくとも三人を分断することには成功しているのだから、篠の奪還作戦がまったく失敗しているわけでもないのだ。


 篠と雷美が先に後席に入り、そのどさくさに紛れて、篠が小声で「なぜ来たの?」とたしなめるように訊ねる。

「なりゆきです」

 ぼそりと答えて、雷美は篠の隣でシートベルトを締めた。

 二階堂から、「一条、運転してくれ」と言われたベータが運転席についてエンジンをかける。残ったガンマが、呪禁刀『骸丸むくろまる』の入った箱を抱えて中列のシートに腰かける。これで篠と雷美は、逃げたすことができなくなった。


「飛葉くん」篠が小声でガンマに告げる。「もうやめなさい。纐血城高校とかかわりをもつのは危険だわ。やつらは、わたしたち人間とは価値観がまったく違うの。それを理解せずに取引するのは、あまりにも危険だわ」

「だいじょうぶですよ、先生」飛葉と呼ばれた男、ガンマはにやりと笑う。「あいつら、人類の敵なんでしょ。まんまと一杯食わせて大金巻き上げて、こちらはとっとと国外に逃亡させてもらいますから」

 車はスムーズに発進し、そとの道路に飛び出す。これから手に入る大金に期待してなのか、心がすでに外国の南の島に飛んでいるからなのか、大型のワゴン車の走りは軽快だった。


「駅の裏っていうと、南口だな」

 二階堂の問いに「ああ」と雷美は応え、ちらりと後方へ視線を送る。

 はるか後ろを、ママチャリを必死に漕ぐ錦之丞が追ってきている。が、じりじりと距離が開いていく。

 がんばってちょうだいよ、錦之丞。雷美は心の中で祈る。いまは彼がついてきてくれることだけが、心の救いだ。

 雷美がまえを向くのと、運転席で一条が首を動かすのが同時だった。

「あの、二階堂さん!」

 緊張をはらんだ鋭い声に、二階堂が反応し、シートの中で身を起こす。

「どうした?」

 二階堂が問いかけるのと、ワゴン車の両脇を二台の大型バイクが猛スピードで追い越して行くのが、ほぼ同時だった。


「纐血城高校か!」

 二階堂が身を乗り出す。

 二台の大型バイクは、ワゴン車の前に飛びだすと、激しい蛇行運転をして走行妨害をし、ワゴン車を急減速させると、車の前方で無理矢理に停車した。一条が急ブレーキを踏み、車内の全員が激しく前につんのめる。ワゴン車のタイヤが悲鳴をあげた。

 雷美はシートの背もたれに手を突いて身体を起こし、フロントグラスごしに前方を見る。

 路上に二台のバイクが停められており、跨っていたライダーが、下馬する騎馬武者のような悠然とした動きで降りてくる。


「一条くん! 車をバックさせて!」

 篠が鋭く叫び、一条が吐き捨てるように言い返す。

「後ろにも一台いる。バックできない」

 見ると、後方にも大型バイクが一台止まっている。シートに跨った黒い学生服の男がヘルメットもかぶらずに、こちらを見つめていた。

 前の二台から降りた二人がゆっくりと運転席に近づく。こちらの二人もノーヘル、黒い学ラン姿だが、サムライみたいに、腰に日本刀を差していた。


 彼らはいずれも、黒い学生服をきっちり着込んでいるのだが、纐血城高校の制服は一種異様なデザイン。

 まず、上着が、コートのように長い長ラン。前が完全に開いている。そこから大小の刀のつかが飛び出している。

 胸の金ボタンは七つ縦に並んでいるが、ひとつとして嵌めていない。長ランの裾には大きなスリットが深く入っており、そこから刀の黒塗りの鞘がサメの尾びれのように突き出していた。

 穿いているスラックスは裾が太く、ベルト位置が高く肋のあたりというハイウエスト。ベルト下の位置に、朱色の角帯が巻きつけられている。そして、その帯に、黒鞘の日本刀が差されているのだ。しかも、脇差わきざし本差ほんざしという、まさにサムライみたいな二本差し。

 その二刀を差すための制服は、二本差し前提でデザインされた特殊なものというわけだ。

 腰に二刀を差した長身の男ふたりが、長ランの裾を翻しながら、颯爽と歩み寄ってくる。


「まずいぞ、二階堂さん、あいつ、仏生ぶっしょうだ」運転席の一条が警告する。

「だれだ、それ?」余裕を見せてせせら笑う二階堂。

「仏生信行。あの暴走族『ライデン』をひとりでぶっ潰したっていう、纐血城高校の切り込み隊長ですよ」

「切り込み隊長?」露骨にバカにした態度で二階堂は車のドアをあけ、手にした拳銃をちらつかせながら、近づいてくる二人の長ランの前に降り立つ。「おい、おまえら、それ以上近づくな。ムクロマルならやれないぜ。あとできっちり八本そろえて、おまえたちのガッコウまで届けてやるから、安心して待ってろっての」


「骸丸を手に入れたというのは、本当か?」

 背の高い男がたずねる。

 二人とも長身なのだが、一条が「仏生だ」と言った男は、本当に背が高い。身長百九十ちかくあるのではないだろうか?

「うるせえな」二階堂は舌打ちした。「だったら、どうだってんだよ。高校生のガキがっ!」

 二階堂はキレたように手にした銃をあげると、警告なしでいきなり撃った。


 威嚇のつもりか、この場の主導権を握るのが目的か、とにかく躊躇なく仏生の肩口に銃弾を撃ちこみ、黒い制服にぽっ!と穴が開く。仏生の巨体ががくりと揺れて、肩が、見えないパンチを喰らったみたいに後ろへ弾かれる。

 が、仏生はすこしだけ眉を不快気にしかめただけ。そのまま前に進む。

 暴走したように二階堂が銃を連射するが、着弾のたびに仏生の巨体はゆれるものの、歩を緩めず進む。その指が、刀の柄にかかり、反りを返す。


 二階堂の銃撃をものともせず、仏生は一足、さらに踏み出した。

 肩のホコリを払うように自然な動きだったが、つぎの瞬間、雷美の位置から見える二階堂の背中に銀色の刀が生え、それがすっと上へ走った。

 一瞬、なにが見えたのか分からなかった。

 だが、二階堂がばったりと倒れ、その向こうで仏生信行が、手にした日本刀をゆっくりと血ぶるいしている。

 ──斬った? 人を……斬ったの?

 さすがの雷美も我が目を疑う。


 人間を躊躇なく刀で斬ることも衝撃的だが、そのまえに、彼は何発もの銃弾をくらっているはず。にもかかわらず、怪我した様子の全くない纐血城高校の切り込み隊長は、平然と刀を鞘にもどす。銃撃されたのが嘘であるかのような態度。ただしその制服には、いくつもの弾痕が穿たれていた。

 仏生の行動にいっさいの躊躇はない。彼はすっと屈むと、地面から何かを拾い上げ、腕を伸ばして、手にした拳銃の引き金を連続で引いた。

 パン、パン、パンと、爆竹の爆ぜるような音が響き、車のフロントガラスがびしりと白濁して、一面のヒビで外が見えなくなる。運転席で、シートベルトに固定された一条の身体が着弾によって、びくんびくんと踊り、そのまま動かなくなる。

「ひいっ」

 悲鳴をあげて、雷美たちの前の席の飛葉がドアをあけて外に出ようとする。

「出ちゃダメ!」

 篠がさけび、飛葉が身をすくめる。

「早く車を発進させて!」

 篠が叫ぶが、運転席には一条の死体があり、あれをどかさないと車は発進できない。そうこうしているうちに、拳銃を手にした仏生が車のサイドに回ってくる。


「ひぃぃ」

 悲鳴をあげて身を縮こませる飛葉の腕に抱かれた細長い段ボール箱。窓の外からその箱を注視した仏生は、ワゴン車のサイド・ドアを開こうとする。

 もう一瞬の猶予もならなかった。

 雷美はシートから飛び出すと、小さい身体を利して、シートとシートの間を跳ぶように走り、運転席にとりつく。まだ暖かいがピクリとも動かない一条の身体に抱き着くようにして、股のあいだに片脚をつっこむ。手を伸ばし、シフトレバーを入れ、そのままつま先でアクセルペダルを蹴飛ばすように踏みつけた。


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