2 分断せよ


 雷美は工事現場に入る。

 入り口ゲートのアコーデオン・カーテンを乱暴に開いて、敷地内へ躊躇なく踏み込み、黒いワゴン車にまっすぐ近づいた。すでに犯人グループに見つかっている可能性もあるので、あまりキョロキョロせず堂々と歩を進める。前方のコンクリートの開口部から、かすかな声がきこえてくるのを確認して、すこし足早に近づく。


 声は悲鳴とかではなく、しずかに語る女性の言葉。蝉足篠の声のようだ。

 雷美は壁際からそっとのぞきこみ、中の様子をうかがう。

 園長先生蝉足篠は、積み上げられた鉄材の上に腰かけ、地べたにあぐらをかく二人の迷彩服になにかを語りかけている。すこし離れた場所に、手に黒い拳銃をもったもう一人がスマートフォンを耳に当ててじっとしている。三人ともすでに目出し帽は脱いでしまっている。素顔を隠すのはあきらめたのか、それとも単純に暑かったのか。


「……あなたたちは、聖林学園の元生徒ですね?」篠がしずかに語っている。「ちゃんと名前だって覚えていますよ、一条くんでしょ。成績の良かった一条くんならば、これがどういうことか分かるはずです。呪禁刀を不屍者たちに奪われるということが、わくしたち人類にとってどれほどの損失であることか。奴らは容赦がありません。あなたたちの大切な人もみな殺されて、不屍者とされてしまうのですよ」

 雷美はちいさく肩をすくめる。

 蝉足篠は、犯人相手に説教していた。ちょっと心配して損した気分。

 さらに様子をうかがうと、拳銃を持った男、二階堂の通話に相手が出たらしい。


「おれです、二階堂です」電話する時に声のでかくなるやつがいる。二階堂もそのタイプだ。大きな声で自分の本名を言っちゃっていいのかしらね? 雷美は苦笑しつつ、会話に耳をすます。

「日本刀を一本手に入れました。指示のあった『ムクロマル』ってやつです。……はい、これは確実に手に入れてます。ただ、残りの七本はまだ……、いえ! 失敗はしていません。すぐに手に入れます。そのための作戦は完璧ですから。……はい、今日中に連絡します。……はい、まちがいなく。……で、ムクロマルだけは二百万でいいんですよね? 残りは一本百万で……。はい、その通りにします。間違いなく。では……」


 二階堂は通話を切って立ち上がる。奴が口を開く前のタイミングで、雷美はわざと足音を響かせて中に入った。

 二階堂がすかさずこちらに拳銃を向け、地べたに腰を下ろしていた二人も立ち上がってナイフを抜く。

「なんだ、おまえ。どこから来た。……ん? さっき学校にいた女だな? どうやってここまできた」

 二階堂が拳銃を手にした余裕の表情でたずねてくる。


 雷美は立ち止まり、肩幅に足を踏み開くと、両手を腰にあてた。

「わたしたち纐血城高校の情報網を甘くみてもらっては困るな、二階堂」

「なんだと?」二階堂の表情に、瞬間的に驚愕の色がさす。「どういうことだ?」

「わたしたち纐血城高校は、おまえたちの動きを正確に把握しているということだよ」

 雷美は余裕の表情で尊大に語るが、内心ヒヤヒヤもんだ。実は膝もすこし震えている。

 だが、犯人グループの連中には効果があったようだ。互いにちらりと目くばせし、周囲に微妙な雰囲気がただよう。


 が、雷美はここで、自分のことを、大きな目を見開いて見つめている蝉足篠に気づく。

 篠は驚きに目を瞠り、まっすぐに雷美の顔に視線をおくっている。

 雷美は安心させるように、他の者の死角になる角度から、篠へむけて大きくウインクしてみせる。

 が、篠はちいさく否々と首を横に振る。危険なことはするなと言いたいらしい。が、いまは雷美が纐血城高校の人間でないと発覚することの方が危険だ。篠は雷美を止める事はできない。


「おい、一条」二階堂がたまらず仲間の一人に声を掛ける。コードネームで呼ぶのをすでに忘れている。「こいつは、纐血城高校の生徒なのか?」

「いや、おれも纐血城高校の生徒を全部知っているわけじゃないから……。でも、聖林の生徒でないことは確かだ。見たことねえし、制服もちがう」

「うん」ガンマが、ベータこと一条の言葉にうなずきつつ、別のことをつぶやく。「でも、たしか纐血城高校の奴らは、聖林学園に入れないって言われていたが、おまえ、さっき園長室にいたよな?」

「…………」

 なんだっけ、それ? 雷美は記憶をたぐる。そんなことたしかに、錦之丞が偉そうに語っていた気がするが、それ、他校生が入っちゃいけないってルールとかそういうんじゃないのか?

 ちらりと雷美が篠の顔をうかがうと、園長先生は難しい顔で口角を下げ、それと分からないくらい小さくうなずく。


「はっ! おまえらバカだな!」雷美は大声で叫んだ。「あたしはたしかに纐血城高校の手の者だが、あたしが纐血城高校の生徒だとは一言も言ってないぞ」

 そういって、胸の校章をぐいっと突き出す。その校章には、『星陵』と彫られている。

 一条とガンマは顔を突き出し、校章をしばし見詰め、そして顔をあげて雷美のことをみた。

「あたしは、星陵高校の生徒だ! ただし、纐血城高校と裏で手を組み、秘密裏に活動しているのだ」

 一条とガンマがあんぐりと口をあけて雷美を見上げている。その後ろで篠が不機嫌そうに雷美を睨んでいた。さすがは美人先生。怒った顔は怖い。

「おい、おまえ」背の低い雷美は上から見下ろすように、長身の二階堂に告げる。「いつまであたしに銃口を向けているつもりだ」


 すこし逡巡したのち、二階堂は黒い自動拳銃を下ろした。

 雷美は手ごたえを感じる。他人に対して主導権を握るには、まず小さい指示をだしてそれに従わせることだ。二階堂は雷美の言葉に従って銃を下ろした。雷美は自分がこの場の主導権をにぎったことを確信した。


 雷美は冷笑を浮かべ、二階堂に向き直る。

「おまえたち、実は失敗したんじゃないのか? このあとの作戦で残り七振りの呪禁刀を手に入れるとか報告していたみたいだが、具体的にどうするつもりだよ」

 雷美に小馬鹿にされて、二階堂はぐっと顎を引く。

「安心しろよ。これからこの園長さんを人質に、聖林学園側と交渉して、日本刀を手に入れる。そのための電話を今からかけるつもりだ」

「今から?」雷美は吐き捨てるように言った。「まだ何もしてないのか! 話にならんな。聖林側との人質受け渡し交渉なら、もうすでに、われわれ纐血城高校のネゴシエイト・チームが済ませているよ。お前たちはだからもう用済みだ。金は払ってやるから、その女を渡せ。われわれが欲しいのは呪禁刀のみだ。刀さえ手に入れば、あとはどうでもいい」

「だったら、先に金を渡せ。八本分、合わせて900万だ。おれたちの方こそ、欲しいのは金だけで、あとはどうでもいいんだ」


「よかろう。ではこのまま纐血城高校まで金を受け取りに来い」言ってしまってから雷美は、纐血城高校ってどこにあるのだろう? この近くだといいんだけど、とふと思う。「だが、その前に、呪禁刀七振りといえば、かなりの荷物だ。聖林のやつらから受け取ったそれらを運ぶのを、おまえら手伝え。900万も払うんだ。それくらいの仕事はしてもらうぞ」

「いいだろう。人質はどうする?」

「ここに置いて行き、刀を受け取ったら解放すればいい。見張りは一人でいいだろう」

「いや、ダメだな」二階堂は不敵に笑った。一度こちらに意見を言わせておいて、そのあとで否定してきた。


 雷美は心の中で舌打ちする。しまった。急ぎ過ぎたか。二階堂は、雷美の手の内を──正確には纐血城高校の手の内を読んだかのように、雷美の提案を蹴った。

「この隠れ家はおまえたち纐血城高校にバレてるみたいだからな。人質の園長さんは、別の場所に移動させてもらう。おまえたちに横取りされても、つまらないしな」

 悪いやつは、悪知恵が働く。

 雷美は心の中で気づかれないように舌打ちして、しかし顔では多少呆れた表情をつくりながら、うなずいた。

「いいだろう」

 別の場所。隠れ家パート2が用意されているということか。それがここからそれほど離れていない場所であることを、いまは祈るしかない。すなわち、ママチャリで追跡してくれるはずの錦之丞が撒かれてしまわない程度の距離であればいいのだが。


「じゃあ、さっそく移動だ」二階堂はせっかちにも立ち上がる。「まずは刀の受け渡し場所に向かう。そこにおまえとおれで降りて、聖林学園側と取引だ。その間に、ベータとガンマは、園長さんを車に乗せてその辺を流していろ。刀を受け取ったら、その場で園長さんを下ろし、園長さんには無事であることを聖林学園に連絡してもらう。それでどうだ? おれたちは、それで金をもらえるってことでいいな?」

「かまわん」雷美は尊大な態度でうなずきつつ、頭の中でこの状況のリカバリー方法を考える。園長先生を乗せた車を走らせ続けるだって? それじゃあ園長先生の奪還が難しい。

 しかも、取引場所も、取引相手の聖林学園の人間も、架空だ。雷美はそれらをまったく手配していない。


「受け渡し場所はどこだ?」

「は? ……あ、え、えーと」雷美の言葉は、完全な出任せ。「駅の裏にある駐車場を指定してある」

「駅の裏の駐車場?」二階堂が首を傾げる。「コイン・パーキングのことか?」

「そうだ」とりあえずここは二階堂の言葉にのっかっておく。が、雷美の視線は思わず泳いでしまい、その拍子に、奥のコンクリート柱の影からこちらを窺う錦之丞と目が合う。雷美は小さく否々と首を横に振る。

「よし、とっとと終わらせちまおう。金さえもらえれば、おれたちはこの国から出ていくから、あとはどうなろうと知ったことじゃねえや」

 他の二人の迷彩服も、二階堂に従うように立ち上がり、篠もおずおずと立ち上がる。

 雷美は仕方なく、四人にしたがって建設中のマンションを出て、停めてあるワゴン車へ向かった。

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