6 襲撃


「動くな」

 拳銃を手にした先頭の男は、さっと室内を見回し、この場にいるのが篠と雷美、錦之丞の三人だけであることを確認する。

 一瞬目をぱちくりさせて茫然と立ち尽くした雷美と錦之丞だが、篠だけは毅然とした態度で彼らを一喝する。

「なんですか! あなたたちは! ここは学校ですよ」

 反射的に先頭の男が自動拳銃の銃口を篠に向ける。

「静かにしろ。全員その場を動くな」

 男の声には緊張が感じられない。

 雷美は黙って手を上げながら、ちらりと錦之丞を確認する。

 これはなにかのイベントとかサプライズだろうか?という想いが脳裏をよぎったのだが、錦之丞の表情は心底を虚を突かれたもので、血の気が失せている。


「園長はおまえか?」

 男が拳銃を向けたまま篠に歩み寄る。篠は顔色ひとつ変えずに相手の目を見詰め返す。

「そうです。わたくしが園長の蝉足せみたり篠です。あなたたち、何が目的ですか? ここに入ってこられるということは、纐血城高校のではないですね?」

「おれたちが高校生に見えるかよ?」ちょっとバカにしたような声をだして、男は銃口を篠の額につきつける。「いっとくが、オモチャじゃないぜ」

「なんの御用でしょうか?」

「ここにある刀をもらいにきた。全部だ。七本全部。あと、ムクロマルってのも他にあるって聞いたんだが」


 篠が大きく目を見開き、壁際に立つ錦之丞が「えっ」と声を上げ、テーブルの上を振り返ってしまう。雷美は心の中で、バカ!と叫んだが遅い。

 ナイフを持った男の片方が気づき、テーブルに駆け寄る。

「二階堂さん、これだ!」

「バカっ! 名前を呼ぶな!」拳銃の男は激して銃口を仲間に向ける。銃を向けられた男は、びくりと首をすくめて「すみません」と小声で謝ったのち、「アルファ……」と、事前に決めてあったとおぼしきコードネームを口にする。

「いいから、それを持ってこい」


 アルファというコードネームの『二階堂さん』はふたたび銃口を篠に向けると、壁一面のガラスケースを顎でしゃくった。

「ここにある日本刀、全部いただく。ケースの鍵を開けな」

「お断りいたします。これは人類を滅亡から救う最後の希望です。ここで安っぽい暴力に屈して、欲に目が眩んだあなたたちのようなやからにむざと渡すわけにはいきません。お引き取りください」


 篠は毅然とした態度で言い放つ。美しい顔が蝋のように白く、怒りと恐怖から血の気が引いているのが見て取れるが、彼女の目には強い光が宿っている。

「ふん、おまえ、この拳銃がオモチャだとでも思ってるか?」

 やにわに男は銃をガラスケースに向けると引き金を引いた。

 耳の鼓膜が破れるような破裂音が室内に響いて、拳銃が撃発し、銃弾がガラスケースを叩いた。きーんとくる耳鳴りと、花火くさい硝煙のにおいが室内に立ち込めた。

 雷美は「きゃっ」と声をあげて首をすくめて、思わず手で耳をかばい、迷彩服の男たちも、リーダーの突然の暴発に唖然となる。が、それ以上にその場の全員が驚いたのは、銃弾を受けたガラスケースが、びくともしなかったことだ。


 銃撃をくらい、びくんと跳ねたガラスケースだが、割れることなく銃弾を跳ね返した。そして跳弾に撃ち抜かれ、部屋の反対側の棚に置かれた花瓶が、がちゃんと派手な音を立てて割れている。

「防弾の強化ガラスです」至近距離での拳銃の撃発に驚きつつも、篠が気丈に言い放つ。「ハンマーで叩こうが、椅子で殴ろうが、大人の男の力でも破壊するのに、そこそこの時間がかかりますよ。それに、いまの銃声を聞いて、警備の者がすぐに駆けつけてきます。当校の警備員は自衛隊の空挺部隊出身の者が……」

「うるせえ!」追い込まれた二階堂はヒステリックに叫び、銃口をこんどは雷美に向けた。「園長先生、一緒に来な。さもないと、大事な生徒を撃つぜ」


 篠は口をつぐんだ。

 雷美はぎょっとして身を固くする。ちなみに、彼女があとから聞かされた話では、この学園に警備員はおらず、自衛隊空挺部隊うんぬんというのは、篠がこの場で思いついたはったりなのだそうだ。

「おい、兄ちゃん!」二階堂はふいに錦之丞を振り返る。「この園長先生を人質にとる。返してほしければ、ここにある日本刀七本! 耳をそろえて持ってこい。さもなくば園長先生の命はないぜ」

「わかっているわね、萬屋よろずやくん」対して篠は別のことをいう。「あたしはどうなってもいいから、絶対に呪禁刀を渡しては駄目よ」


 錦之丞は茫然として視線を左右に泳がせ、なんと答えていいのか分からない様子。

 だが、二階堂は構わず篠の腕を引いて力任せに歩き出した。

「いかないで、園長先生!」

 泣きながら、雷美が篠に抱き着く。

「大丈夫だから、市川さん」篠がやさしく雷美の背中をなでる。「すぐに帰ってきますから」

「でもぉ」

 篠のウエストに手を回し泣きじゃくる雷美を二階堂が強引に引き離した。

「いいか、警察には通報するな。刀さえ持って来れば、園長は無事に引き渡す。あんなもん、買う時は高いが、売ってもどうせ大した金にはならないんだろ? だったら悩むことはねえだろ」

 捨て台詞を残した二階堂は、力任せに篠を引きずり、ドアに向かう。そのあとから、ナイフを振りかざして雷美と錦之丞を威嚇しながら、残りの二人が従う。うち一人は、骸丸が入った段ボール箱を脇に抱えている。

「場所はあとから連絡する。いいか、警察には黙っとけ。その方がおまえたちのためだ!」

 三人は来た時と同様乱暴にドアを蹴り開けると、そのまま篠を連れ去った。


 彼らが出ていき、室内がしんと静まりかえると、雷美はふいに動き出した。ポケットからスマートフォンを取り出すと、指先を素早く動かす。

「錦之丞、あんたの携帯貸して」

 見もしないで手だけ出す。

「持ってないですよ。うちの学校、携帯禁止だし、全寮制で必要ないですから」


 雷美は目を上げて錦之丞を見上げると、「ちっ」と聞こえよがしに舌打ちし、壁際のパソコンに駆け寄って電源ボタンを押して起動する。ブラウザを立ち上げ、手早く別アカウントを打ち込む。そして、ポケットから赤いスマホを取り出して操作。

「良かった。ロックがかかってない。これを使わせてもらうわ。園長先生の位置をスマホのGPSを使って追跡する。マップに表示しといたから、あんたら学校の人間はこの画面で園長先生の位置を確認してあたしに伝えて。あたしはあいつらを追うから」


 言うや否や駆けだそうとする。

「え、ちょっとまってくださいよ。これ、園長先生のスマホの位置情報なんですか? それにぼくは市川さんの番号を知らないし」

 立ち止まった雷美は振りかえり、手にした赤いスマートフォを振って見せる。

「その位置情報は、あたしのスマホ。さっき抱き着いたときに、園長先生のとすり替えたの。だから、こっちが園長先生のスマホ。人質がスマホをふたつ持ってたら疑われるでしょ。だから、連絡は園長先生の番号へお願い。それと、あのマウンテンバイク借りるから」

 雷美は走り出した。

「って、ええっ? 市川さん、あいつら追うんですか?」

 ドアから飛び出してゆく雷美の声だけが残る。

「追うわ! どうせ山の下まで一本道でしょ──」


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