5 雷美
「市川雷美さん?」篠が目を大きく見開く。「素敵な名前ね」
「市川雷美?」錦之丞が聞こえよがしに大声をあげた。「変──」な名前と言いかけて、ぎろりと睨まれ、口をつぐみ、ややあって付け加える。「……素敵なお名前です」
「雷美さんは、鷹沢『善鬼』陽一先生の、お弟子さんなのかしら? もしかして、あなたも一刀流を?」
篠が期待のこもった目で雷美を見下ろすが、彼女は首を横に振る。
「いいえ。ただ家が隣なだけですから」
「そうですか」
篠は落胆し、目線を落とす。
「あの、これ」
早く用事を済ませようと、雷美は背中からギターケースを下ろして、ソファー・テーブルの上におく。ファスナーを開き、中から細長い箱を取り出した。
ギターケースの中に入っていたのは、ギターではなかった。
段ボールの、ちょうど通販でカレンダーとかを買ったときに送られてくるような細長い箱。ただしずいぶん大きい。長さ一メートルくらいあり、ビニール紐で十文字に縛ってあった。
「お預かりして、よろしいかしら?」篠が一礼し、雷美からその箱を受け取る。「これが、
「そういう名前なんですか?」雷美は大きな目を上げて篠を見る。「中身は、日本刀とだけ……」
「
篠は壁一面に展示された日本刀を示す。
ガラスケースの中に、ずらりと並んだ日本刀。長い物や短い物。大小セットの物。
そのすべてが、柄を嵌められ、鍔のついた状態で刀掛にかけられ、抜き身のすぐ下にはぴかぴかの鞘まで展示してある。
日本刀とひと口にいっても、いろいろな形があり、拵えの材質や色、デザインまで千差万別だ。刀身自体も、反りのきついものから緩いもの、波紋の激しい物から大人しい物、またよく見ると切っ先の形状や鎬の立ち方まで千変万化。そして、篠のこだわりで精妙に設置させたLEDライトの白色光をうけて、光輝を反射させる刀身の地金にまで、それぞれに個性があった。
木目のような、あるいは霜降りのような、そして鏡面のような金属の肌合い。
「呪禁刀?」
雷美は首をかしげる。
「そうです」きっちり肯定しておいて、篠はたずねた。「呪禁刀。ご存知ない?」
雷美はもう一度、首を傾げる。
「いいえ、初めて聞きます」
「
「これ全部」雷美は口をぽかんと開けて、壁一面に展示された刀剣を指さした。「その、じゅ……」
「呪禁刀」
「呪禁刀なんですか?」
「はい」おごそかに篠はうなずく。「わたくしたち聖林学園は、故あって呪禁刀を集めております。このたびは鷹沢先生のご協力により新たな呪禁刀『骸丸』をお借りすることが出来ました。鷹沢先生におかれましては、貴重な刀剣を当校にお貸し付けくださり、感謝の念に堪えません。そうお伝えください。また、その呪禁刀の遣い手として、当校ではサムライも探しておりまして、可能ならば是非にも鷹沢先生にご尽力いただきたかったのですが、ご病気ということでは致し方ありません。ご自愛くださいませと、どうか」
「はあ」雷美は分かった様な分からない様なリアクションで頭を下げると、
「では、たしかにお預けいたしましたので」と空っぽのギターケースをとりあげる。
「あ、いま受け取りを書きますね」
篠があわてて執務デスクに駆け寄ろうとしたとき、乱暴にドアが開いた。
蹴破るようにして園長室に突入してきたのは三人。見知らぬ男たちだった。
彼らはいずれも、濃緑色の迷彩服に身を包み、足には武骨な編み上げブーツ、頭には目の部分だけ穴が開いた黒いニットの目出し帽をすっぽりかぶって顔を隠している。
三人とも身体が大きく、格闘用グラブを嵌めた手には包丁の二倍くらいある大きなサバイバル・ナイフを持ち、ただし先頭の男の手にだけは、ナイフのかわりに、黒くて四角い自動拳銃が握られていた。
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