4 やってきた女子高生


 その女子高生は、暑い中、額にうっすらと汗を浮かべながら、聖林学園へとつづく長い坂道をのぼってきた。

 背は低く小柄で、痩せてはいないが太っているという訳でもない。大して美少女でもないが、目は大きく切れ長。茶色く染めた長い髪をポニーテールに束ね、歩くたびにそれが頭のうしろで揺れている。

 白地のセーラー服は夏用の半袖。濃紺のスカートはちょっと短めだ。足には履き古したバスケット・シューズ。背中に大きなギターケースを背負っており、一見して他校の軽音楽部の女子部員のようだった。


 彼女は聖林学園の正門の前で一度立ち止まると、左右を見回し、校名を確認したのち、敷地内に踏み込む。躊躇なく校庭を横切り、真正面の校舎をめざした。

 聖林学園の校舎は、白い壁の洋風建築。横長の校舎の中央が時計塔になっており、高い位置にある大きな時計の針が朝の八時を指している。

 彼女は胸ポケットから取り出したスマートフォンで現在時刻をチェックし、時計塔の時計が正確であることを確認した。

 そして、そのまま校舎中央の昇降口まで歩を進め、ちょうどその場に居合わせた男子生徒に歩み寄る。


 男子生徒は背が高く、半袖シャツにチェック柄のズボン。おそらくはこれが聖林学園の制服であろう。彼女がちかづくと、彼は気づいて振り返り、昇降口わきに立てかけようとしていたマウンテンバイクに手を掛けたまま挨拶してきた。


「あ、おはようございます。うちの学校に用ですか?」

「ええ。蝉足せみたりしのって人に会いに来たんだけど」

 彼女はぶっきらぼうに答えて、猫みたいに大きな目で男子生徒のことを見上げる。

「あ、うちの園長先生ですね、それ。もしかして、サムライ関係の方ですか?」

「は? なにそれ」

 不機嫌そうに答えた彼女は口を尖らせて付け加える。

「たのまれて、届けに来たものがあるんだけど。鷹沢陽一の代理の者だと伝えてください」

「あ、じゃあ、園長室までご案内します。どうぞ」


 男子生徒は女子高生を校舎内にうながすが、彼女はその場を動かずに外を指さす。

「自転車。鍵かけ忘れてるよ」

「ああ、あれはぼくの私物じゃなくて、学校の共有物なんです。だから、校内に置いている限りは鍵はかけないんです」

「へえ、そうなんだ」

 女子高生はちょっと変な顔をする。学校共有の自転車なんてもの、世間一般ではあまり存在しないのだから、当然だが。

 男子生徒は、女子高生を案内して、5階にある園長室へと直通するエレベーターへ向かった。


 彼のうしろをぱたぱたと歩く女子高生が、ふいに声をかける。

「ねえ、あんた、なんて名前?」

「え、ぼくですか?」男子生徒は振り返り、名前を告げる。「萬屋よろずや錦之丞きんのじょうといいます」

「変な名前ね!」すかさず言い返された。「なにそれ、ご両親どういうセンスしてんのよ」

「べつに普通の名前だと思いますけれど」つい口を尖らせてつっけんどんに応じてしまう錦之丞。「そういうあなたは、なんて名前なんですか?」

「べつに、あたしの名前なんて、どうだっていいじゃない。変なこと訊かないでよ、この変態」

 名前を訊くことのどこが変態なんだと錦之丞は腹を立て、そのまま二人は険悪な雰囲気のままエレベーターに呉越同舟し、黙り込んだまま錦之丞が園長室のドアをノックした。


「はぁい」

 可愛らしい声がして、長身色白の蝉足篠が顔をのぞかせる。殻を剥いたゆで卵みたいな、つるんと白い美貌が外の二人を見て、にっこりと笑う。

「どうぞ、二人ともお入りなさい」


 錦之丞は一礼して入室し、あとから彼女が入ってくるのを待つ。

 聖林学園の園長室は、ちょっとしたホテルのスイートルームくらい広かった。

 突き当りの壁は、南向きですべてがガラス張り。地上五階から、学園の校庭と正門が見渡せ、さらにその先に城址公園の鬱蒼とした森、いまはその中に屹立する纐血城高校の尖塔も見える。そして赤石山の山頂に建つこの学園の最上階にあるこの園長室からは、遠く赤石町の街並みと、そのさきの川越市街までを見晴るかすことができた。


 そして、その窓を背にするように園長の執務デスクが置かれ、手前にはソファーセット、反対側には会議用のテーブル。右の壁には大型テレビと複数のモニター。PCとファックス・プリンター、すみの一角はミニシアターにもなっていた。

 が、やはり圧巻なのは、左側の壁だろう。


 一面ガラス張りのショーケース。その中に八振りの刀剣が飾られている。ちょっとした博物館か美術館といったおもむきだ。

 展示台の脇は書棚になっており、刀剣関係の書籍から時代小説、DVDソフトがきちんと整理されて納まっていた。

「初めまして、わたしが聖林学園の園長の、蝉足篠です」

 ぽかんと、壁一面に飾られた日本刀を見上げていた女子高生が、はっと我に返り、頭を下げた。


「初めまして。鷹沢陽一の代理で来たものです。荷物を預かって参りました」

「まあ、鷹沢先生の……」篠はにっこり笑い、そして尋ねる。「ご病気だと伺ったんですが、おかげんは如何かしら?」

「良くはないですね」女子高生は無表情に答える。「もうずっと入院していますから」

「そうなんですか」篠は驚き、手で口元をおさえる。「残念です。鷹沢先生には、ぜひとも私達の力になって頂きたかったから……。ときに、あなたは、鷹沢先生のご親族の方かしら?」

「いえ、隣に住んでいるだけです」

「お名前は?」

「え?」

「いえ……、あなたの、お名前」

「ああ、あたしの名前ですか」女子高生はきょとんとして、目線を壁の日本刀へ走らせる。「ええと、あたしの名前は……」

 彼女は考えるように視線を走らせ、その目がDVDラックに納まった時代劇コレクションへ。

 『用心棒』、『影武者』、『隠し砦の三悪人』。昔の時代劇の映画だ。単発の映画ばかりではなく、シリーズ物もある。『座頭市』、『宮本武蔵』、『眠狂四郎』。

「ええと、あたしの名前は、市川……」女子高生は、ちょっと考えながら名乗った。「雷美らいみ、市川雷美です」


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