3 園長の決断
聖林学園の園長室は、南校舎の中央塔、俗称『時計台』にある。
地上5階。この場所からだと、学園の校庭から正門までを一望でき、さらにその向こう。森の下に広がる赤石城の城下町ともいえる赤石市の市街まで見渡すことが出来た。極めて絶景であるが、そもそもがこの眺望は、江戸時代に建立された赤石城天守閣からの眺望と等しい。そんな、見事な景色をガラス越しに眺めながら、
彼女は来年には三十路を迎える、いわゆるアラサー女子である。が、その容姿は妙に幼く、整った美貌と、乳のように白い肌、長く艶やかな髪をアップにまとめ、細身で長身であることもあって、学園長ではなく、学園長の秘書と間違われることが多かった。
その彼女の背中を、園長室に集まった男たちが息をつめて見守っている。
テーブルについた学年主任の柴田が、今回の問題について、さきほどまで他の教諭たちに低い声で説明していた。もっともわかい教諭である池波は「まさか」と半笑いの声をあげ、年老いた講師の藤沢は「ええっ?」と心底驚いた様子。
この場に集まってもらったのは、教師たちだけではない。
生徒会長の三越
柴田主任の説明をうけて一同黙り込んでしまったその沈黙を打ち破ったのは、生徒会長三越の咳払いであった。
「あの」がたりと音をたてて立ち上がる三越が声を発する。「これは現実なんでしょうか? 正直ぼくたちは、そんな話はただの言い伝えとか都市伝説のたぐいであり、失礼ながら先代園長の妄想であろうと噂してました。まさか、一晩のうちに城址公園に謎の高校が建設されたり、そして本当に、
「ですが、こうなってしまった以上、事態は一刻の猶予もなりません」柴田の声が蝉足篠の背中に突き刺さる。「園長、可及的速やかに、生徒たちの避難を」
篠はそっと眉をしかめた。
学年主任の柴田は生徒のことを心配しているのではない。自分がまっさきに逃げ出したいのだ。だが、ここを放棄して逃げ出して、そのあとはどうなる? 死んだ者を蘇らせた『不屍者』は殺すことができないのだ。ある特殊な道具を使わぬ限りは……。
「でも、避難したとして」生徒会長の三越が、篠の気持ちを代弁する。「どこに逃げます。やがてあの不屍者の軍勢は大挙して押し寄せ、やがては日本中を、いや世界中すら制圧してしまうかもしれない。戦うしかないと思います」
「戦うといっても……」
「
三越が指摘する。たしかにそう。不屍者を倒せる唯一の武器、呪禁刀がこの学園にはある。だが、しかし……。
「たしかに、呪禁刀はある」柴田は冷静に応じる。「だが、だれが使う? 剣道部にやらせるのかね? 馬場コーチ、それは可能なのですか?」
腕組みして微動だにしなかった剣道部の馬場コーチが身じろぎするのが、背中を向けた篠の見つめる窓ガラスに映る。
「わが剣道部は、このときのために、実戦的な試合形式の稽古をメインにトレーニングを積んでまいりました。部長の真田君を筆頭に、全国大会でも十分優勝が狙えるほどの実力を有しております。相手は不屍者とはいえ、しょせん高校生でしょう? 警視庁の助教クラスを相手のするわけではない。じゅうぶん勝てます」
「だが、すでに二人、木刀で頭部を激しく殴打され、救急車で運ばれていますね」柴田は冷静だ。「これが真剣勝負、比喩表現ではなく、ほんとうに真剣を使った勝負ではどうですか? 本物の日本刀で斬り合って、果たして不屍者を倒すことができますか? 今度は、ことによると入院では済まなくなる可能性もあるんですよ」
まったく、その通りである。
昨晩、突然に出現した纐血城高校。そこの生徒と称する不屍者に、剣道部員二人が重傷を負わされ、救急車で運ばれた。
これは、篠が、そして彼女の父である蝉足藤兵衛が思い描いたシナリオとは、激しく逸脱した展開だった。
聖林学園を設立し、不屍者の襲来に備える。不屍者を唯一滅せるという呪禁刀を集め、その遣い手を育成する。そのために、聖林学園は剣道部の活動に力を入れてきた。
が、その剣道部員が二人、纐血城高校の不屍者によって、──しかも相手はたった一人だという──あっさりと病院送りにされてしまった。これで果たして、何百人といるであろう不屍者の学園、纐血城高校を撃退することができるのだろうか?
「三越くん、生徒会の方では、校内に隠されているというあのシステムの捜索の方は進んでいるのかね?」
柴田がいじわるな質問をした。
「いえ」三越玄丈は声をおとし、しどろもどろに言い訳する。「なにぶん隠し場所に関する資料が一切ないもので……」
「そんな、あるかどうかも分からない謎の機械に頼っても仕方ない」馬場コーチが鼻で笑うような声で揶揄する。「もっと確実に敵を討つ方法を検討すべきだ」
「では、剣道部が纐血城高校を倒すというのでしょうか?」
柴田もあざ笑うような声をもらした。
篠は目を凝らし、椅子にすわる剣道部部長の真田広之進の様子をうかがった。
彼は、首をがっくりと折り、この場にいるのが申し訳ないように体を縮めていた。
篠は決断した。
やはり剣道部だけに責任を負わせるのは、厳しい。別の手を考えるべきだ。
彼女はくるりと振り返り、園長室に集まってくれたみんなの顔をぐるりと見回し、口をひらいた。
「サムライを雇いましょう」
篠は宣言した。
「日本中から腕の立つサムライを雇い、あたしたちの代わりに不屍者と戦ってもらうのです」
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