あと一歩……。

第1話

弟は、なにをやっても兄を凌ぐことはできなかった。すべてにおいて何事にも兄に勝つことができない。

それは文字通りいつも鼻先、僅差なのだ。弟がテニスの大会で準優勝したら兄は、その大会で弟を下して優勝。

そして不思議なことに兄が不振で入賞できない時には、弟は入賞圏内にも入らない。兄が勝って、あと一歩のところで弟が負ける。

これは不思議なほどに、二人の人生を支配していた。もはやそれは二人の法則だというがほどに、　

当然のごとく弟は兄を嫌悪した……。あと一歩で勝てない目の上のたんこぶのような兄……。

それが嫌悪から憎悪に変貌していくのも時間の問題だった。絶対に俺は奴には勝てない。

その思い込みはやがて弟の意識を支配するようになっていった。そして弟は兄を殺すことを決意する。

奴を殺せば俺は絶対的な勝者でいられることができる。狂ってはいるが少なくても弟にとって勝利というものに届く前に存在する。

小骨なくすことができるのだ。兄を殺したら兄に初めて勝つことができる……。弟はナイフを用意した。

そして、その日の夜、兄が就寝している時を狙って刺す。夜が来た。弟は、兄の部屋に向かって、そっとドアを明けた。

兄は、ベッドで寝ていなかった。弟に背を向け、窓際の机に座っていた。今、自分は兄の座っているすぐ背後でナイフを持ったまま立っている。

絶好の機会だ。弟は考える間もなく。兄の後ろにそっと近づき、思い切り兄の横腹にナイフを突き刺した。

思ったより、あっけなくナイフは兄の体の中に吸い込まれていった……。これですべてから弟は開放された。

もう、これで終わった……。滴り落ちる血……。しかし兄は、何の反応もない。普通、体をナイフで貫かれたら、

痛いの痒いのいうだろ……。しかしビクリとも動かない兄。そしてよく見ると、兄の右手首から血が流れ、左手にはナイフが握られていた。

机の上に兄の書いた書き置きがあった。

「俺は、もう弟に勝ち続けることに疲れた……。これ以上……。もう限界だ。死ぬ以外、もう道はない……。許してくれ」

　そう書かれた書き置きがあった。弟が兄を刺す前に、兄は自分で自分の命を絶った。弟が兄を殺そうとする前に、兄は自らの命を絶った。

それも僅差で……。あと一歩の兄のほうがやはり早かった。最後の最後まで弟はあと一歩のところで兄に先を越された。

あと一歩のところで……。あと一歩のところで……。