第13回 元魔王、やられたらやりかえす。

 それは、コースを一周する単純なレースだった。


 走る距離が均等きんとうになるように引かれたスタートラインから、魔物たちは一斉いっせいに飛び出していった。



 最初の直線から第一コーナーまではセパレートレーンを走り、抜けた第二の直線でオープンレーンへと切り替わる。


 オープンになったコースへと、魔物たちは我先にと走りこむ。

 なんとか内枠に入ろうと、無理矢理にでも身体を寄せながら、速度を落とさずに突っこんでいく。


 そんな中、ある一匹が、運よく先頭へとおどり出た。


 私たちが賭けた、あの『幸運の持ち主』だった。

 幸運な一匹は、後ろの混乱をよそに、みるみるうちに差を広げていく。


 このレースは決まったようなものだった。


「どうだ? 私の直感も捨てたものではなかろう?」


「そうかもな」


 ふふん、と鼻を鳴らす私だったが――



 そこからガラリと空気が変わった。



 先頭を走る『幸運な持ち主』が、急に速度を落とし始めたのだ。


 代わりに、団子状態だった後方の集団から、二匹の魔物が飛び出して、速度を上げて追いついてきていた。


 あの『足が速い』と『スタミナがある』だった。



 第二の直線はもうすぐ終わり、最終コーナーが目の前にせまる。


 『足が速い』と『スタミナがある』は、『幸運な持ち主』をはさむようにして、一緒になって走っていく。


「おいおい、なんだよ、せっかく勝てそうだってのに。がんばれ! 負けんな! あとすこしだぞ!」


 イトの応援のかいもなく、『幸運な持ち主』はその二匹に気圧けおされてしまい、コーナーの中腹ちゅうふくにさしかかったときには、もう完全に勢いをがれてしまっていた。


「おしかったねぇ、おふたり様が賭けた子もいいところまではいったんだけど、スタミナが足りなかったみたいだね」


「くっそぉ、やっぱりあの二匹にしとけばよかったじゃないかよぉ」


 どうすんだよ、とイトは私をにらんでくる。


 おいおい、イトよ。

 なにを言ってるんだ。


「まだ、レースは終わっていないではないか」


 私は、イトを――そして、その後ろに見える、最終コーナーを曲がり切り、今まさに最後の直線へと入った三匹の魔物を、にらんだ。



 やられたらやりかえす。

 それが魔王だ。


 元であろうと、魔族はすべて、私のものだ。



 魔族の一員であるにもかかわらず、とんだ訓練をつんだものだ。


 これはルールのある競技なのだ。

 殺し合いではない。


 ならば、全力をそそがない手はないだろう?


 自分の力を示せる場など、この現代において、そうそうめぐりあえるものではないのだ。


 そういう意味で、彼はとてもなのだ。


 だが、その幸運を、彼は自ら、棒にふろうとしている。

 自分にそなわったすばらしい資質を、捨てようとしている。


 まるで笑えない。


 それがもし、訓練によってなのだとすれば、なおのことだ。

 私は、そんなおもしろくもない茶番に、つきあうつもりはない。


 やられたらやりかえす。



 ここは私も、訓練の成果魔族の本能に期待しようではないか。



 だから私は、彼――『幸運の持ち主』をにらみつけて、こう命令した。


 、と。



 そこからの勝負は早かった。


 『幸運の持ち主』は、突如として士気を取り戻し、スパートをかけて二匹を置き去りにしていった。


 そして、一着でゴールテープを切ったのだった。

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