第14回 元魔王、魔物レースに勝つ。

「そ、そんな……」


「やったぞMO、賭けに勝ったぞ!」


「そうだなぁああああぁぁああ――」


 はしゃぐイトに手をとられ、強引にふりまわされる。



 待って。


 その動きには、ついていけない。


 気持ち悪い。


 吐きそう。



「私はちゃんと訓練した……、なのに……どうして……、どうして――!」


 ユーキは、呆然ぼうぜんとレース場を眺めていた。



 私は、ようやくイトから解放されて、とにかく深呼吸をしていた。


 大惨事は、なんとかまぬがれたようだ。


 よかった。



「俺たちの予想が当たったぞ。ユーキ、お金はどこで受け取ればいいんだ?」


「…………」


「おい、ユーキ」


「……無理だよ。おふたり様は、もうここから、生きて帰ることはできないんだ……」


「へ? どういうことだよ」


 気がつけば、レース場にいた他の客が、私たちを取り囲むようにして、ジリジリと近寄ってきていた。


「なんだよ、くんなよ」


「……イトよ、戦いの経験はあるのかい?」


「え? まあ、ケンカくらいだったら」


「それは期待できないなぁ」


「じゃあ、どうすんだよ、どうやって切り抜ければいいんだ」


「そうだな……では、せっかくだから、実践じっせん訓練くんれんといこうか。まずは、戦いの基本を教えよう」


「おう、なんだ、早く教えてくれ。先制攻撃か? それとも逃げるのか?」


「違う。まず、こういう場合にすべきことは、だ」



 私は一歩、ユーキのほうへと歩みよる。


「な、なんだ、なにをしようってんだ」


「なにもしないよ。

 抵抗もしないから、まわりのみんなも、そんなに熱い視線を向けないでおくれ。

 こっちは、たかだかふたりなんだ。

 ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいだろう?」


 私の動きにあわせて、まわりも敏感びんかんに構えをとる。


 私がなにものなのか――魔物なのかどうかすら、取り囲むものどもにはわかっていないのだろう、戸惑とまどいが隠しきれていない。


 それでも、目の前のユーキだけは、ひるむことなく、言葉を返してきた。


「こんな状況で、なんの話をするっていうんだ」


「そうだね、私の推測を聞いてもらおうかな」


 おほん、と咳払いをはさんで、私は独演会を始めた。



「まず、この町についてだ。


 この町の特徴は、なんといっても、そのふところの深さだろう。

 この町は、冒険者であっても魔物であっても、垣根かきねなく受け入れているようだね。


 そして、その上で、平和をたもつことに成功している。


 人々が窓を自由に開けられて、テラスで軽食を食べられるほどにね。


 なんとも、すばらしい町じゃないか」


「それがどうしたのさ。そのことと私たちに、なんの関係があるってんだい?」


「大ありさ。


 だってユーキは、それほどまでに解放的で平和的な町の中で、こそこそと隠れて動き、厚手の衣服で身分を隠していた。


 それはつまり、おおっぴらには歩けない、裏の事情があるってことであろう?」


「それは……」


 ユーキは言葉につまる。


 どうやら図星のようだった。


 この状況ならば、図星でないわけがなかったのだが。



「でもそれって、ただMOが、正体不明すぎたからなんじゃないの?

 もし、俺が同じ状況になったとしたら、ユーキと同じようにコソコソと近づくだろうし、できるだけ自分だとは気づかれないようにすると思うんだけど」


「MOちゃーんきーっく!」


「ぐおあっ……」


 イトは黙っていなさい。



「続けよう。


 そこで問題になるのは、ユーキが『この町でずっと生きてきた』と言ったことだ。


 おかしいとは思わなかったのか?


 裏を抱えた人間が、この町で長く暗躍あんやくし続けることなど、できるわけがない。


 この町は、それほど大きくはないのだ。

 身を隠すにも限度がある。


 それに、人や魔物の出入りが頻繁ひんぱんにあるからなのか、世間の事情にも詳しくなってしまうようだからね。


 あの辺境のサビレ村の噂ですら、もう知っている人間がいたのだ。


 悪事をはたらく厄介者の話など、それこそ瞬時に広まるであろう。


 そして、そんな厄介者は、平和を維持するなんらかの仕組みで、すぐにでも排除なりされてしまうだろう。


 ところがだ。


 実際には、そうはなっていないのだ。


 それは、なぜなのか。


 それは、彼ら彼女らにがある、ということにほかならないわけさ」


「じゃ……じゃあ、もし仮にそうだとして、そこまでわかっていて、なんで私についてきたんだよ。こうなるってわかっていたんだろう?」


「そうだそうだー、わかってたんなら、せめて俺には話しとけー」


 イトは、あろうことか、私たちを取り囲んでいるものどものひとりを盾にしながら、私に向かって声をあげていた。


 そこまでしてしゃべりたいのか。


「そうだね、こうなるかもしれないとは思っていたよ。


 でも、そんなこと、どうでもよかったのさ。

 そっち側の事情なんてものは、私たちには関係のないことだ。


 とりあえず、旅の資金が稼げれば、なんでもよかったんだ。

 だから、話だけは聞いてみようと思って、ついてきた」


「それで、こんなことになっちゃったってわけね」


「ところが、そうでもないんだ。


 これはね、なんだよ。


 私は、ユーキが口にしたある言葉に、ちょっと腹が立ってしまってね。


 イトは、覚えてるかい?


 ユーキが、のことをなんと言ったのか」


「あの服?」


 もちろん、あの服というのは、賭け金の代わりに奪われた、私の服のことだった。


「ユーキはね、あの服のことを『ボロ』と言ったんだ。


 あれは、ニニが、その手で、つくろってくれたものなんだよ。

 それを、ユーキは『ボロ』と言ったんだ。


 許せるわけがないだろう?

 なあ、ニニの兄であり、サビレ村の勇者である、イトよ」


「もちろんだ。ニニが、丹精こめて直したものを、『ボロ』扱いするだなんて、絶対に許せないな」


 イトは、いつの間にか私の横に立ち、一緒になってユーキをにらんでいた。


「俺の妹が直した服なんだ。『ボロ』なわけがない」


「だろう? だから、ちょっとおきゅうをすえてやろうと思ってね」


 私たちは、じりじりとユーキに近づいていく。


「な、なにを言ってるんだ。お灸をすえられるのは、おふたり様のほうだよ。この状況で、なにをするっていうんだ!」


 私たちに合わせて、ユーキは後ずさりをしていく。


「それ以上、近づくな! まわりもなにを突っ立っているんだ、早くとりおさえろ!」


「それは、無理なんじゃないかな」


「なにが――」


 ユーキが疑問を口に出す前に、私たちを取り囲んでいたものどもは、残らずバタバタと倒れていった。


「え……? 一体、なにをした!?」


「そんなことよりも、自分の心配をしたほうがいいんじゃないのかい?」


 私たちは、ユーキを壁際まで追い詰めていた。


 形勢は完全に逆転し、今度はユーキが、絶体絶命の状況におちいっていた。


「――私をどうしたところで、おふたり様はおしまいなんだよ。ここの外にも、私の仲間は待機しているんだ。逃げられやしないさ」


「逃げるつもりはないよ。それに、どうだろう、たぶん外のお仲間も、そこにいるお仲間と同じように、いまごろ夢の中にいるんじゃないのかな」


「ど、どういうことだ?」


「私が、なにも手を打たずに、ここまでついてきたとでも思っているのかい? そんなはずがなかろう? 私はね、ちゃぁんと助っ人を呼んでおいたのさ」


「ん……? 助っ人……? 最近どっかで聞いたような気が……」


「さすがはイトだ、話が早いな。助っ人というのはね、ご存知のとおり、あののことさ」


 気がつけば、私たちをこの町まで運んでくれた、あのが、 私たちの後ろに立っていた。

 思い思いにポーズを決めながら、最大限に肉体をアピールしている。


 取り囲んでいたものどもを倒したのは、なにを隠そう、彼らなのであった。


「いつ呼んだんだ?」


「見ていなかったのか? ほら、こうして」


 私は、手をふったり、ポーズをとったりした。


 それは、道行く観客に向けてやり続けていた、あのかわいさアピールだった。


「ああ、それってそういうものだったのか。そういえば、酒場に入る前にもしてたな、それ」


「ま、そういうことだ」


「じゃあつまり、あと残ってるのは、このユーキだけってことになるのか」


「そういうことになるねぇ」


 私とイトと屈強な男たちは、ユーキをさらに押しこんでいく。


「え、ええと、いやその、私は戦闘のほうは得意じゃなくて、金勘定とか裏工作とか、そっちのほうが専門だから、ね」


「わかっているぞ。そんなユーキだからこそ、こんなに手のこんだことをしたのではないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る