第9回 元魔王、声をかけられる。

 町に入るなり――正確には、入るよりもだいぶ前からだったかもしれないが、たくさんの視線を感じるようになった。


 町を歩く私たちは、注目のまとになっていた。


 たまたま窓を開いた奥様が、口をあんぐりと開けて固まっている。

 テラスで軽食をたしなんでいた妙齢のご婦人が、カップをかたむけすぎて中身をこぼしている。

 冒険者たちなんかは、ひそひそと、ざわざわと、明らかに私たちのほうをうかがいながら、なにかを話し合っている。


「イトよ、なぜ彼ら彼女らは、あんなにも私たちを見るのだろう? そんなに私が魅力的か?」


 私が、彼ら彼女らのほうを向くと、ある人は顔を引っこめ、ある人は姿を隠してしまう。

 そうしなかった人たちに、今度は手をふりポーズを決めてみる。

 すると、手をふりかえしてくれて、さらに拍手までしてくれた。


 とてもうれしい。


「そうかもね。だといいんだけどね」


 そう言うイトだったが、あまり私のほうを見ようとはしていなかった。


 どころか、早足で先を行ってしまう。


 待ってくれ。

 ついていくのが大変なんだ。

 早く歩くのが、こんなにも難しいとは。


 着ぐるみになれるのには、もうすこし時間がかかりそうだった。



 私たちは、そんなまわりの目をかいくぐりながら、旅に必要なものをそろえようとしていたのだった。



「で、なにが必要なんだ? 水とか食料はいるだろうけど、あとはなんだ、テントとかか?」


「知らん。私も旅ははじめてなのだ」


「じゃあなんだ、なんにも知らないくせに、旅支度、とか言ってたのかよ」


「なんにも知らないわけではないぞ。準備しておかないと、最後はどこかで行き倒れてしまう、ということは知っている」


「実体験でな」


「経験に勝る学びはないのだ」


「経験する前にわかりそうなもんだけどな」


 幸いなことに、この町には旅の冒険者が多くいそうだった。

 店も、そんな冒険者のための品々を、数多く取りそろえていることだろう。

 聞いてまわっていけば、おのずと必要なものは集まっていくはずだ。


「それから、お金はどうするんだ? 俺はもちろん持ってないけど」


「お金?」


「ものを買うのに必要でしょうよ」


「そういうものなのか?」


「常識でしょ? お金じゃなくても、なにか売れるものとか、交換できるものとか、そういうのでもいいけどさ」


「そんなものはないぞ」


「冗談はよしなさいって。旅をしようってことなんでしょ? あって当たり前でしょうが、ほら、出しなさいって、隠してないで。騙すとかそういうのはもういいから」


「騙すもなにも、ないものはない」


「いやいやいや、それじゃなんだい? 俺たちは、無一文で旅をしようとしてた、ってことかい? そんなバカなことがあるかい」


「あったねぇ、ここに」


「あったねぇじゃないんだよ! どうするんだよ! そもそも、どうするつもりだったんだよ!」


「どうするもこうするも、どうにかするしかあるまい?」


「ああ、そうだろうともよ」


 イトは、お手上げといった感じで、手を大きく広げていた。


 これだけの観客の前なのだから、その役者さながらの大げさな仕草は、むしろぴったりなのかもしれなかった。


 もしくは、私へのあてつけに、ちょうどよい余興よきょうだった。



 そして、それがどんな三文さんもん芝居しばいだったとしても、心動かされたものがひとりでもいたのなら、それは成功と言ってもよかったのかもしれない。



 ひとりの小柄な人間が、感動を直接伝えにでも来たのか、私たちのもとに駆けよってきていた。


 人目を気にしながら、隠れるようにして近づいてきた彼――か彼女かはわからないその人間は、丸メガネがよく似合う、かわいらしい顔をしていた。


 身にまとっている防風ぼうふう防砂ぼうさ防塵ぼうじんにすぐれていそうな厚手の衣服が、身体の線を完全に隠してしまっていて、見た目からは性別を判断できなかった。


 ご丁寧に、手袋までしている。


 その彼か彼女かわからない丸メガネは、私たちに――主にイトに耳打ちするように、こんなことを言ってきたのだった。


「お兄さんお兄さん、ちょっといいもうけ話があるんだけど、聞いてかない?」

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