第5回 元魔王、村の勇者を拉致する。

「いけーっ!」


 勇者イトの号令を受けて、屈強な男たちは動きだした。


 私に向かって――ではなく、勇者であるイトに向かって、一斉いっせいに動いていた。

 彼らは、勇者イトに襲いかかり、彼の身体を軽々と持ち上げていた。


「え、なにしてんの!?

 違うって、俺じゃないって。

 魔王はあっち、あっちなの。

 え、なんなのこれ。

 どういうこと?

 なんで俺を持ち上げられてんの?

 俺、このままどこに連れてかれるの?

 ちょっとまって、そんな高くあげないで、怖い怖い」


 男たちは勇者をかつぎ上げながら、そのまま私の横を通り過ぎて、村の外へと出ていった。


「練習と違うじゃんかよ! お前ら、絶対にゆるさんぞ!」


 そんな声が、遠くのほうから聞こえてくる。


 私は、村長や村人の前まで歩き、みなを見渡す。


「村長さん、村のみなさん、大変おせわになりました」


 そして、頭をさげた。


「いえいえ、こちらこそ、このような大役をまかせてしまいまして、なんとお礼を言っていいのやら」


 大役というのは、もちろん魔王役のことではあったが、それは勇者に倒される役ではなかった。


 最初から、勇者を拉致して、私こと魔王と一緒に村を出ていくことが、この企画の本筋だったのだ。



 『サビレ村勇者が、見事、魔王を打ち倒した』



 そういう噂を流すらしい。

 そのためには、魔王にはもちろん、勇者にもいてもらっては困る、ということなのだった。


 サビレ村の勇者イトは、さっきの様子からもわかるとおり、ああいうやつなのだ。

 適当も適当なため、ボロが出る可能性が非常に高い。

 だから私たちは、少しの間、この村を離れる必要があった。



 私と勇者はこれから、この村のために旅をするのだ。



 もっと外の世界に目を向けてほしいという妹の願いと、魔王と一緒なら心配ないだろうという村長の考えがあってのことだった。


「大役なんて、そんなことないですよ。こんなにおもしろいものに出会えるなんて、こちらがお礼を言わなければならないです。それに――」


 私が目を向けた先には、ニニがいた。

 私の旅の荷物を持ってきてくれたようだ。


「イトお兄ちゃんのことを、どうかよろしくお願いします」


 そう言う彼女から、私は荷物を受けとった。


 彼女は、勇者イトの妹なのだ。

 彼女は兄をしたっていて、兄はこれまでの人生をともにしてきた大切な家族だった。


 だから、今回のことで兄と離れてしまうことに、少なからず不安を覚えていたようだった。

 そんな彼女を見て、私は思わず、彼女を抱きしめてしまったのだった。


 彼女の震える姿に、どこか離れ離れになる私と我が子を重ねてしまったのかもしれない。

 少しでも、彼女の力になれればよいと思った。


 もちろん、彼女を城にむかえたいという言葉に嘘はなく、もし生きるのに困ったときは、ぜひ頼りにしてほしかった。


「ええ。お兄さんのことは、まかせてください」


「ありがとうございます。私も、がんばります」


「もしなにかあったら、いつでも呼んでくださいね。あなたももう、魔王である私のものなのですから」


 元、ですけど。


「はい。じゃあいつか、私も魔王様の旅に連れて行ってくださいね」


「もちろんです」


 私は、他の村人たちにも礼を告げてから、急ぎ勇者を追って村を出た。


 拉致した勇者は、隣町まで運ばれていくことになっている。

 私も早く合流しなければ。


 村の入り口では、村人全員が手をふってくれていた。

 それに手をふりかえしながら、私は自然と早足になっていた。


 ここから始まる勇者との旅は、きっといままでのどんなイベントよりも、おもしろおかしいものになる。


 そんな予感が、私を笑顔にさせていた。

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