第4回 元魔王、村の勇者と戦う。

 村に入ってすぐの中央広場に、サビレ村の村人全員が集まってきていた。


 他の村や都市からの人間は、見たところひとりもいないようだ。

 魔族も私――つまり、元魔王のひとりだけだった。


 それでも、今まさに、サビレ村の勇者による一大イベント、魔王討伐企画が始まろうとしているのだった。


「お集まりのみなさん、お待たせしました。

 今から始まる魔王討伐の、我が村の勇者たる若者の勇姿ゆうしを、とくとご覧ください。

 そして、このできごとを我が村の伝説として、世にとどろかせ、歴史に刻みこんでいこうではありませんか」


 村長が、高らかにイベントの開催を宣言すると、村人のほうから、小さいながらも精一杯な拍手が聞こえてくる。


「それではまず、本日のかたき役、倒されていただく魔王様にご登場いただきましょう。では、どうぞ」


 村長の紹介を受けて、私は村人に手をふりながら舞台へとあがり、村の入口を背にして立つ。


 村人も、そんな私に手をふってくれていた。

 その中にはニニの姿もあった。


「次に、みなさんもご存知、この村の勇者イトです。はりきってどうぞ」


 しかし、その声に答えるものは、誰もいなかった。

 村長は、何度も同じように紹介をしたが、一向に誰も出てこなかった。


「おい、誰かあやつを連れてこい」


 しびれをきらした村長がそう言うと、すぐにどこからか声が聞こえてきた。


「押すなって、わかったよ。やればいいんだろ、やれば」


 村人をかきわけて、ひとりの青年が舞台へと押し出されてきた。


 年の頃は二十代前半に見えるその青年は、しぶしぶといったふうで、私の前に立った。


 すらりと伸びた身体は、決して弱々しくなく、ほどよい筋肉がついている。

 顔は、都会顔というわけではないがブサイクというわけでもなく、人当たりのよい面構つらがまえをしていた。


 そして、そのボサボサの髪と少し汚れた服装は、さっきまで肉体労働をしていましたといわんばかりの様子だった。

 実際に、手には木製の棒――武器というよりも、なにかの農具に見える棒を持っていることからも、それをうかがい知ることができた。


「お兄ちゃん、また畑行ってたの? 今日はこれがあるんだから、行ってるヒマなんてないよって言ったじゃない」


 村人のほうから、そんな聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「一日だってかかしちゃダメなんだよ。なにかを育てるってのは、そういうもんだ」


 青年は、手に持った棒を村人のほうへと向けながら、そう言い放った。


「いいから、イトよ。段取りどおりに早くやるんだ」


 村長の言葉に、青年は「へいへい」とため息をついて、私のほうを向く。


「で、なんて言えばいいんだっけ……? あー……、オレがユーシャだー、マオー、タオしてやるぞー」


「もっとしゃんとせえ!」


「しかたねぇだろ。

 勇者なんて、やりたかないんだよ。

 妹がやれって言ってきてさ、それで、まあ、妹の頼みだからさ、俺も一度はうなずいちゃったけども……。

 そもそも俺はね、静かに暮らしたいの。

 なにものにも流されずに、ただゆっくりと生きていきたいの。

 畑仕事で汗水たらして、おいしい飯を食って、寝て、また次の日の出をおがむ。

 そういう生活が理想なの」


 村長からのお叱りに、勇者よりも畑が大事だと、村の青年イトは言い切っていた。


 あくまで、外の世界には興味がない。

 外とのつながりが希薄きはくになったとしても、村とまわりの自然の中で、できる範囲で暮らしていく。


 それも一つの答えではあるのかもしれなかった。

 時代に取り残されたものは、取り残されたものとしての生き方があろう。


 でもそれは、この村の総意ではない。


 まだ、あきらめていない人間だっている。


 村長もそうだし、彼の妹だってそうだ。


 そして、この私も、こんなおもしろいことをくわだてる村を、おいそれとつぶしたくはないのだ。


「サビレ村の勇者、イトよ。そうは言っても、お前は、一度うなずいたのだろう?」


「まあ……そうだな」


「なら、とりあえず、やってみるべきなんじゃないのかい?」


「でもなぁ」


「それじゃあ、あれかい?

 これだけ村人のみなさんが集まっちゃってるのに、やめるっていうのかい?

 それは、どうなんだろう。

 村長さんや妹さんの顔に泥をぬるってことにもなるし、お前さんだって静かには暮らせなくなるかもしれないよ?」


「そう言われると、そうなんだけどさ……。

 でもさ、俺は戦えねぇぞ?

 だって、やったことがないんだもの。

 剣だってろくにふったこともない、そんなのが、どうやって勇者やるんだってことなんだよ」


「そんなことはわかっておる。だから、今日はイトのために、こうして助っ人のみなさまにお越しいただいているのではないか」


 村長のその言葉で、どこからともなく屈強な男たちが現れた。

 彼らは、青年イトのまわりに陣取って、私のほうを向いて立っている。


「さんざん説明して、練習もしただろうが。お前が戦う必要はない。ただそこで、助っ人のみなさまに『いけ』の号令をかければいいんだ」


「そうだったっけ? ……でも、魔王様はいいのかよ。こんな取り巻きに負けるなんて、そんな魔王がいるのか?」


「かまわないさ。勇者は仲間を引き連れてくるものと、相場は決まっている。それこそ、仲間あってこその勇者、ではないのかい?」


「でもよ、そもそも魔王様は、こんな村の、こんな俺たちなんかにやられちゃってもいいのかよ。だって魔王様なんだろ? こんなところでさぁ」


「こんなところだからだ。ここはいい村だ、それはお前が一番よくわかってるはずだろう? だから、これでいいんだ。生きていれば、こういうこともあろうもんさ」


「そういうもんかね」


「そういうもんだ」


 青年イトは、ようやく観念した様子で、私に対してにらみをきかせる。


「もうしかたないな、妹も見てるし、決めるときは決めないとな。

 やいやい、魔王よ!

 長年にわたり世界に恐怖を撒き散らし、人々を苦しめてきた罪は重い!

 そして、立ち向かっていった若き精鋭せいえいたちを亡き者にしたことも許しがたい!

 ここで成敗してくれる!」


 青年イトは勇者イトとなって、手に持った棒を私に向かって勢いよくかかげた。


「いけーっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る