第3回 元魔王、女の子を抱きしめる。

 村長と入念にゅうねんな打ち合わせをしてから、数日がたち――


 私もすっかり、元の調子を取り戻していた。

 なぜかいまだに肌着一枚の生活ではあったが、身体のほうは健康そのものになっていた。



 そして、明日はついに、勇者企画の決行の日だ。

 今日のうちに、すべての準備を整えておかなければならない。


 それに、これだけゆっくりと休んでいたのだ、身体のなまりも、相当なものになっているだろう。

 それも極力、今日のうちに取り除いておかなければならなかった。



 そんなふうに身構えていた私のところに、ひとりの若い女性が荷物を持ってあらわれた。



 その人間は、よく私の身のまわりの世話をしにきてくれている女の子だった。


 彼女は、持ってきたいくつかの荷物をてきぱきと棚に乗せていく。

 そして、最後に残ったきれいに折り畳まれた布地を、私のもとへと運んできた。


「魔王様。お衣装はこのようなものしかご用意できなかったのですが……」


 そう言って、そのかわいい女の子は、手製らしき衣服一式を手渡してくれた。


 その衣服は、驚くほど軽く、肌触りもよく、弾性も十分な見るからに動きやすそうな服だった。

 きめ細やかな糸で装飾までもが織りこまれており、とても美しい一品だった。


「よごれや傷にも強くて、旅にはもってこいなんですよ」


 私は早速、その服にそでを通してみる。


 するりとすべるようにまとうことができた。


 着心地もすばらしい。


「こんなにすばらしいものを用意していただけるなんて、本当にこの村の方は素敵な方ばかりですね」


 私が着替えている間、彼女は目をふせ、後ろを向いていてくれていた。


「そんな……もったいないお言葉です」


 かわいらしい女の子は、すこし震えながら、そう言った。


「そちらの棚には、こちらにお越しになるときにお召しになられていたものと、ご依頼のあった品を、それぞれご用意しておきましたので」


 彼女が手のひらで示した先には、彼女の言ったとおりの品々と、それらを入れられるくらいの大きな布袋が置かれていた。


「お召しものについては、よごれを落として、やぶれた部分をつくろってはみたのですが、見栄みばえはあまりよろしくないかもしれません」


「そうですか……。お手間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした。そのお手で、作業をなさってくださったのですよね?」


「は、はい、そうです」


 私は、彼女の透きとおるような白い手を取る


 その手に触れて、近くで見て、彼女の日々がまさに手に取るようにわかった。


 彼女の手には、家事や仕事を一生懸命にこなしている姿が、まざまざと浮かび上がってきていた。


 それでも、しっとりとしてつややかな肌をたもっていられるのは、持って生まれた天性のものか、彼女の努力のたまものか。


 頭の先から足の先まで、素朴ながらも清潔感にあふれた彼女の姿を見れば、そのどちらもが正解である、ということがよくわかるだろう。


「本当に――ありがとうございます」


 私はその手を優しくさすり、顔を近づけて、軽くキスをする。


「もしこのような出会いでなければ、ぜひあなたを、我がものとしたかったところです。あなたとならば、城の暮らしはより一層、幸せに満ちたものとなっていたことでしょう」


「こんな私に……そのようなこと……」


「あなたには、それほどの価値があります。お名前はなんと?」


「ニニと申します」


「ニニさん。だからどうか、お幸せになってくださいね」


「はい。魔王様も――どうか、どうか……!」


「ありがとう。本当にお優しいのですね」


 私は思わず、彼女を抱きしめていた。


 やわらかな彼女は、私の腕の中で、その身を私にゆだねていた。

 つつましくもハリのある胸が、私の身体へと押し当てられている。

 そのぬくもりが、鼓動とともに伝わってくる。


 そして、彼女のうるんだ瞳は、甘い香りをまとって、私に向けられていた。


「魔王様……私は……」


「私は大丈夫ですよ。いいんです、あなたのせいではありません。こんなにも素敵な方とめぐり会えたのです。後悔など、微塵みじnもありませんよ」


 私は、彼女の頭をやさしくなでる。


「どれだけ長く遠くのことになったとしても、もしまた出会えることがあったのなら、そのときは私のもとに来てくださいますか?」


「はい。そのときはぜひ、私の身も心もすべて、魔王様のお好きなようにしてください」




 凹◎凹◎凹◎




 彼女に用意してもらった服だったのに、早速シミをつけてしまったかもしれない。

 それに、彼女のきれいな心も、よごしてしまったかもしれない。


 ただ、そのシミやよごれは、私と彼女が確かに出会い、ふれあった証であり、きっと私の生きた証になるのかもしれなかった。

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