第十話 ルメールの切り札

 ルメールが組んでいた腕をユラリと解くと、右手をアカツキへと向ける。すぐに察知したアカツキは、ガロンで大地を駆り素早く移動開始する。同時にルスカも、その姿をスッと消した。


 ルメールは、先ほどとは違い少し広範囲に突風を放つ。逃げるアカツキを追うようにその右手を動かすと、大地は削れ山はその形を変えていった。


 逃げるアカツキに気を取られていたのか、ルメールの左側に現れたルスカに気づいていないのか目もくれない。


「取った!」とルスカは、その大きな口を開く。しかし、ルメールも空いていた左手を視線を変えずにルスカに向けた。その動きを読んでいたのはルスカも同じで、風ごと吸い込むつもりで口を開きながら突っ込んでいた。


 ところがルメールの左手からは突風ではなく雷撃が放たれる。


 同じように突風が来ると思っていたルスカは、予想外の雷撃に全てを飲み込めず全身が焦げるような痺れに、墜落していく。


「ルスカっ!!」


 落ちていくルスカが目に入ったアカツキは、飛ぶように大地を蹴り上げる。その時、ルメールはニヤリと嗤った。思う壺であった。


「なっ!? 風向きが!?」


 自分に向かって吹いていた突風が塊となり、その身に降り注ぐ。いわゆるダウンバーストと言うものだ。宙に浮いていたアカツキは、そのまま地面へと叩きつけられる形となる。


「くっ……! る、ルスカっ」


 大地へ土煙を上げ上げるほどの勢いで墜落したルスカ。触れた大地が食らうものに飲み込まれ、ポッカリと空洞を作る。


「があああーーっ!!」


 逃がすまいとルスカにルメールから放たれた電撃が襲う。その大部分は、食らうものにより奪われるも、痺れだけはどうしようもない。硬直した体を何とかしようと、四枚の翼を懸命に動かすが、脱出には至らなかった。


 何とかしなければとアカツキはエイルの蔦を地中を這わせる。


「さっきの二番煎じか、くだらん」


 ルメールの真下から二本の鋭い先端が飛び出てくるが、余裕を持って躱される。しかし、それはフェイントであり、本命の残り二本がルメールの背後から襲う。


「無駄なことを」


 ルメールは、一瞬だけ風と雷撃を止めその場で回転してみせると、その両腕の鋭い爪でエイルの蔦の全てを切り落とす。風が止んだのはほんの一瞬だけで再びアカツキに突風が真上から押さえつけ逃げる間も無かった。


 しかし、本当の本命はそれでもない。


 アカツキの持つエイルの蔦は全部で五本。二本をフェイントに、二本を攻撃に使うが、最後の一本は別の目的に使用した。


 ルスカから雷撃の痺れが一瞬止まったのを確認すると、ルスカの全身にエイルの蔦の最後の一本を巻き付け脱出させた。しかし、アカツキのエイルの蔦も無事ではなく、一瞬だけでも食らうものに触れたことにより、ボロボロと崩れさる。


「ルスカ、今です!!」


 ルメールの背後に現れたルスカに向かってアカツキが叫ぶと、ルスカは大きな口を最大限にまで開く。


「食らうのじゃ! これぞ、食らうものの力を混ぜた“ストーンバレット”じゃあ!!」

「ぬううっ!」


 高速で無数に襲いかかる石礫いしつぶて。その中には、黒い瘴気のようなものを纏ったものを混ぜているとは、初めは気づかず、ルメールは甘く見てしまう。


 たかだか石礫程度、避けることもないと。


「だから、あなたはルスカを舐めすぎだと言ったでしょう」


 ルメールは自分の八枚ある羽のうちの一枚が消し飛んだことに驚きを隠せなかった。避けようにも巨体が仇となる。的が大きい分、ルスカはそれほど労せずストーンバレットを放ち続ける。


「舐めるなああっ!!」


 ルメールは自らの体を覆うように竜巻を発生させる。食らうものの力が混ざっていても所詮は石礫。たとえ文字通り風穴が開いたとしても、すぐに塞いでしまう。


 それでも力の限り、ルスカは放ち続ける。


 ゆらりとアカツキは立ち上がる。風が止み動けるようになったアカツキは、最期の一撃と赤く輝く剣をしっかりと両手で握りしめ、ガロンと共に突撃する。


 ガロンは風の障壁手前で力一杯飛び上がる。落下の勢いのままアカツキは風の障壁に剣を突き立てると、背中から四本のエイルの蔦を地面に突き刺して体ごと押し込もうとする。


「無駄なことを。人間程度では、これは破れんよ」


 ルメールは、アカツキを一瞥だけくべると再びルスカへと視線を戻す。ルスカに疲労の色が見え始め、ストーンバレットの威力が落ちていく。


「ぐぐぐっ……あ、あと少し……」

『我ニ任セヨッ!!』


 ガロンは、一度アカツキから離れ地面へと着地すると、アカツキが伸ばしたエイルの蔦の上を駆け上がる。そして、そのままアカツキ自身に自らの全体重を預けた。


 ほんの僅か──剣先が風の障壁の向こう側へと届く。


「所詮はその程度だな」

「くっ……だ、駄目じゃ……」


 力を失い再び地面に向かって降下していくルスカを見て、ルメールは当初の計画から大幅に狂わされたルスカを苦々しくも、これでまた立て直せることに安堵の笑みを浮かべていた。


「だから……言ったでしょう。あなたは舐めすぎなんですよ!! ルスカを、そして私の事も!!」


 アカツキを覆っていた聖霊王を型どった赤いオーラが全て消え、アカツキの持つ剣へと集まる。風の壁を貫いた切っ先が一気に長さを増してルメールの右肩を貫く。


「な……なに……ぃ」

「うおおおおおおおおっ!! いけぇええええっ!!」


 アカツキはそのまま剣を真上へと一気に引き上げる。ルメールは右肩からだらりと腕を垂らす。


「ば、バカなこんなことが……」


 風の障壁は完全に停止し、ルメールは落ちていくアカツキを鋭い眼光で睨むと、残った左手をアカツキへと向けた。


「だ、だから言ったでしょう……あなたは舐めすぎなのです。私も……そして、ルスカも……」


 ルメールは落ちていくアカツキが笑うのを見た──その瞬間、左腕を含む半身がルメールから失われる。ルメールは、視界の端に黒い物体が通り抜けていったのが見え絶句するしかなかった。


「アカツキぃぃ!!」


 落ちていくアカツキをガロンが口でキャッチしたのを見てルスカは、ホッと胸を撫で下ろす。もちろん、ルメールの左半身を奪ったのはルスカの食らうもの。これが本当に最後の力を振り絞った一撃であった。


 ルメールは突如声にならない声を上げ始める。気が狂ったかのように、その場で悶え暴れる。まるで、それは上手くいかなかった子供が癇癪を起こしているかのようであった。


「わ、私の……私の体があああああっ!!」


 ルスカもアカツキもルメールの様子に憐れみすら覚えていた。昔、自分勝手な理由で、ルメールは“食らうもの”を呼び出し、そして現在、その“食らうもの”によって半身を失うことになった。


 自業自得、それなのにルメールは、子供のように暴れる。


 右腕は垂れ下がり左半身を失ったルメールにもう力は残されていない。あとは、ルスカが残りを食らえば終わり──のはずであった。


「ぬっ! あれは」

「まさか、何故彼が此処に……」


 瀕死のルメールが取り出したもの、それは動かなくなった馬渕であった。

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